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大正スピカ-八咫烏の選別-|第10話|再来

二人は、飲み屋街の裏路地を歩いていた。

裏路地は薄暗く、店の名前が入った提灯ちょうちんあかりが、所々揺れながら、通りを歩く人々を照らしている。

「透視で見た提灯です。あの真ん中辺りにあるのが、私の見えなかった場所です。きっとあそこに夫が……」

順番に見ていくが、建家や蔵があるだけで、飲み屋らしき店が見当たらない。

「確か、提灯の隣が見えない場所だったはずなんですけど……」

もう一度、反対側からゆっくり見ていくが、また同じ場所へ戻ってきてしまった。

「もしかして、店ではなく、家だった可能性はありませんか?」

神主が疑い始めた。

すると、少し変わった鳥の絵柄が書かれた暖簾のれんが目に入った。

そこは、鈴子が透視で見えなかった場所と一致していた。

恐る恐る、神主が引き戸を開ける。

しかし、中は真っ暗。その上、真ん中に井戸のようなものが掘られており、そこから、異様な空気が漂っている。

間違いなく飲み屋ではない。

すぐさま、神主は引き戸を閉めた。

すると、慌てて出てくる二人を待ち構えていたかのように、背の高い4人組の男が現れた。

鈴子の店に現れた4人組の男と同じ黒い帽子を深く被り、二人を威圧するように立っている。

神主は、鈴子の腕を引っ張った。

走りながら、鈴子に話しかける。

「もしかして、あの男たちですか? 鈴子さんがよくおっしゃっている4人組の男は」

鈴子は、首を縦に振った。

視線の先に、さらに古いおもむきのある通りが見えてきた。

提灯がある。

どうやら、ここも飲み屋街のようだ。

男たちが後ろから来ていないのを確認し、再び裕次郎の捜索を始めようとしたその時、

「あれ、鈴子さんの旦那さんではないですか?」

二人の目の前にいたのは、政府職員に囲まれている一人の男。

フラフラしながら、政府職員に肩をぶつけている。

口を抑え、驚く鈴子。

「……夫かもしれません……」

しかし、自分たちを追ってきた男たちと同じ、政府職員に囲まれているという最悪な状況。

「助けに行くしかありません」

神主はすぐ、鈴子に提案した。

「さっきの飲み屋街は人通りが多く、政府職員はいませんでした。あの中に一軒、宿屋があったのを覚えていますか?」

「はい」

「私は、旦那さんを連れて、その宿屋へ向かいます。鈴子さんは、先に行って、部屋を確保しておいてください」

「でも、さっきの飲み屋街って、あの男たちが居た通りですよね?」

「はい。もしかすると、彼らのおかげで、政府職員がいなかったのかもしれません」

鈴子は一瞬、判断を迷ったが、神主の言葉を信じ、来た道を戻ることにした。

「気をつけてください、必ず宿屋で会いましょう」

神主は、鈴子が遠くへ行ったのを確認すると、政府職員に声をかけた。
 



裏路地に戻ってきた鈴子。

後ろから誰かが近づいてくる。鈴子の体に、一気に緊張が走る。

そして、肩を叩かれた。

全身が痺れる。

鈴子は、死を覚悟しながら、ゆっくりと振り返った。

そこにいたのは、酔って頬を赤らめた裕次郎だった。

一気に力が抜ける鈴子。

裕次郎は、何も考えず、ただ飲み歩いていただけだっだ。

「じゃあ、さっきの男は……」

自分のあやまちに気付く鈴子。しかし、今更戻ることはできない。

裕次郎を連れ、宿屋へ向かう。

通りに、4人組の男はもういなかった。

『宿』と書かれた提灯に灯された玄関を開け、中へ入ると、番台のような狭い受付が目に入った。

そんなに大きくはない建屋で、客は一人もいない。

受付で名前を書かされたが、念のため、偽名を使った。

「3人かい? もう一人は?」

「後から来ます」

見晴らしの良い2階の部屋を借りることができた。

部屋にはベランダがあり、そこから下の様子が見ることができる。

畳に布団を三つ並べ、ベロベロになった裕次郎を寝かし、神主が来ることを祈った。

「一体、これからどうすれば……」

そう思いながら、ベランダから外の様子を眺めていると、神主が走りながら向かってくるのが見えた。

鈴子は、急いで受付へ向かう。

「すみません、鈴子さん。旦那さんを連れて帰ることが……」

「神主さん、夫なら部屋にいます。お騒がせしてすみませんでした」

不思議がる神主を部屋へ連れていく。

鈴子が事情を説明し、謝ると、神主は安心した様子で、今後について話し始めた。

「神職にも新たな流れが来ていまして……。地方の神社を継ぐ者が不足しているため、神職に就く者たちは今、同じ神社で神道を学び続けるべきか否か、その選択を迫られています。私も、その中の一人です。鈴子さんに出会ったのも、何かの縁。一緒に、地方へ行きませんか?」

鈴子が政府に狙われる理由は、いくつかある。

そのほとんどが、我欲がよくのため。鈴子に透視能力を使わせ、それを悪用するのが目的だ。

しかし、そうでないものもある。

どちらにしても、厳しく辛い道であることは変わりない。神主は、この事を心得ていたため、鈴子に地方への移住を提案したのだ。

鈴子はその場で、すぐに承諾した。

神主もその時、新たな門出を決意した。

「明日、逃がした烏骨鶏を捕まえ次第、熊本へ向かいましょう」

そう話して、二人は寝床へ着いた。
 



この日の夜は丑の刻。

複数の足音が、ザクザクと音を立てながら、鈴子の聴覚を刺激する。

火の粉が頬に触れるような感触。

鈴子は、身の危険を感じ、すぐに飛び起きた。

2メートルはある黒いマント姿の死神を先頭に、般若面はんにゃめんを被り刀を握る侍、角の生やした髪の長い着物姿の女、尾を持つひとつ目の妖怪、それらが長い列を連ね、火を灯しながら空中を歩いている。

鈴子が7才の時に見た、あの時と同じ光景が、目の前に広がっていた。

百鬼夜行ひゃっきやこう

鈴子は、あの時と同じ宿屋に泊まっていたのだ。

神主も、異変を感じ、すぐ目を覚ました。

二人に、恐怖を超越した死の感情が押し寄せる。そして、全身が痺れ始めた。

ゆがんだ時空の入り口から、様々な者たちが定期的に現れ、悪行を働く者や他に陰術をかけ殺めた者を連れ去る。

死神の逆鱗げきりんに触れぬよう、鈴子は微動だにしなかった。

すると、急に動きが止まった。

先頭にいる死神が、神主を睨み付けると、神主は、身動きが取れなくなった。

死神は再び、浮遊し始める。

そして、鈴子の顔に近づくと、鈴子の頭を上から押さえつけた。鈴子は、強制的に首の動きを止められた。

しかし、口はまだ動く。

鈴子は、あの時と同じ言葉を言おうと、口を動かした。

すると、死神の長い人差し指が、鈴子の口元で左右に動き始めた。その直後、口が塞がれ、開かなくなってしまった。

絶望的な状況。

それを見つめる百鬼たち。

死神は、背中にある大鎌を構え、振りかぶった。

その時だった。

「手酔い足酔いわれ酔いにけり」

大鎌が、鈴子の首元で止まった。

声を発したのは、裕次郎だった。

顔を赤らめたまま、真剣な表情で死神に睨みをきかせていた。しかも、左手で大鎌を止めている。

死神は、笑みを浮かべ、裕次郎を下から覗き込んだ。

そして、そのまま浮遊し、行列の先頭へ戻ると、大鎌を背中に戻し、黒いマントをなびかせながら去っていった。

そして再び、百鬼夜行が始まり、百鬼たちも部屋から出ていった。

裕次郎のおかげで、鈴子は命を取り留めたのだ。

神主は解放され、全身から汗が噴き出る。

裕次郎は、再び布団へ入ると、何事もなかったかのように眠りについた。

次の日、鈴子が尋ねても、裕次郎は全く覚えていないという。

しかし、裕次郎の左手には、鎌傷がしっかり刻まれていた。
 



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