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大正スピカ-八咫烏の選別-|第14話|十字架

政府上層部の人間が集う中、和太鼓の音に合わせ、竹笛が吹かれる。

高貴な着物を着た神職最上位の男たちが、列を成し、登場すると、舞台に降りていた薄紫の目隠しが上がり始めた。

壇上の中央に一人、鎮座しているのが見える。

その姿が徐々に明らかになっていく。

天皇陛下だ。

王冠の髪飾りが揺れている。

両端には、4名の付き人らしき男が、両手を組み、仁王立ちしている。

その中の一人が仕切り始めた。

「これより、神官の儀を行う。平塚國弘、壇上へ参れ」

狩衣かりぎぬまとった國弘。

名前を呼ばれ、壇上の中央へ進むと、頭を下げ、そのまま平伏へいふくした。

「其方は、天草四郎が隠した十字架を発見した。その功績を讃え、ここに称する」

頭を下げたまま片膝をつき、両手で巻物を受け取る國弘。

天皇は、椅子から立ち上がることなく、國弘を見ていた。

國弘に巻物を渡したのは、天皇の側近で、指南役でもある、神岡正篤かみおかまさひろ。國弘が若かれし頃、彼を育て教育した人物だ。

國弘は、頭を下げたまま、正篤の視線を感じていた。

鈴子の目の前で繰り広げられる儀式。

男たちが鈴子の家の庭を掘り起こした際、埋蔵金は出て来なかったはず。

しかし今、目の前では、國弘が見つけたと称されている。

鈴子は、何が起きているのか分からず、震えていた。

泣くこともできない、喉元を塞がれるような感覚。

國弘の目的は何なのか。

鈴子には検討が付かなかった。鈴子は震えながら、遠くにいる國弘の背中を眺めていた。
 



八咫烏にも、表と裏がある。

表は、神職を代表する神官となり、この時代を導く役目を担う。

裏は、いんを代表する裏神官となり、神職を裏から支える役目を担う。そして、生きた証を抹消される。

これは、八咫烏内の派閥。

互いが未来を読み取り、予知することで、日本をかげで護っているのだ。

神官である正篤は、表の八咫烏。中国の易経えききょうを説き、この世の万物を見通す力がある。その御告げを政府に通告している。

裏神官である巫女は、裏の八咫烏。神から下される御告げを政府に通告している。

この八咫烏の表と裏が混ざり合う場面に、裕次郎と國弘は居合わせていた。

「天草四郎の生まれ変わりが、既に存在している」

正篤と巫女、両者とも、同じ御告げを受け、政府に通告した。

次に、天草四郎が隠したとされる十字架について、

「天草四郎の生まれ変わりを捕らえ、十字架を探し出せ」

そう通告したのは、正篤だった。

「いえ、十字架は見つけてはなりません。このまま封印すべきです」

巫女は、正篤とは反対の通告をした。

これに対し、天皇は、

「この通告には、私見が入っている」

天皇の下した判断により、元々神官であった巫女は閉じ込められ、権威を失った。

このやり取りを見て、裕次郎は権威を辞退したのだ。

「十字架の在処ありかと天草四郎の生まれ変わりを探せ」

こうして、裕次郎は巫女から直接御告げを受ける形となった。

國弘は、両者の間に立たされてしまう。

天草四郎は、若くして世界の秘密を知り、十字架を持ち去った人物。

彼の生まれ変わりがすでに存在している。

そして、二人は、鈴子と出会った。

御告げ通り、鈴子を嫁に迎え入れた裕次郎。

後を追うように、鈴子と出会い、彼女が、見えざる者が見えていることと、未来透視が正確に出来ていることを確認した國弘。

二人は、鈴子が天草四郎の生まれ変わりだと確信していた。

「天草四郎の生まれ変わりと思われる人物に接触しました」

「まさか、女性に転生していたとはな」

國弘は、師である正篤に相談を持ちかけた。そのため、この事実が公表されることはなかった。

その時、正篤から、戸籍を書き換え、政府神職から身を引き、十字架の在処を探るよう命じられた。

そして、雲隠れすること30年。

國弘は、十字架を探しながら、ずっと正篤とやり取りをしていたのだ。

最終的に、天皇の手に渡ることとなった十字架。

これが意味するものとは、一体何なのか。

輪廻転生の垣根を超え、鈴子には、別の道が用意されていた。
 



「天草四郎の生まれ変わりが、ようやく見つかった」

ざわつく政府職員たち。

鈴子は、政府職員二人に両脇を抱えられ、國弘のいる壇上へ連れて行かれた。

周りの心ない感情が、鈴子の脳裏を渦巻く。

なぜ、こうなっているのかは分からない。ただ、自分が天草四郎の生まれ変わりに仕立て上げられていることは確かだった。

頭を下げたままの國弘の隣に、鈴子は立たされた。

と同時に、神楽鈴かぐらすずが鳴り始めた。

すると、八咫烏の紋章が縫われた巫女装束を身に纏った女性が現れた。金色の髪飾りをしている。

何重にも重ね合わされた長い着物を引きずりながら、じりじりと鈴子に歩み寄る。

出立ち、立ち振る舞い、そして、彼女の醸し出す神聖なオーラが、政府職員たちの思考を麻痺させる。彼らは、指一本動かすことができなくなった。

目の前に現れたのは、表へ出ることが禁じられた巫女だった。

「何をしておる! 天皇陛下の前であられるぞ! お主が来る場所ではない。直ちに立ち去れ!」

巫女は、正篤の命令を受け流すように、鈴子と國弘の間に立ち、天皇へ頭を下げた。すると、そのままくるりと向きを変えた。

巫女は、天皇に背を向けたのだ。

「無礼者‼︎ 陛下に背を向けるとは何事だ! 貴様、何をしているか分かっているのか‼︎」

巫女は、一呼吸置いた後、話し始めた。

「無礼は承知の上、ここへ参った。われが見る限り、この者は天草四郎の生まれ変わりではない。それすら見抜くこともできぬ者に、よく神官が務まるのう、正篤よ」

張り詰めていた空気が一変した。政府職員たちがざわつき始める。

「か、彼女は、このために私が呼んだのだ。偽りの御告げを皆に見せるためにな。さぁお前たち、罰を受けたくなければ、その者から手を離せ!」

鈴子を捕らえていた二人はすぐ、手を離した。

そして、巫女は、國弘を目で威圧した。

その奥深い巫女の目に囚われ、國弘は再び頭を下げた。

「では参るぞ。ついて来い」

そう言って、出口へ向かって歩き始める巫女。彼女を追うように、鈴子は部屋を出ていった。

二人が姿を消すまで、誰一人動くことはなかった。

巫女は嘘をついていた。

鈴子の前世は、紛れもなく天草四郎。その事は、巫女も分かっている。

巫女は、鈴子を救うために表へ現れたのだ。

彼女のおかげで、鈴子は解放された。
 



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