大正スピカ-白昼夜の鏡像-|第7話|透視
「儀式の日程が決まりましたので、ご報告させていただきます」
駿河は、正篤のもとへ、ある報告に来ていた。
「3ヶ月後に招集か。仕方あるまい。遠方から来るとなると、時間が必要になる」
八咫烏のメンバーが揃う集まり。
それぞれの家系に歴史があり、家系同士の溝も深い。また、世襲制のため、派閥もある。
「そこに、八咫烏の一覧が置いてある。八咫烏の名前と家柄、それに、それぞれの経歴が詳しく書かれている。全て頭に入れておきなさい」
正篤は、3ヵ月後に、ある計画を実行しようとしていた。
八咫烏には、階層がある。
最高位の大烏が3名、上位組織の十二鳥が12名、その他の八咫烏には今のところ階層はない。
これまで、大烏は、澄子と正篤が担っていた。
しかし、現在、八咫烏は表と裏で分かれている。そのため、この階層が曖昧になりつつあった。
八咫烏は3ヵ月後に、裏の八咫烏のメンバーを除いた、表の八咫烏のメンバーのみで、新たに金鵄という裏天皇を決める儀式を行う。
その名も『即位礼烏の儀』。
今のところ、儀式の細目を定めた法令はない。
しかし、この法令がなければ、天皇家の存続が危ぶまれた時、新たに裏天皇を決めることができない。国を存続させるためには、この法令の取り決めを早急に行う必要があった。
儀式に参加するメンバーは、神道・宮中祭祀・仏教・陰陽道など、能力に長けている者、かつ、霊格を上げる修行を積んだ経験のある者たちだ。
裏天皇を名乗ることができれば、その者は、最上の権威を得ることができる。
つまり、全員、自分の血筋のために参加するのだ。
そんな表の八咫烏のメンバーが集う儀式に、周も参加することになった。
ただ、周はまだ八咫烏のメンバーではない。
八咫烏ではない人間が儀式に参加するのは、異例のことだった。
國弘は、周に八咫烏の歴史を叩き込んだ。
古文書を読みながら、周に八咫烏の歴史を解かせる。
ただでさえ難解な八咫烏の歴史。
まだ読める漢字の少ない周は、古文書に書かれている内容を、透視しながら読んでいた。
古文書から伝わる、過去の記憶。
それは、古文書を書いた著者によるものだった。
誰かの指示で筆を執り、ひたすら書き続ける映像が、周には見えていた。
古文書を書くことができるのは、全てを理解している人間。ただ、私観を入れることは許されない。
古文書は、権威を持った人間が、自分の都合で書かせたものも多い。
周が読んでいる古文書も、まさに、この権威によって書かされたものだった。
真実とは常に、かけ離れた現実。
まだ読み書きはできなくても、書いた人間の感情や書いている時の光景は見ることができる。
周は、八咫烏の歴史をゆっくり紐解いていった。
すると、周は、徐ろに古文書を捲り始めた。
そして、その中にある文字を指で差し始めた。
周がまず指を差したのは、『旗』『鏡』『着物』、この三つの単語だった。
言葉や表情を使わずに、國弘だけに伝わる方法。
周は、何かを訴えていた。
國弘は、この三つの単語の意味が分かると、震えが止まらなくなった。
3ヶ月後、儀式が執り行われる場所に、この三つの単語が全て関係していたからだ。
未来に起きることは、全て決まっている。
國弘はこの時、周が未来透視に長けた人間であることを改めて実感した。
続けて、周が指差したのは、『争い』『炎』『術』。この三つの単語は、國弘も知らない未来を示していた。
周があえて示しているということは、それだけ、この三つの単語に関連する重要な出来事が待ち受けているということになる。
そのまま、『一』『三』『十二』『三十六』、そして、最後に指を差したのは『八咫烏』。
周は、3ヶ月後に52名のメンバーが揃うことを、指で示していた。
八咫烏内で権威争いが起こる未来を、周は予知していたのだ。
周は、自分と関わったことのある人間に対してのみ、未来透視ができる。
予知に特化した能力は、複雑な思考回路を必要とする。周は、この能力を冷静に判断しながら、少しずつ使い始めていた。
周は、徐ろに、再び指を差し始めた。
『女性』『衣織』『龍』。
この三つの単語を見て、國弘は言葉を失った。
8人の若き神職者の中に唯一、一人だけ、女性の神職者がいた。
彼女の名前は、物部衣織。
髪が長く、清楚な出立ちの女性。
彼女は、集まった8人の中で、最も成績が良かった。
正篤は、國弘を含め、8人全員にこう告げていた。
「この中で、八咫烏の一員として仕えることができる者は一人だけ。その者に、八咫烏の一員となる資格を与えます」
その日、國弘は、衣織から初めて声をかけられた。
「貴方には、器がある……」
それは、隣りで八咫烏の歴史を勉強していた時のことだった。
学問、能力、全てにおいて成績が自分より上だった彼女から、突然このように言われた國弘は、素直に驚いた。
「左目にあるほくろ……まだ見えていないのね」
不思議なことを言い始める衣織。
「そのほくろは、特別な家系に生まれた証。だから、貴方には器がある。家族に感謝しないとね」
國弘は、父親との確執が見透かされているように感じた。
部屋に戻った後、一人、衣織から言われた言葉を思い返しながら、國弘は、久しぶりに賽を振った。
出た目は、これまで一度も出たことのない目だった。
初めて出た目に困惑しながらも、鏡に写る、目のほくろを眺めた。
國弘は、次の日、衣織にもう一度尋ねた。
「私、人の未来が見えるの。ほくろは冗談よ。ただ、貴方は、最初から八咫烏になることは決まっている」
あまりに飄々と話す彼女に困惑する國弘。
「神岡先生も、最初から貴方を八咫烏にすることしか考えていない。だから、私たちは付属品。3年後、貴方は中国へ行くことになる……」
未来を語り続ける彼女に、國弘は、なぜそこまで自分の事が見えるのか尋ねた。
「これを見て」
彼女は、自分の耳の裏を國弘に見せた。彼女の耳には、裏側にだけ龍のような鱗があった。
「私の家系は、龍神に関わる巫女の血筋『月光族』。太古の昔、私の家系は、日本を支える役割を担っていた。だから、私には生まれつき霊感や透視能力がある。私の家系は、八咫烏とは昔から関係があった。でも、女家系に男は生まれない。だから、私は八咫烏にはなれない」
かつて日本は、神・龍神・妖など、民族によって霊格が異なっていた。そのため、霊格が混在する子どもが当たり前のように生まれていたのだ。
衣織の家系は、生き残りの女家系だった。
ある日、衣織は國弘を外に呼び出した。
夕立が起こり、雨風が吹き荒れる夜だった。
「この嵐は、私の先祖によるものよ」
雷で時折光る彼女の目は、人間の領域を超え、神秘的に見えた。
衣織が俯くと、嵐は一瞬で止んだ。
彼女の能力が、どれほど強いものなのかは分からない。ただ、彼女はその日、國弘に何かを伝えようとしていた。
この時、少しずつ正篤も、衣織の透視能力が他の者より群を抜いていることに気付き始めていた。
また別の日、正篤が8人の神職者たちを集め、講義をしている時だった。
正篤は、突然衣織に近づき、彼女の髪を持ち上げた。
「やめてください!」
「やはりそうでしたか。どおりで、霊格が高いわけだ」
今まで優しかった正篤が、急に険しい表情で衣織を見始めた。
「その子から手を離してください!」
こう衣織を庇ったのは、國弘だった。
しかし、正篤は聞く耳を持とうとしない。
さらに、衣織の耳の裏を全員に見せつけた。
「彼女は、龍俗と交わりを持つ家系の人間。我々とは違う種族の人間です。彼女が天皇に仕えるようなことがあれば、大変危険です。皆さん、よく覚えておいてください」
正篤は、そのまま衣織を連れて出ていった。
すると、
「ここから彼女を追い出すのであれば、私もここから出ていきます! その手を離してください。お願いします」
國弘は、正篤に向かって初めて声を荒げた。
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