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大正スピカ-八咫烏の選別-|第9話|子孫

二人は、何も言わず、その場を立ち去った。

心配した村人たちが、後を追う。

「大丈夫です。ありがとうございます」

この村を去る。

これしか、鈴子の頭にはなかった。

自分の未来は見えない。

しかし、この村から離れる未来だけは、なぜか見えていた。
 



神主の家へ戻ると、一気に血の気が引いた。

「周がいない」

鈴子は、すがる思いで透視能力を使った。能力で周を探し出そうとしたのだ。

すると、背後に気配を感じた。

振り返ると、目に止まったのは、御神木の後ろにある溜池。

それは、神主も同じだった。

二人とも、周の姿が見えたわけではない。しかし、周がそこにいると、二人は確信していた。

なぜなら、濁ることすらなかった溜池が、真っ赤に染まっていたからだ。

すぐに二人は、池へと向かう。

池の前には、首から体の部分だけが残された、御神使の無残な姿があった。

御神使を必死に抱きしめる周。

この村を護る御神使がこの日、なぜか殺されていた。

「周、大丈夫?」

「神様がいなくなっちゃった」

鈴子は、周を抱きしめた。

「護られるべき者たちが次々と亡くなっています。時間がありません。鈴子さん、お話ししたい事がございます。亡くなられた旦那さんの事です」

神主の口から、鈴子も知らない裕次郎の過去が明かされることになる。

鈴子に抱えられたまま、周は、空を見上げ、御神使の魂を目で追い続けていた。
 



「夫の過去といえば、元政府職員……。それ以外の事は、夫から聞いたことがありません」

「旦那さんは、元政府職員であり、神職を務める我々と直接関わる職務に携われていた方でした」

「何となく、そんな気はしていました」

「鈴子さんから以前、不気味な4人組の話をお伺いしました。その際も、旦那さんは、迅速に対応し、貴方を護られたと」

「はい……」

「旦那さんである、与根葉裕次郎さんは、与根葉家の分家にあたる古代巫女みこのご子孫です」

巫女の時代は、大きく分けて二つ。

『古代巫女』と『現代巫女』に分けられる。

古代巫女は、祈祷きとう憑依ひょういによる神のお告げを伝える役目を担っており、いわば、儀式における神楽舞まぐらまいの舞人。

古くは、邪馬台国の卑弥呼のように、国を治める地位にいた者であり、人々の生活になくてはならない能力を備えていた者。

しかし明治以降、巫女の社会的立場は低くなり、巫女の地位が、少しずつ危ぶまれ始めていた。

「つまり、夫は、巫女の地位で、政府職員になっていたということですか?」

「そういうことです」

「初めて知りました」

「ただ、分家の身、そして、男性の身であるということは、かんなぎあつかえた唯一の政府職員ということになります。そのため、旦那さんは、巫女の子孫という肩書きによって地位を下げられ、苦しみ、最終的に退職されています。そこで貴方と出会い、夫として、鈴子さんを護っていたということです」

「巫女の能力で、私は護られていたということですね……」

鈴子は、これまでの想いを募らせた。

「旦那さんは、あの時も同じように、鈴子さんを護ってくれたのかもしれませんね」

二度目の遭遇。

あの日の記憶が、再び呼び起こされる。
 



鈴子が、29になる年。

その日は、裕次郎と二人で、店の仕込みをしていた。

店が休みの日ではあったが、二人は日頃から、休みの日も、次の日に備えて、準備をしていた。

裕次郎は、自分の仕込みを終えると、そそくさと昼間から飲みに出かけた。

これは、いつもと変わらぬ光景。

裕次郎を見送り、鈴子が、烏骨鶏に餌を与えるため、小屋へ行くと、烏骨鶏たちの元気がなかった。

裕次郎が店を離れたと分かっているようだ。

「主人がいなくなると、そんなに寂しいの?」

鈴子は、声を掛けながら、餌を与えていた。

すると、どこからか、パチパチと音が鳴り始めた。

身の危険を感じ、烏骨鶏たちが羽を広げ、小屋から逃げ出そうとする。

「火事だ! 店が燃えてるぞ! 今すぐ外へ逃げろ‼︎」

鈴子は、逃げる前に、烏骨鶏たちを出すため、小屋の金網を外そうとするが、中々外れない。

このままでは、逃げ遅れる。

下の方に、小さな穴の空いた金網のほつれを見つけ、それを何とかこじ開けた。暴れ回る烏骨鶏を一羽ずつ穴から出していく。

しかし、火の手が、鈴子の近くまで来ており、このままでは間に合わない。

「何をしてるんですか‼︎」

そこへ現れたのは、神主だった。

「この子たちが……」

神主は、金網の外側に打ち付けられていたくいを抜き、烏骨鶏たちを外へ出した。

そして、鈴子を連れ、店から出た。

「いたぞ、追え‼︎」

火事の被害者である鈴子。

しかし、なぜか、神主と共に、数人の男に追われ始める。

追ってきていたのは、スーツを着た政府職員たちだった。

二人は、裏路地へ周り、身を潜め、男たちを撒いた。

「一体、これはどういうことですか?」

「鈴子さん、もし貴方が烏骨鶏を助けようとしていなかったら、彼らに連行されていたかもしれません。彼らは、お店の入口で張り込んでいました」

「私、悪い事をした覚えがないのですが……」

「これが、霊能者の定めです」

「そんな……」

「貴方が、他の人と同じ職に就き、同じ生活を送るのは、不可能なのです」

非現実的な世界で苦しみながら生きてきた鈴子にとって、平凡な日常を送れるようになった現実世界は、まさに夢のようだった。

しかし、それは同時に、現実社会の闇を呼び込む形となってしまった。

見えざる世界のしくみによって、再び苦しめられる鈴子。

「私は幸せになってはいけないのでしょうか……。能力なんて、あって良い事なんて、一つもありません。このまま川に身を投げ、死んでしまいたい。そうすれば、どんなに楽になれるか……」

神主にも、嘆く鈴子の気持ちは、痛いほど伝わってくる。

「旦那さんはどちらに?」

「……」

「旦那さんを先に探しましょう。被害が拡大する前に、京都から離れるのです。ただ、明るい時間に移動するのは危険です。日が落ちてから動きましょう。一刻も早く旦那さんを見つけ出さないと」

身を潜めながら、神主は、鈴子の前で初めて賽を投げ、占い始めた。
 



裕次郎を探すため、鈴子と神主は動いていた。

二人がいるのは、身を潜めていた場所から北北東にある飲み屋街。

鈴子は、能力を使い、通りにある店を一軒一軒見ていた。

「自分に関わるものは見えない」

これを逆手に取り、透視能力が使えない場所を探した。そこに裕次郎が居ると信じて。

しかし、二人はそこで、信じられない光景を目の当たりにする。
 



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