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大正スピカ-八咫烏の選別-|第12話|神職
「鈴子さん、聞いてます?」
完全に上の空だった鈴子。
目の前にいる駿河に、焦点が合ったその時だった。
鈴子の脳裏に浮かび上がる、駿河の本当の感情。それが、『危険』という文字と共に浮かび上がった。
なぜ、駿河はこの村に来たのか。
本当に、國弘から依頼を受けて来たのか。
鈴子の疑いは、村の被害をこれ以上増やさないためにも必要だった。
あまりにも裏の顔を見せない駿河に対し、鈴子は耐えられなくなっていた。
話を途中で遮るように、鈴子が話を切り出した。
「駿河さん、この村はまだ大変な状況です。なのに、貴方はずっと和かに話される。それが私にとって、ずっと違和感なのです。貴方がここへ来た本当の目的を教えてもらえませんか?」
「鈴子さん、私は本当に師からの依頼を受け、ここへ参ったのです。この村のために…… 」
「はっきりと申しまして、……私はまだ、貴方のことを信用しておりません。私たちに、嘘を仰っているのではありませんか?」
駿河は驚いた表情を見せた。
もちろん、鈴子は自分の事は読めない。鈴子は、駿河の真意を見極めるために、わざと、はったりをかけたのだ。
「教えてください。貴方の本当の目的を」
すると、駿河の口元が緩んだ。
駿河は一息吐くと、ゆっくりと話し始めた。
「私はずっと不思議に思っていたのです。優秀で、今後の政界を担う器を持つ師が、たった一人の人物に固執していることに。その人物が鈴子さん、貴方です。しかも貴方は、その事に気づいてらっしゃらない。私が少し腹ただしく感じるぐらいです」
駿河の表情は、少し苛立っているように見えた。
余計に、國弘が薦める人物とは思えないと、鈴子は危機感を募らせた。
しかし、國弘を師と仰いでいるのは間違いない。
さらに、鈴子は駿河に村へ来た理由を説いた。
すると、駿河は、神職について語り始めた。
「我々、神職の世界は、ここ数十年で、酷く変わってしまいました。その最中、ある二人の人物が、新たな時代を担う器があるとして選ばれたのです。そのうちの一人が、貴方をこの村へ連れてきた人物であり、私の師でもある平塚國弘です。師がどれほどの犠牲を払って、この村へ来ていたのか、貴方は知らずに、今日まで生きてきたのです」
鈴子を非難し始める駿河。
実は、國弘が何か隠しているのは、鈴子も勘付いていた。
鈴子には、駿河が真意を隠し、遠回しに何かを訴えているように感じた。それでも、敢えて彼のペースに合わせる。
鈴子は、表情一つ変えず、質問を投げかけた。
「では、もう一人の人物はどなたですか?」
「その台詞を聞いて、安心しました。貴方が本当に何も知らないのかと、少し懸念していたからです。今日ここで、全てのことを貴方に伝える必要がありそうです」
駿河は、古い布に包まれた封筒を取り出した。
「幕末から明治にかけて、神社本庁の包括下にある者のみが神職に就けるという法令が定められました。そして、明治政府は、宗教政策の一環として、女性が神職に就くことを禁じたのです。しかし、これはあくまで表向きの政策。実際にはこの時、ある事が起きていたのです。こちらをご覧ください」
そう言うと、駿河は、古い布に包まれた一枚の紋章を鈴子に見せた。
鈴子は、その紋章を見た瞬間、震えが止まらなくなった。
「この黒い鳥は、八咫烏です。政府は、神職を二つに分け、表と裏の神職を作っていたのです。この八咫烏が、裏の神職。霊格の高い者のみが選ばれ、その者たちが時代を裏で操作し導く、謂わば、羅針盤のような役目を果たすのです。それが、八咫烏という存在」
30年前、國弘と二人で、裕次郎を探していた時、裏路地で偶然目に止まった暖簾に描かれていた黒い鳥の絵柄。
それが、駿河が見せた紋章と同じものだった。
あの絵が八咫烏であったことを、鈴子はこの時、初めて知ったのだ。
「女性神職を禁じた表向きの政策は、霊格の高い女性を日本の基盤にする目的があったと聞いています。そして、その霊格の高い女性というのが、巫女、太古の昔から言い伝えられてきた卑弥呼の子孫に当たる者です」
鈴子は少しずつ、駿河が何を言いたいのかを理解し始めていた。
そんな鈴子の表情を読み取り、駿河は話を進める。
「ある時、巫女の血を引く者が、八咫烏となり、裏で支え始めました。その者は、なぜか神職ではない政府関係者の中から発見されたのです。最初に申し上げた時代を担う二人の人物。一人は、私の師である平塚國弘。そして、もう一人は与根葉裕次郎、貴方の旦那さんです」
「そうだったのですね……」
「はい。今から40年前の話になります。二人は、まだ若かりし頃、八咫烏に選ばれています。八咫烏には、未来八百年周期と呼ばれるものがあり、これは、八咫烏が8年、80年、800年の周期で物事を捉え、未来を予知するというもので、その周期に合わせて、新たな人材の育成が行われます。それに、二人は選ばれたのです。実はそれを、旦那さんは棄権しています。そのせいで、政府職員としての職を失ったのです」
「夫に、そんな過去があったなんて……」
「本当に、旦那さんからは何も聞かされてなかったのですね」
「はい、何一つ……。もしかして、そのせいで夫は」
「これだけが原因とは考えにくいですが、もしかしたらこの時、何かあったのかもしれません。師は、八咫烏と関わりを持ったとされていますが、後に姿を消しています。ここまでが、私の知っている事です。その後、この村で事件が起きています。理由は分かりませんが、師が京都へ戻られたのも、何か事件と関係があるように思えます」
裕次郎の過去、そして、國弘との繋がり。
まるで、鈴子にだけ言わないように、二人が手を組み、何かを隠してきたかのようだった。
そのせいで、事件が起きたと聞かされているようでもあった。
あまりにも複雑な裏事情。
嘘にしては話が出来過ぎている。
まだ信じがたいという気持ちはあったが、それ以上に、自分の立場が招いた事件であることは間違いなかった。
「ではなぜ、私はこれまで、こんな重大な事を聞かされることなく、二人に守られてきたのでしょうか?」
「それは、私にも分かりません。そもそも私には、貴方がどれほどの方であるか、まだ理解が出来ておりません。ただ、貴方からは、欲や悪意を一切感じられない。こう見えても、人を見る目は、師から学んでおります。見ず知らずの私の話、信じるも疑うも貴方の自由です。真相を確かめるためには、何かしらの事情を知りながら京都へと戻られた師の想いを、直接聞いて来られるのが、一番なのではないでしょうか?」
鈴子には、目の前にいる駿河が、敵か味方かを見極める余裕など、もうなくなっていた。
「貴方は、自らが行動を起こす以外、道はないと、既に気付いているはずです。お二人が危険を犯してまで、貴方を守られたとするならば、今度は貴方が危険を犯し、真相を確かめるのが定めではないでしょうか?」
鈴子は、近くで遊ぶ周を見た。
そろそろ周を娘のもとへ帰してあげなければならない。そして、周には今後、幸せになってもらいたいと、心から願っていた。
「あと一週間もしたら、あの子の両親が帰ってくると思います。それまで、村の人たちと一緒に面倒を見ていていただけますか?」
「すぐに京都へ行かれるのですね」
「はい」
「もちろんです。お任せください」
これ以上、村の人たちに迷惑はかけられない。
鈴子は、神主のもとへ行く決意をした。
村で過ごした30年は、鈴子にとって幸せな日々だった。
國弘に引き寄せられるように、鈴子は、周を村人たちに預け、翌朝、村を出ていった。
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