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犯人はヤス、-終焉-|第7話|樹海
暗闇の森の中をひたすら走る二人。
少しずつ、肉体だけでなく精神も削られていく。
夜が明けるまで、二人は無言で走り続けた。
実は、樹海に入ってから、二人は一度だけ会話をしていた。
「銃は返します。撃ちたければ撃ちなさい。ただし、これだけは守って。とにかく真っ直ぐ走り抜けること。迷ったら戻れません。そして会話。ここからの会話は厳禁です。特に川の近くでは」
橋本は、忠告をしながら、悟に銃を返した。
「ここは木々で覆われているため、衛星を使っても居場所の特定は出来ません。もちろん、全ての電波も妨害されています」
そもそも磁場が不安定な場所。あらゆる生物が、ここで迷い、彷徨い続けている。
しばらく進むと、樹海付近に隣接したお土産屋が遠くに見えた。
(バスツアーで帰って来なかった二人が降ろされた場所……)
少しずつ意味を理解し始めた悟。
湧き水を見つけ、口を潤す二人を朝日が照らし始めた。
二人は、さらに奥へと入っていった。
「着きましたよ」
目の前に現れたのは、結界が張られている紙垂で囲われた異質な場所。複数の小さな赤い鳥居が、上から柔らかい木の枝で吊るされている。
なぜ、この場所を橋本が知っているのかは悟には分からない。しかも、ナビにもここが目的地に設定されていた。
結界を跨ぎ、侵入する二人。
足を踏み入れた場所は、海抜0メートルの沼地。一歩ずつ足を踏み進める度に、緩い土に足が吸い込まれる。
両足で土の表面を掻き分けるように少しずつ進む。もがけばもがくほど足を取られる。泥まみれになりながら、時間を掛けて慎重に進んでいく。
沼地を抜けると、また森の中へ入った。
この辺りの大木は、異様なまでに背が高く隆起している。そのおかげで、周りとの高低差が生まれ、光が入り込みやすくなっている。明らかにここだけ雰囲気がまるで違う。
再び結界の場所に戻ってきた。二人はその結界を跨ぎ奥へ進む。
跨いだ時に接触した枝に鈴が付けられていた。その音を聞き、森の奥から何人かが向かってくる足音が聞こえた。
すぐに木の裏へ隠れる二人。枝の隙間から覗くと、占い師や神仏の格好をした人が出てきた。
国は今、思想に合わない人間を排除しようとしている。
この国から逃れた人々が、この場所に隠れ潜んでいる。
捕まった占い師が、悟に教えたかったのが、まさにこのことだった。思考のコントロールが効かない人間が、この地で生き続けていることを伝えるために、バスツアーに参加させたのだ。
安全を確認し、二人は近づいた。
「待っていましたよ。皆さん、集まってください」
見知らぬ占い師が、予知でもしていたかのように、声を掛けてきた。
さまざまな暮らしの道具がある。炊事場や寝床だけでなく、お皿やコップまで、すべて木で作られており、縄文時代に戻されたような感覚に陥る。
数十人の人が悟たちを囲み、座り始めた。
よく見ると、木の切り株にうつむきながら座っている警察の制服を来た人間がいる。線が細く弱っているように見える。
彼は、橋本を見るなり、驚き、立ち上がった。
「ようやくこの時が来たんですね!」
「そのようですね」
「赤さん!?」
「悟さん! やっぱり無事だったんですね。お久しぶりです」
赤の表情が明るくなっていく。だが、悟にとって、赤を100%信用できる状況ではなかった。
潜水艦へ行くことを指示したのも、最後の最後まで文屋長官の隣にいたのも、最終的に橋本についたのも赤だったからだ。
「一体、何があったんですか? どうしてここに?」
「狙われていたんです、警察に。電波が届かないここしか、安全な場所がなかったんです」
赤は、警察から逃げるために、電波の届きにくい場所を探し、ここに辿り着いていた。
「5年前のあの時のことをすべて話してくれませんか?」
「イナンナが爆破される前に、サヤさんが、どこかへいなくなってしまいました。その後、悟さんと中島安が救助され、僕にも連絡が来たんです。その後でした。『サヤを探せ』と、怒りを露わにしたのは」
「怒りを露わに? 誰のことを言ってるんですか?」
「分からないんですか?」
「さっぱり……」
「文屋長官ですよ」
「文屋長官?!」
「はい。僕たちは、騙されていたんです、あの人に。それを、橋本さんは最初から見抜いていました。それで、INGに侵入し、イナンナで対抗しようとしていたんです。そのイナンナを、僕たちは爆破してしまいました」
「そんな……」
「しかし、イナンナだけではなかったんです! あの人の計画は」
「……花火!」
「そうです。特殊な花火を打ち上げて、日本に住むすべての人の記憶を消したんです。さらに、音楽を使って思考をコントロールし、人々が過去の記憶を思い出さないようにしたんです」
「一体何が目的で、こんな事を……」
「政治ですよ。最終的にすべての人間をコントロールし、自由自在に動かせるようにするつもりなんでしょう」
文屋長官は、イナンナを破壊し、霊能者たちを樹海に追いやることで、人間を騙しコントロールしようとしていた。
警察のトップでありながら、余りにも醜く非道な考えに、悟は激情する。
「そんな身勝手な行動が、許されるわけがない」
「思考がないんですよ、今、この日本には。あなたみたいに怒る人もいなければ悲しむ人もいません。まるで、古谷警部のようにね」
「蓮さんから古谷警部のことは聞いています。何を言っても全く記憶が戻らないと。これから、古谷警部を助けにいきます。悟さん、安心してください。橋本さんは協力者です」
橋本の顔を見る悟。
「まだ、完全には信じられませんが……どうやって助けるんですか?」
「もちろん、すでに連絡はしてあります」
(連絡など、この樹海で出来るはずがない)
この不可能なことを可能にするために、5年前から計画していたと話す、橋本と赤。
(何か裏がある気がしてならないが、二人に掛けるしかない。古谷警部を元に戻すために)
夜中の0時。
樹海を包囲していた数百名の警察官が、文屋長官の指示で一斉に動き出す。
松明を片手に、森の中へ侵入する警察官たち。
文屋長官の作戦は、霊能者など偏った思考を持つ人間を、樹海ごと焼き尽くす『魔女狩り作戦』。
次々と木に火が燃え移り、悲鳴のような雄叫びが、あらゆる場所から聞こえてくる。
非道な警察官たちの行動。
「思ったより早く警察が手を打ってきましたよ!」
「間に合いますか?」
「大丈夫です! 予定通りに進んでいます」
対抗手段は、占い師たちの能力だった。悟と橋本が来る日を、あらかじめ霊視で予想し、この日に合わせて計画をしていたのだ。
それだけでなく、沼地であることを利用し、炎が移らない場所を予知していた。また、泥水を含ませた結界を張ることで、炎が燃え移るのを防いでいた。
すると、急に、風が強くなり始めた。
遠くから怒号が聞こえ始める。
現れたのは、旅客機だった。
赤が、パソコンを操り、旅客機をコントロールしていたのだ。近くにいるのは、占い師たち。電波が届かないため、通信を霊力で行っていた。
樹海に、旅客機が降り立つ世にも珍しい光景。
「皆さん、早く乗ってください!」
結界内にいる人間、全員を乗せ、旅客機は炎の上を飛び立った。
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