大正スピカ-仁周の第六感-|第13話|政権
停電が復旧し、ようやく街に明かりが灯り始めた。
「陛下、電力が回復したようです」
「皆さん、この事件を早く解決させましょう。ラジオ局から自首するよう、彼らを促してください」
天皇からの指示を受け、東京のラジオ局で臨時放送が流れた。
その中で、首相の襲撃事件が報じられ、さらに、新聞各社から号外が配られた。
その際、学生たちの名誉を傷つけないよう、氏名や年齢など、彼らの個人情報は全て非公開となった。
「陸軍軍人17名の学生たちよ。こんなことをしていても、世の中は何も変わりません。君たちの親御さんは今、悲しみに暮れています。今ならまだ罪は重くありません。今すぐ投降し、警察に出頭しなさい。繰り返し……」
「どうする? 親に迷惑はかけたくない。これ以上抵抗するのはやめた方が良さそうだな……」
「確かに。ただ、我々の意見が通ったわけではない。しばらく、様子を見るか……」
学生たちは迷っていた。
親の苦労を見てきた彼らにとって、親が悲しむ姿は一番見たくなかった。
今ならまだやり直せる。
この天皇の言葉に、学生たちは、揺らいでいた。
「陛下、大変です! 陸軍だけでなく、海軍の学生たちも、この停電中に襲撃事件を起こした模様です」
事件は、首相官邸だけでなく、大臣官邸など、計6箇所に及んでいた。
「しかし、爆薬などの投下はされておらず、どちらも未遂に終わっています」
「まだ間に合いそうですね。海軍の学生たちの身柄を捉えましょう。くれぐれも怪我だけはさせないように」
「陛下! 大変です!」
「何ですか?」
「……たった今、犬飼総理が亡くなられました」
「何……彼は、駿河が護衛にあたり、助けたと聞いていますが……?」
「無事自宅へ戻られたと、そこまでは報告を受けておりましたが、その後は……。自宅で何者かに殺された模様です」
「こんな未来、私は聞いていません。これは、一体……。至急、周をここへ連れて来てください。早く!」
「東京の空が、浄化されたおかげで、だいぶ明るく見える」
周は、ベンチに座り、空を眺めながら休んでいた。
上空では、未だに黄竜が飛び回っている。そのまわりを他の龍たちが飛び回る光景を見て、周は、少し安心していた。
「そう言えば、駿河さん帰ってきたかな?」
そう考えた瞬間、周は、何かに気付いた。
「違う……こんな未来は見えていなかった。何かがおかしい」
慌てて立ち上がる周。
しかし、すぐには動けなかった。
「現実と視点が合わない」
周は、無理やりこれから起こる未来を見た。
すると、
「これは罠だ! なぜ、こんなことに……」
自分の不甲斐なさに腹が立った。でも、そんなことを言っている場合ではなかった。
「一刻も早く、陛下のもとへ戻らなければ」
周は、急いで赤坂御所へ向かった。
「学生たちよ、もうやめましょう。このまま続けていると、本当に後戻りできなくなってしまいます。今すぐ武器を捨てて、投降しなさい」
少しずつ冷静さを取り戻しつつある学生たち。
しかし、その矢先、事件を彼らのせいにすべく、裏で右翼が結成され、動き始めていた。
「ただいま戻りました! 陛下、お話があります」
周は、天皇のもとへ到着するなり、未来について話そうとした。
その時だった。
「どういうことだ、周? 京都御所と連絡がつかんぞ?」
「まさか、そんな……早すぎる」
「大変です!! 京都御所が、正篤率いる裏の八咫烏に攻撃されました!」
「何!? 國弘は? 一体、何が起きているのだ……」
すると、赤坂御所の中に関東軍が突入してきた。
「全員、手を上げろ!! ここまでです、陛下。ここからは全て、我々関東軍が仕切ります。古い天皇家の時代は、これで終わりです」
周は、指示に従い、両手を上げたまま、少しずつ天皇のもとへ歩み寄ろうとした。
しかし、それに気付いた関東軍の兵士が、周を押し倒し、そのまま天皇の両手を柱に縛りつけた。
そこで、周は、天皇を見ながらこう言った。
「大丈夫です! 陛下、間に合いました!」
その言葉を聞き、天皇は辺りを見渡した。
「日本軍だ! 全員動くな!!」
日本軍の兵士たちが、関東軍の兵士たちに拳銃を突きつける。
そこには、駿河の姿もあった。
「ありがとう、周。ギリギリ間に合ったみたいだな」
駿河は、周から事前にこう聞いていた。
事件に紛れて、関東軍が天皇を襲う日が来ると。
日本軍が関東軍を抑えつけると、そのまま天皇の両手を解く駿河。
周は、駿河にこう言った。
「京都御所が、正篤たちに占領されています。これは、透視では見えていなかった未来です。もしかすると、僕が見せてもらえなかっただけかもしれません。未来透視が、何者かによって操られています」
「その事だが、実は以前、國弘からこう聞いたことがある。私たち、つまり、八咫烏のメンバーの中に裏切り者がいると」
「裏切り者ですか? そんなはずは……」
「いいえ。僕もその可能性が高いと思っています。あまりにも、我々の行動が読まれ過ぎているので」
「とにかく、この学生たちの事件は、一刻も早く解決しなければ……」
「その必要はありません。彼らはこの後、投降しますので。それより、今すぐ、京都御所へ戻りましょう。実は、これより先の事は、僕にも見えていません。今何が起きているのか、この目で確かめましょう」
周と駿河は、天皇を連れて、京都御所へ向かった。
周の言っていた通り、数時間後、学生たちが武器を持たずに投降し、この事件は幕を閉じた。
この事件によって、天皇の権威が弱まっていることを国民に示す結果となっった。
世界恐慌真っ只中の日本は、信用できるものを失った。
そのため、国民の唯一の希望は、満州国の設立だった。
しかし、これも、国民をこの思考へ持っていくために、正篤が計画したこと。
その真相が全て、京都御所に隠されていた。
京都御所では、政界や経済界のトップから軍事のトップまで、日本のトップが集結し、裏の八咫烏がその両脇を固めている。
そして、王座の位置には、正篤の姿があった。
「予言通り、犬飼総理が殺された。これもまた未来を良くするために起きたことであろう。今後、日本の政権は、彼らに託すことになる。そして今、世界恐慌の影響で、企業が次々と倒産している。今後は、この国を満州国が牽引し、立て直すことになる。過去に捉われず、自分たちの手で素晴らしい未来を引き寄せるのだ」
これまでの事件を裏で引いていたのは、日本のトップたちだった。
もう何もしなくても全て思い通りになる。
こうなることは、ここにいる誰もが分かっていた。
裏天皇として崇められている正篤。
彼は、世界を牛耳る予言者のように振る舞うことで、その威厳を保っていた。
裏天皇による、事実上の政権交代。
関東軍を自分の持ち物のように動かすだけでなく、この日から、日本軍の主導権も、彼が握ることになった。
「そして、もう一つ。間もなく、ここへ昭和天皇が到着する。もちろん、国民に顔が知られている以上、このまま天皇としての役目を全うしてもらう。彼には、償いとして、これからは国民の標的になってもらう。それが、彼の本当の役目だ。最後の天皇家の人間として、今後は我々の指示に従ってもらう」
あっという間に占領された京都御所。
世界恐慌で国民が苦しむ中、裏で、正篤主導の政権が動こうとしていた。
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