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大正スピカ-八咫烏の選別-|第13話|御告げ

鈴子は無事、京都に着いた。

30年前の記憶が蘇る。

西洋の文化を取り入れ、街の雰囲気は変わっていた。色鮮やかな出立ちの町娘やハイカラな帽子を被った学生の姿が目に飛び込んでくる。

京都を出て以来、一度も訪れていない國弘の神社。

國弘は、何を思い、何を考え、これまで自分を護ってきたのか。

その理由を聞くため、國弘がいつも見ていた梅の木を目指す。

しかし、そこにはもう梅の木はなかった。

それどころか、境内には豪華な装飾が施され、廊下や本殿は塗り替えられており、鈴子の記憶にある神社ではなくなっていた。

敷き詰められた砂利に足を踏み入れると、鈴子は、國弘から30年前に言われたある言葉を思い出した。

「梅の木辿れば、京の全てに辿りつかん」

國弘がどういう意味でこの言葉を伝えたのかは、鈴子にも分かっていない。

たずねて周るリスクを考え、鈴子は透視能力を使った。

すると、ふと梅の木が見えた。

鈴子は、梅の木がある別の神社を目指すことにした。

周囲にある神社にあるのは、桜の木ばかり。春先の映像を読み取り、京都の風景を脳裏に映す。

すると、10の神社に、梅の木があることが分かった。

それだけではない。毎年、梅が実らない不思議な木が、何本かあることに気付いた。

國弘の神社にあった梅の木は、半分だけが実り、もう半分は実っていなかった。

きっと、その梅の木がどこかに植え替えられているはず。

鈴子は、不思議な梅の木がある神社を見つけ、足早に歩いた。

辿り着いたのは、京都でも珍しい、本殿の両脇いっぱいに梅の木が立ち並ぶ神社だった。

しかし、鳥居が見当たらない。

人気ひとけはなく、参拝できるような場所もどこにも見当たらなかった。

梅の木に挟まれた古びた灯篭が、不気味な雰囲気を醸し出している。

八咫烏やたがらす……」

その灯篭に彫られていたのは、間違いなく、駿河が見せてくれた八咫烏の紋章だった。

「まさか……。本当に来てしまったのですね、鈴子さん」

後ろから声を掛けられた。

振り返ると、そこにいたのは、高貴な着物を着た國弘だった。

どこか切ない表情を浮かべている。

「どうして……どうして、貴方は……」

梅の香りを感じる余裕はなかった。鈴子は、國弘のもとへ歩み寄る。

すると、

「その者を捕らえよ!」

両脇から次々と現れる政府職員たち。

鈴子は、数人の政府職員に捕えられた。

真っ直ぐ國弘を見つめる鈴子。

その鈴子の視線に、國弘は目をらした。
 



神職の世界は、表と裏がある。

表は、神官しんかんを担う巫女みこ。卑弥呼の血を引く者だ。

今から35年前、ある御告げによって、神職者の資格の必要性が見直され、新たに15,000人の資格を得た神職者が、全国に派遣された。

これが、新たな神職時代の幕開けだった。

江戸から明治にかけて、侍たちが神職に就いていた状況を改め、代わりに政府関係者や行政官たちが天下り先として神職に就くようになった。

それまで、霊能者や神の御告げを受けられる者が宮司となり、神職を支えていた。

その神職のしくみを変えてしまったのが、政府だった。彼らによる歪みは、当然、弊害をもたらすことになる。

明治から大正へ年号が移り変わる頃、政府と神職の間に出来た深いわだかまりに終止符を打つため、両者から二人の若者が輩出された。

その二人に、神職の教養を学び、新たな時代を担う若者として、國弘が選ばれ、政府職員の中から、裕次郎が選ばれた。

二人に、神職の運命が託されたのだ。

ただ、神官に相応しい霊格が二人に備わっているのか、見極めるために、選別を行う必要があった。

二人にとって、命を懸けた選別。

それが、『八咫烏の選別』と呼ばれる選別だった。

八咫烏の選別を受ける者は、人格と霊格が浮き彫りとなる。

八咫烏の選別を通過した者のみが、日本を裏から支える八咫烏の一員となり、神官の権威が与えられる。
 



梅の木が実る六月。

國弘と裕次郎の『八咫烏の選別』が始まった。

過去・現在・未来を読み取る能力を診断する試験、神官たる者に相応しい質疑応答、最後に、命を懸けた試練が待ち受ける。

天運やその者が背負っている器を見抜く試練だ。

八咫烏の選別、その間を受け持つのは、巫女。時代と共に戸籍を抹消し、その身を裏側へと移した人間だ。

巫女の血筋であった裕次郎は、この時、初めて本家の人間を見た。

その後、二人は見事、八咫烏の選別を通過。

二人が、八咫烏の選別、初の通過者となった。これにより、二人の名は、広く知れ渡ることになる。

しかし裕次郎は、神官の権威をなぜか断った。

事実上、日本の隠れたトップとなれる権威をその場で蹴ったのだ。

これにより、保たれるはずの両者の均衡きんこうは崩れ、裕次郎は政府職員の資格を失った。

毎日飲んだくれ、酒に溺れる裕次郎。

そんな時、出会ったのが鈴子だった。

その時、裕次郎は、巫女から天命を二つ授かった。

彼女の夫となり守護すること。

そして、もう一つは、天草四郎の十字架を護ることだった。

裕次郎は、巫女から守護霊を通じて、御告げを受けていたのだ。

理由は、自分でも分からなかった。

でも、御告げを受けた者には、その天命のもと動かされ、自由意思を奪われるという定めがある。
 



裕次郎は、深夜に一人、熊本の村を訪れた。

三角池の中へ、泥を掻き分けながら入っていく。そこで、光る十字架を見つけた。

裕次郎は、これが御告げの物だとすぐに分かった。

「付近にある神社へ奉納されよ」

耳元ではっきりと聞こえる御告げ。

裕次郎はそのまま、吉見神社へ向かった。

管理されていない廃れた境内。

しばらく進むと、三角池と同じような沼地に辿り着いた。

沼地の中央に十字架を沈めると、ぶくぶくと音を立てながら、底から湧き水が上がってきた。

沼地は一気に沈下し、代わりに湧き水が水辺を覆った。

不思議な光景が目の前で起きているにも関わらず、何一つ表情を変えることなく、まるで身体を神に預けているかのように動き続ける裕次郎。

今度は、本殿の両脇に吊るされた鉄籠てつかごまきを入れ、火を灯した。

「十字架を護りし使命ある神よ。今、天より誘わん」

巫女と一緒に唱える。

空にある雲が二つに割れ、上から天迦久神あめのかくのかみが舞い降り、その場に鎮座した。

翌朝、裕次郎は京都へ戻り、吉見神社で神主をしないかと、國弘に持ちかけた。

当然、これから神官となる國弘にとって、熊本へ行く理由など一つもなかった。そのため、最初は断った。

しかしその日の夜、國弘は、政府側の神官であり、自分を育ててくれた師でもある人物から御告げを受けた。

あまりにも一致する内容に、國弘は悩みながらも、熊本へ行く決断をした。

そして、政府から逃げるように、二人は京都を出た。

均衡を保つはずだった政府と神職の間に出来た溝。

これが、裕次郎が殺された事件の火種だった。

一人の決断であっても、運命はいずれ訪れる。決して避けては通れない。

村の事件はまだ、始まりに過ぎなかった。
 



政府に捕らえられた鈴子は、大勢の政府職員が待ち受ける部屋へ連れて行かれた。

そして、縛られたりすることもなく、政府職員たちの横に立たされた。

静まり返る空間に目を奪われる鈴子。

すると、目の前にある舞台で、太鼓や竹笛を準備し始める男たち。

何かが始まろうとしていた。
 



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