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大正スピカ-白昼夜の鏡像-|第2話|二柱

鴨川沿いを北へ向かって歩く二人。

橋を渡ると、ある神社に辿り着いた。

下鴨神社だ。

「下鴨神社は、『導きの神』と言われている神社です。挨拶をさせてもらい、正しき道を授かるのです」

正篤は、國弘にこう伝えると、一つ目の鳥居を潜らせた。

昼とは違い、深夜の下鴨神社は、『ただすの森』と呼ばれ、境内全体が多様な樹木で覆われている。

不気味に響き続ける野鳥の鳴き声。

木の脇からのぞくように、何かが目を光らせている。

國弘は、少し正篤に近づくと、背中を丸め、少し首をすくめながら歩いた。

近くに流れる二つの川の音が響く参道を抜け、二つ目の鳥居を潜った。

鳥居を抜けると、奥にそびえ立つ、高さ30メートルはあるであろう楼門ろうもんが見えてきた。

東西南北を正確に使って建てられた廻廊かいろうは、古城こじょうのように境内を囲い込み、國弘を威圧してくる。

閉ざされた楼門の柵を前にしても動じることなく、正篤は、朱色の柵を手で押し開け、中へ入った。

國弘も、恐る恐る境内へと足を踏み入れた。

参道とは違い、自分たちの足音しか聞こえないほど、落ち着きを払う境内。

そこから、さらに北にある本殿へと案内された國弘。

そこで、不可解な光景を目の当たりにする。

「これは一体……」

目の前に現れたのは、東西二つの本殿の前で正座する平安装束へいあんしょうぞくを着た7人の男たち。

火柱が両脇で音を立てながら燃え上がり、その火に照らされた7人の平安装束を着た男たちの影が、國弘の足元まで伸びていた。

「1、2、3……8。よし、8名おるな。これで全員揃うたかな」

「はい、おおせのままに」

正篤がひざまずき頭を下げた先にいるのは、両腕を腰に回しながら座る、見たことのない老人。

何の説明もなく、國弘は、横一列に正座する男たちの一番はじに案内された。

周りを見渡しながら正座する國弘。

その姿を男たちが見つめる。

一人だけ一張羅いっちょうらどころか、寝巻きのような格好かっこうで来ているのを見て、全員驚いている様子だった。

「では、始めるとする。ここに集められているのは、若き神職者たち。全員、何も理由を聞かされることなく、ここへ来ている。理由を説明する前に、まず、諸君らには神の導きを受けてもらいたい。その後、ゆっくり説明させてもらう」

ひのき樹皮じゅひを用いて施工された真新しい檜皮葺ひわだぶき屋根から煙が上がる中、8人は、東西二つの本殿のどちらか選ぶよう、うながされた。

二つの本殿には、それぞれ7段の階段があり、金を中心に、東は紫、西は赤を基調とした柄が施されている。

しかし、柄以外の違いは、特に見当たらない。

8人は、周りを見渡しながら、恐る恐る立ち上がった。

不安に感じながらも、國弘も立ち上がり、本殿へと歩みを進めた。

國弘は、左右対称の本殿をまじまじと見つめた後、西の本殿を選んだ。

赤と金色に輝く階段を一歩ずつ昇っていくと、両脇にいる獅子ししにらまれていることに気付き、緊張感が増す。

本殿の真ん中あたりに到達すると、目の前には一段上がったところに部屋があり、奥へと続いていた。その一段上がった場所は、中心に畳が敷かれており、複数の装飾が施され、灯籠とうろうに囲まれていた。

國弘は、その畳の部屋に向かって目を閉じ、導きをお願いした。

ゆっくり目を開けると、正座している平安装束を着た人物が目に飛び込んできた。

霊感のない國弘が、初めて人ならざる者を見た瞬間だった。

國弘の目の前に現れたのは、賀茂建角身命かもたけつぬみのみこと神。

別名、八咫烏鴨武角身命やたからすかもたけつのみのみことと呼ばれる下鴨神社の祭神さいじんだ。賀茂氏の始祖しそでもある。

8人に、東西二柱を選ばせた所以はここにあった。

二手に分かれた廊下へ案内されると、壁に名前が刻まれた札がかけられており、そこに、『平塚國弘』と書かれた札も用意されていた。

全て最初から予定されていたかのような演出。

不思議な感覚だった。國弘はそのまま、西側の奥に用意されていた寝床に就いた。

こうして、國弘の新たな生活が始まった。
 



翌日、國弘は朝食をとると、ようやく集められた理由を聞かされた。

「まずは、ここまでの経緯を聞いてもらう。我々のいる日本は、人と神に繋がりを持たせ、現人神あらひとがみとして神格化された者を国の代表、つまり、天皇としている。これにより、現人神の意志で日本を繁栄させることができているのだ」

現在、天皇を守る者として、賀茂一族が選ばれている。

ただ、幾度か天皇の命が危ぶまれたため、賀茂一族の一部の戸籍を除外し、彼らを雲隠れさせたのだ。

「戸籍のない賀茂氏の人間を、我々は漢波羅かばらと呼んでいる。漢波羅は、平安時代から始まり、その後、二手に分かれた。その理由は、陰陽師があまりにも有名だったからだ。表の陰陽師を陰陽師、裏の陰陽師を漢波羅とした。この漢波羅こそが、神道しんどう奥義おうぎを握っておる」

10才の國弘にとって、難しい話ばかりであった。ただ、天皇を守る役目の重要さだけは伝わってきていた。

古来から、日本は術を使っていたのを隠し、それらを法で操作していた。

その術を引き継ぐことを許されていたのが、賀茂氏の人間。代わりに、賀茂氏は二手に分かれ、天皇家を守るために戸籍も抹消まっしょうされた。

つまり、古来から伝わる真の神道を知るのは、漢波羅の人間のみとなる。

「ここにいる8名は、代々神職を受け継ぐ家系に生まれた者たち。しかし、神職は今、政府に乗っ取られようとしている。近い将来、世襲制は廃止されるだろう。つまり、神職を受け継ぐ必要がなくなるわけだ」

國弘は驚いた。

父に認められようと努力していたことが、まるで無駄だったかのように言われている。

それは、國弘だけでなく、ここにいる8人全員が同じ気持ちだった。

兄弟間で争うことを強いられてきた若者たちの未来が、閉ざされようとしていた。

「政府は、何者かが外国に寝返り、利益目的で日本を捨てようとするのではないかと警戒している。彼らの最終目的は、漢波羅を潰すこと。つまり、賀茂一族を消滅させようとしているのだ。これを知った漢波羅から、擁護ようご命令が出されている。我々は、諸君らを教育するよう、彼らから命じられている」

漢波羅から神職家系の名前・場所・年齢が発表され、8名の行動が、正篤たちに逐一送られていた。

指示された時刻に、それぞれ迎えに行き、一つの場所に集めていたのだ。

「これから諸君らには、天皇を守護する役目を真っ当してもらいたい。よいか?」

正篤はこの日から、8人の指南しなん役を授かった。
 



「手初めに、窓の外に見える梅の木をご覧ください。皆さんは、あの梅の気持ちが分かりますか?」

正篤は、梅の木に残っている熟された梅の実を見せながら、8人に問いかけた。

しかし、誰一人答えられない。

「透視とは、自然との調和です。この言葉を覚えておいてください。どんなに優れた書物を読もうと、秀でた能力があろうと、自然界にいる私たちが最も無知な生き物なのです。己を捨て他を知ること、これが最初の歩みです」

正篤はそう言うと、梅の木を眺めながらこう言った。

「私は最後の最後まで実らせた。もう悔いはない」

その瞬間、梅の実が一つ落下した。

少し揺れたままの枝が、その威力を物語っている。

8人は、言葉を失った。

「まずは、私と同じ領域まで来てください。これが、最初の試練です」
 



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