見出し画像

犯人はヤス、-終焉-|第6話|逃走

「たった今、田中正を確保しました。ただ、橋本総は確保できていません。直ちに、水族館周辺を包囲してください」

全身濡れたままの状態で顔を押し付けられ、手錠をかけられた田中警部。

「スマホに発信したのはお前か? 警部という立場でありながら、橋本総を地下室から連れ去った理由は何だ? 答えろ!」

「全て橋本の指示だ。あいつの命令でやったまで。理由など、答えても意味ないだろ」

「橋本に指示されたと供述しています」

(いとも簡単に俺たちの居場所が見つかった。何か違和感があるな)

田中警部は、水槽の底に沈んでいたメダルを拾い、右手に隠し持っていた。

メダルがなぜ、あの水槽の中にあったのか、理由を探るが分からない。

警察官の目線が逸れた隙に、メダルを草むらの中へ投げ込んだ。

田中警部は、そのまま警察官に連行された。
 



橋本は、倉庫の裏口とは別の扉から抜け出し、逃走していた。

水族館の周囲は、無数の警察官とパトカーで包囲されている。

手錠も外せていないため、捕まるのも時間の問題だ。

橋本は、警察官たちの隙を見て、水族館からの脱出を試みる。

すると、人一人が何とか通れる幅の排水溝が目に入った。記憶の中にあるアジトの設計図を頼りに潜り込む。

そのまま水族館の裏にある林の中へ出ることができた。

木々に覆われた人気ひとけのないパトカー。

中を覗くと、鍵がささっている。

しかし、手錠のせいで、ドアを引っ張ることができない。

諦めて、後ろのトランクに回り、開閉ボタンを押すと、トランクが開いた。

トランクの中を覗き込むと、そこにあったのは手錠の鍵。

橋本は不審に思ったが、その鍵を手錠に挿すと、手錠は簡単に外れた。

(誰かが予期して準備したとしか思えない……)

その時、近くのマンホールがスライドし、開き始めた。

橋本は慌ててトランクに飛び込み、そのままトランクを閉めた。
 



「富士山方面? もしかして……」

悟は、ナビの目的地が、バスツアーで男女二人がいなくなった場所と一致していることに、戸惑いを隠せずにいた。

「水族館裏の林から1台のパトカーが現れた模様! 至急、追跡せよ!」

悟が乗っているパトカーにも、無線連絡は入るようだ。

すると、悟が乗るパトカーに近づいてくる1台のパトカー。

向きを変えられる場所も余裕もない。

再び無線が入る。

「緊急連絡! 水族館入り口付近に怪しい車両を発見! 直ちに配備せよ」

詰め寄るパトカーも無線の連絡に混乱しているようだ。

その隙に、悟はアクセルを踏み込んだ。

慌てて追いかけるパトカー。

助手席の警察官が、悟の乗るパトカーのナンバーを検索する。

「水族館裏の林から現れたパトカーは登録のないナンバーであることが判明。応援願います」

無線が聞こえるおかげで状況判断はつきやすいが、あくまで警察側の動き。逃げるべき方向は分かっていない。

赤信号を通り抜ける度に沸いて出てくるパトカー。パトカーの数が、次第に増えていく。

そして、3台のパトカーが正面から現れた。

「今すぐ止まりなさい!」

スピードを緩める悟。

《まもなく右方向です》

ナビの声に反応し、悟は右にハンドルを切った。そのまま、山道を掛け上がる。

(後ろに何か乗ってる?)

悟は、山道を登りながら、自分一人の重さのアクセルレスポンスでないことに気付いた。

さらに、段差を乗り上げる度に、トランクから物音もしていた。

パトカーが追いかけてきていないことを確認すると、悟は車を停め、トランクを開けた。

「橋本!? どうしてここに!」

「説明は後です。今、私とあなたは警察から逃げ切り、このまま逃走するという同じ目的でここに居合わせています。余計な事は考えず、早く車に乗りなさい。あと、私に銃を貸しなさい」

橋本の表情を確認する悟。

緊迫した表情で周囲の状況確認する橋本の様子を見て、悟は、この男に危険はないと判断した。

「わかりました」

悟は、橋本に銃を渡した。

「すぐ追いかけてきますよ! 急いで!」

「はい」

悟は運転席、橋本は助手席に乗り込み、再び山道を駆け上がる。

引き金を引きながら窓を開ける橋本。

(橋本の敵は、警察のようだな)

そこに数台のパトカーが迫ってきた。橋本は、パトカーの前輪を狙い、一発打ち込んだ。

急ブレーキをかけ、攻撃をかわす警察官。さらに、追いかけてくる。

山沿いのカーブにさしかかった。

「左! 左に崩れた跡があります! あれを利用しなさい」

S字のカーブを突破した先に、崖崩れが発生しているのを発見した。もちろん、車では走れない。

《200メートル先、左方向です》

「何でナビまであの道に案内するんだ? 乗ってるこのパトカーも罠なのか? 説明しろ!」

「そんなことは私にも分かりません! とにかくあなたはただ私の指示に従って運転していればいいんです!」

橋本はシートベルトをきつく締め、崖から降りる準備に入った。

それを見て、悟も覚悟を決めた。

近づいてきた崖崩れの跡。このままでは突っ込んでしまう。

悟は、意を決して、ハンドルを左に切った。

すると、ガードレールがない部分をすり抜けることに成功。しかし、その先は何も見えない。

真後ろには警察も迫っている。

後ろから飛ぶ銃声。

今さらスピードを緩めることはできない。

(行くしかない!!)

両手でしっかりハンドルを握り、アクセルを全開で踏み込む。

タイヤは道路から離れ、宙に浮いた。

想像よりも長く感じる着地までの時間。

無音の世界。

目一杯ブレーキを踏み続ける悟。

着地と同時にエアーバックが飛び出し、瓦礫《がれき》を巻き込みながら、深い谷へとブレーキ音を響かせながら、突っ込んでいく。

「あぁ!! 木にぶつかる!!」

悟は、右へハンドルを切った。

横向きで大木にぶつかり、そのままサイレンを鳴らしながら、パトカーは止まった。

体中、鞭打ち状態の二人。

何とか命を取り止めた。

《5キロメートル以上道なりです》

案内を続けるナビ。

警察内の派閥で敵同士だった二人が、一瞬だけ顔を見合わせた。

崖の上から見下ろす警察官たちが見える。

二人はパトカーを降り、お互い無言でナビが示す方向へ走っていった。
 



外へ出た一瞬の二人の姿を捉え、鑑識に回す警察官。

「追っていたパトカーの確認が取れました。乗っていたのは日野悟と橋本総です」

「やはりあの2人だったか……。それで、行き先は?」

「富士山の麓に向かっていると思われます。彼らが逃げた先にあるのは、樹海です」

「……なるほど、そういうことか。なら先回りして樹海を包囲しろ! これで捕まえる手間がはぶけそうだな」

「まとめて始末するおつもりですか?」

「そう簡単にはいかんだろう。相手は日野悟だからな。それより、中島安の居場所はつかめんのか?」

「報告します。中島安と思われる人物の目撃情報がありました。場所は、古谷家近くの民家です」

「古谷家か……ついに勘付いたな。これで中島安の行動パターンが読めた。彼を誘導している人物がいる」

「やはり、未だに追っていましたか」

「こいつは、5年前のあの日から、行方をくらまし、中島安を逃走させ続けている。こうなると、先に捕まえる必要がありそうだな。これもまた運命か……」

警視庁の上層部から、今後の計画が告げられた。

「作戦を発表する。樹海を包囲したのち、容疑者たちを炙り出す。計画の実行は、明日、夜中の0時だ。それまでに各自準備しろ!」

「「はい!」」
 



#小説
#オリジナル小説
#ミステリー小説
#犯人はヤス
#連載小説
  

もしよろしければサポートをお願いします😌🌈