大正スピカ-白昼夜の鏡像-|第6話|火種
鈴子が村を離れた後、周には、新たな環境での生活が待っていた。
周りに能力者がいない生活。
透視能力を持っていても、全てが記憶されるわけではない。
幼ければ幼いほど、記憶は、薄っすらと刻まれる。
何が現実で、何が現実ではないのか。
常に入り乱れた世界の中で生きているため、他の人より取捨選択する機会が多くなっていた。
しかし、鈴子と共に生活し、見えざる者の世界について学んでいた時は、そうではなかった。
何を捨て、何を得るべきか。
何をどう解釈すべきか。
鈴子からは、時に厳しく、常に丁寧な指導を受けていた。これが、結果として、生きやすくしてくれていたのだと、離れてからようやく気付くことになる。
それは、國弘に対しても同じだった。
國弘から施しを受けていたおかげで、一般的に目で見える範囲がどの程度であるのか見極める術と、一般的な思考の範囲を超えた言葉を自然と制御する術を身につけていた。
周は、父親と母親に連れられ、熊本から少し離れた小さな村で生活を始めた。
その年の春から、近くにある寺院に併設された学校へ通い始める。
幼稚園から小中学校まで少人数で構成された、校舎すらない学校だ。
人数が少ないという点では、周りにいる人間の感情が入り過ぎてしまう周にとって好都合だった。
まだ小学生になりたての周は、年齢に縛られることなく、毎日同じ仲間と過ごし、同じ先生から学び、帰宅する、そんな普通の学生生活に馴染み始めていた。
もちろん、見えざる者たちは、常に周の周りを彷徨ってはいたが、特に気に留めることもなかった。
周は、他の子どもと何ら変わらない、普通の生活を送れるようになっていた。
しかし、周はこの後、不可解な事件に巻き込まれることになる。
周には、同い年で、同じ学校に通っている友人がいた。
彼とは、毎日一緒に学校へ通うほど、仲が良かった。
学校が休みだったある日、いつものように外で遊んでいると、その日だけ、友人の様子がおかしかった。
表情は固く、常に何か考え事をしているようだった。視線もどこか定まらず、俯きながら、ぶつぶつと独り言を言っていたのだ。
心配になり、その日は早めに家に帰ろうと提案した。
周は、その友人を家まで送ることにした。
帰り道の途中、友人は、急に立ち止まり、その場で立ち尽くしたまま動かなくなった。
「大丈夫?」
すると突如、目の前で、友人が赤い炎に包まれ始めた。
もちろん、周りで火事が起きているわけではない。
友人は、全身炎に包まれながら、呻き声を上げていた。
ここで、周は、自分がいかに普通の人間とは異なる存在であるかを身をもって体感することになる。
「誰か!! 誰か、助けてください!」
しかし、周りには誰もおらず、友人は地面に転がりながら、悶え苦しんでいた。
とにかく助けを呼ぼうと、走って数メートル先にある民家を訪ねた。
「大変です! 助けてください! 僕の友達が火に包まれて、苦しんでいるんです!」
それを聞いた住人は、慌てて玄関から飛び出してきた。
その住人は、急いで現場へと向かってくれた。
「ここです!」
周は、炎に包まれている友人を指差した。
「ん? どこにいるの?」
「そこでいるじゃないですか!」
友人に指を差し、必死に訴える周。
「君は、さっきからふざけているのか? 何もないじゃないか」
そう言いながら、住人は、不機嫌そうに家に帰っていってしまった。
「ちょっと待ってください!」
そう言いながら、住人を追いかけようとしたその時。
友人の姿をよく見てみると、全身の輪郭が僅かに透けているのが見えた。
「まさか……」
実は、周がその日ずっと一緒にいたのは、友人ではなく、友人の想念霊。
つまり、未来透視が当たり前になっている周は、想念霊であることに気付かず、一日行動を共にしていたのだ。
そこへ偶然、消防組と呼ばれる村人たちが、目の前を通りかかった。
「火事だ! 今すぐ逃げて!」
「君もここから離れなさい」
周は、意を決して話をした。
「ここを真っ直ぐ行ったところに、友達の家があります! そこでも火事が起きているはずです! 今すぐ引き返してください!」
「何を言っているんだ? 今、隣町で火事が起きたと通報が入ったばかりだぞ? それに、煙すら上がっていない。君のお遊びに付き合っている暇はないんだ。悪いね」
こう返され、消防組の村人たちは行ってしまった。しかし、一人だけ、話を聞いてくれた人物がいた。
「周くんじゃないか! 一体何があった?」
その人物は、たまたま応援のために駆けつけていた、友人の父親だった。
「今すぐ、家に戻ってください!」
友人の父親は、周の只ならぬ様子を感じ取り、すぐ自宅へと引き返した。
自宅へ戻ると、周が言っていた通り、家から火の手が上がり始めていた。
数分後、火は鎮火し、白い煙が風に流されていくのが見えた。そして、友人の想念から炎が消えた。
その時だった。
「お前のせいだ! どうしてくれるんだ!」
怒り狂った友人が、周に飛び掛かり、首に手をかけた。友人の想念霊は、浮遊霊へと姿を変えていく。
周は、首を絞められ、身動きが取れない。
そんな中、周の頭の中で、ある言葉が囁かれた。
「何か困ったら、この呪文を唱えなさい」
熊本の村で生活していた時、國弘から毎日、寝る前に聞かされていた呪文。
その呪文を咄嗟に念じると、浮遊霊は急に青ざめ、目の前から姿を消した。
冷や汗を掻き、四つん這いになる周。
次の日、事件の真相が明らかになった。
周が、友人の父親へ家に戻るよう訴えた時、友人は、家族が昼寝をしている隙を見計らい、一家心中を図っていた。
心中するのが目的で火をつけたと、友人が証言したのだ。
火をつけた後、マッチを持っていた息子を取り押えた父親は、その場ですぐ火を消した。そのおかげで、友人の家族は事なきを得たのだった。
しかし、村人たちは、周がなぜその事を知り得たのか、不思議でならなかった。それが、村で問題視され始めてしまったのだ。
周の発言は明らかに未来予知であると、村中に知れ渡り、徐々にそれまでの生活を送れなくなっていった。
「うちの子は、人間ではないのかもしれん」
周の父親と母親も、村人から非難され始め、両親からも理解を得られない日々が続いた。
周は、苦しみと悲しみが混在し、部屋から出られなくなった。
そんな弱った周のまわりには人ならざる者たちが集まり、村では、不可解な事件が頻発する。
「彼が、事件の元凶であることは間違いない。悪魔の子は、この村から追い出さねばならん」
村人の集会で行われた協議の末、周の家族は、村から追放されることになった。
村人たちから周の父親へその旨が伝えられると、父親として、決して言ってはならない返事をしてしまう。
「この村に古来から伝わる生け贄の儀式。それで、終止符を打つべきであると仰るのなら、仕方ありません」
あろうことか、実の子である周の命を捧げると言い始めたのだ。
この時、父親は、見えざる者に憑依されていた。
そして、運命の日が訪れた。
その日も、周は部屋から出ることはなかった。
ただ、ずっと震えていた。
人間不信から来る体の震えではない。
「この後、村人たちに火を放たれる」
周は、自らの運命も見えてしまうため、恐怖で震えていたのだ。
頭を抱えたまま、布団の中で蹲る周。
頭の上では、浮遊する霊たちが、その時を待っていた。
少しずつ音を立てながら、柱や壁に火が燃え移る。
火が近づいてきているのは分かってはいたが、逃げ出したところで命はない。
何か悪いことをしたわけではない。
両親に捨てられた事実と深い哀しみが、家全体を包み込み、炎が一層赤く燃え上がった。
とうとう蹲っていた布団に火が移り、燃え始める。
周は叫んだ。
「父さん!! 母さん!!」
すると、ドアが開く音がした。
布団を跳ね除け、飛び起きると、見たことのない一人の男が立っていた。
「君は、ここで死んではならない」
そう言うと、その男は、周を抱きかかえ、裏口から隠れるように家を出ていった。
林の中を駆け抜けると、そこにもう一人待ち構える男がいた。
「ようやくこの時が来たようだな。君は現世に、天皇家を護るために生まれてきた子どもだ。今日死ぬ運命にあったのなら、今日から生まれ変わり、私の元で学びなさい。そして、その能力を世の為に使いなさい」
林の奥で待ち構えていたのは、正篤だった。
周の運命の日に合わせ、迎えに来ていたのだ。運命を変え、道を授けるために。
周は、悩むことなく、正篤についていくことを決めた。
京都に到着すると、國弘が迎えてくれた。ここで、周と國弘は、久々の再会を果たす。
能力者の道は、決して平坦ではない。
境遇が似た者同士、能力者が互いに惹かれ合い、次々と京都に集まり始めていた。
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