見出し画像

大正スピカ-仁周の第六感-|第17話|前世

八咫烏の中で、最も信頼の置ける人。

誰もが、そう思っていた。

この瞬間まで、鈴子が自分たちをあざむいて行動していたことに、周以外、誰一人気付いていなかった。

「久しぶりの再会ですね、鈴子さん。ずっと貴方を追っていた4人の男たちのこと、覚えていますか?」

そう言いながら、正篤は、4人組の男たちを連れてやってきた。

彼らとの繋がりも、全て、鈴子の前世に隠されていた。
 



「あの十字架を盗まれたようだ! すぐ、彼らを呼べ!」

八咫烏のメンバーが集まり、犯人を捜索していた。

「透視では、天草四郎という名の人物が浮かび上がっています。どうやらまだ若い男性のようです……」

四郎は、幼い頃からカリスマ性を発揮し、キリストの生まれ変わりと称され、民にしたわれていた。

中でも、彼が盲目の少女に手を触れた瞬間、視力を取り戻したという話は有名で、次第に神格化されるようになっていった。

「またまがい物のキリシタンか。十字架の在処を探し出したところからして、生まれ持った透視能力の使い手だろう。しかも、あの十字架を盗み出したとなれば、目的は一つ。我々天皇家を潰すことに他ならない。このままでは、日本が潰されてしまう。今すぐ、彼を捕らえよ」

後に、島原の乱を起こすことになる四郎。

彼は、若くして、この国に隠されてきた歴史を世に広めようとしていた。

「ユダヤこそ、本物の血筋」

この事実を突き止めるために、四郎は、城に立てこもった。

「政府関係者がこの後、到着します。どういたしましょう?」

白い絹の着物に身を包み、額に小さな十字架を立てた、四郎。

彼は、キリストの生まれ変わりだった。

当時、まだ十代。

「……今後の日本について重要な話があります。少し他の者を遠ざけてもらってもよろしいでしょうか」

立てこもる城の周りを取り囲む、数百人の幕府軍。

四郎は、4人の家来と、もう一人、ある人物だけに重要な話をしていた。

「大々的に政府を挑発するのはおやめください。これでは、ここにいる全員が命を落としかねません。私たちの目的は、国民として、この国の成り立ちと天皇家の過去を知り、それを受け入れながら、前へ進むことです。そのためには、この十字架の本当の歴史を世界に伝えなければなりません」

「ここまで来て、今頃、怖気付おじけづいておられるのですか? あなたがこの一揆を起こしたのですよ? ここにいる全員、うの昔に命を捧げております。ここで彼らの士気を下げるような言動はお控えください。今、政府を退けることによって、この国を変えられるのです。彼らを迎え討つしかありません」

四郎のカリスマ性を利用し、実際に乱を計画し、指揮していたのは、浪人や庄屋たち。

四郎は、一揆軍を率いてはいなかった。

この一揆軍を裏で指揮していたのが、正篤の前世である四郎の側近だった。

「そろそろだな。ここまで士気が高まれば、もう用はない。天草四郎を政府に差し出し、罪を償わせる。そうすれば、十字架は我々のものになる」

この側近の計画に、四郎は気付いていなかった。

そして、計画通り、政府に囲まれ、反乱が起きていた。

「天草様、お着替えになられた後、こちらからお逃げください」

「何を言う! 皆を置いては行けぬ」

四郎が抵抗する中、ある人物が、彼を逃した。

「なぜ、逃すのだ? 他の者たちを置いて……」

「貴方は騙されているのです! 本当の黒幕は、貴方の側近です! 時間がありません。本物の十字架がここにあります。これを持って、舟で逃げてください」

天草四郎を逃した人物こそ、裕次郎の前世。

裕次郎も前世で、正篤と繋がっていたのだ。

彼はそう言うと、天草四郎の格好をして、先頭に立った。その間に、四郎は、十字架を持って舟へと急いだ。

幕府軍が指令を受け、一揆と対立した、この島原の乱。

最終的には、一揆軍が制圧されたものの、側近と家来たちは、なぜか一命を取り留めた。

彼らは、最初から、裏で幕府と繋がっていたのだ。

その後、四郎は、十字架を山奥へ隠した。

彼はこの時、この十字架が、いかに人の輪を乱す道具であるかを、身を持って体験していた。
 



前世から生まれ変わり、女性に転生した鈴子。

しかし、彼女は、再び十字架を手にしている。

前世から繋がっていた、鈴子と正篤。

この二人の陰陽は今、立場を変え、また運命を共にしている。

さらに、正篤が連れてきた4人組の男たちも、鈴子と繋がりがあった。

「私たちのこと覚えていますか?」

鈴子がまだ若い頃、彼女の店に現れた、4人組の男たち。

顔は、日本人ではなく、ユダヤ人。

鈴子には、あの日と同じように、黒い渦と、周りの風景が歪むほどの強い怨念おんねんが見えていた。

「私たちと貴方の前世は、もっと前から繋がりがあります。この日本の地を選び、そして、我々とともにその十字架を持って来られたのが、貴方でした。ようやく、お会いできました。お目覚めのようですね」

今起きていること。

それは、日本全土を巻き込みながら行われる前世の浄化と、新時代を迎えるための現世の終焉。

鈴子の前世と繋がる、二つの運命。

周が読み解いた会話が、目の前で繰り広げられている。

「お待たせいたしました。我々には貴方が必要です。この神具を手にした今、前世から遂行してきた計画が、まもなく終わりを迎えます。今後は、共に歩みましょう」

鈴子は、周たちの方へ振り向くことなく、正篤についていった。

「待ってよ、お婆ちゃん! それでいいの? 前世とか血筋とか、そんなのどうでもいい! そんなことで、この関係を終わらせていいの?」

「これは、私が決めたことではない。国民一人一人が、新たな時代を求め、望んだこと。それが偶然、私の前世と繋がっただけ」

「そんな……」

「そして、周、貴方は私と血が繋がっている。貴方も本来、こちら側の人間なのよ?」

十字架を手にしながら話す鈴子。

彼女とは思えない言動に、周は、困惑した。

「来ないなら良い。もう、この国は、変わるしかないのだから」

「お婆ちゃん!!」

鈴子と正篤たちは、神具を持って、その場からいなくなった。

その後ろ姿を見て、泣き崩れる周。

変わり果てた鈴子の表情が、脳裏に焼き付いて離れなかった。

國弘は、落胆する周の肩を強く抱き寄せた。

「まだだ、周! 諦めてはならぬ!!」

こんな状況でも、國弘以外、誰も止めに入ろうとしない。

これも、鈴子の影響であることに気付き、周は、さらに苦しくなった。
 



「国際連盟の議決により、満州国は、日本人の企みによってつくられた国であると断定する。よって、日本政府に国際連盟からの脱退を通告する」

関東軍が満州事変を起こしたのをきっかけに、中国への侵略を開始。

満州全土を制圧し、満州国を建国した。

さらに拡大するため、日本軍も率いて、日中戦争にまで発展。

これに対し、中国政府は、国際連盟に満州国建国の無効と日本軍の撤退を求め、提訴していた。

審議の結果、42の加盟国が賛成し、日本は脱退を余儀なくされた。

これにより、日本は安全保障条約に違反した国と見なされ、世界から追放され始めていた。

「アメリカで開発が行われていた核兵器が完成した模様です」

「なるほど。ここまで予言通りとは……信じられぬ。しかも、これを日本人が望んでいるとは……」

「そのようです」

「日本への投下を許可する」

正篤が、天皇を陥れるために用意した最後の一手。

その一手が、実行されようとしていた。
 



#小説
#オリジナル小説
#ミステリー小説
#大正スピカ
#仁周の第六感
#連載小説
 

もしよろしければサポートをお願いします😌🌈