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大正スピカ-八咫烏の選別-|第11話|埋蔵金

男たちが、鈴子の家を占拠し始めてから三日。

村長はあれから、表に出てきていない。

村人たちは、村長を呼び出そうと、彼の家を訪ねた。しかし、玄関を叩こうが何しようが、返事がない。

村人たちは話し合った。

埋蔵金を掘り起こすために、村人が殺されたこと。そして、信頼していた村長が、政府と繋がりがあったこと。

この話し合いで怒りを露わにした村人たちは、次の日、村長の家の玄関を壊す計画をした。

10人ほどの村人が、クワを持ち、村長の家へと向かう。

そこに、政府職員と思われる、二人の男が現れた。

村人たちは、二人を睨みつける。

「すみません、この村の神主さんを呼んでいただきたいのですが」

二人は、鈴子の家を占拠している男たちのような横柄な態度ではなかった。

それに、金色の召物をまとった品格と佇まいで、一人が宮司だとすぐに分かった。それほど、ただならぬ風格を漂わせていたのだ。

二人から醸し出される雰囲気に、村人たちの頭に上っていた血は、すでに下がっていた。

神主の身に、危険が迫っていると察した村人たちは、村長宅への強行を一旦、中断することにした。
 



村人たちは、二人を吉見神社へ案内した。

鈴子の家を占拠し、門の前で仁王立ちする男たちが二人に気づくと、突然、冷や汗をかきながら、深々と頭を下げた。

明らかに二人を見た瞬間、態度が一変した。

村人たちが心配する中、神主と鈴子が出てきた。

神主は二人を見つめ、何かを察しているようだ。

「平塚國弘くにひろ殿、これから我々に御同行願いたい。貴方であれば、我々が説明せずとも察するであろう」

菊の紋章もんしょうが入った羽織袴はおりはかまを着た宮司を見るなり、神主はこう言った。

「ついに、この日が来てしまいましたか。仕方ありませんね」

この日、鈴子は初めて神主の名前を知った。

なぜか、これまで鈴子は、神主の名前を聞くことはなかった。

しかも、神主は、この村に来てから今日こんにちまで、誰にも本名を明かしていなかった。

神主を、村人たちも知らない名前で呼ぶ宮司。

「神主さん、これは一体……? こちらの方は?」

「この方は、日本全国にある八万社の神社をまとめる本庁統理の宮司であり、神職最高位の浄階じょうかいにあたる方です」

宮司は、長年神道の研究に貢献した者に与えられる名誉階位『浄階』の一人だった。

「そんな御方が、なぜ、わざわざこの村に?」

鈴子は、國弘に答えを求める。すると、鈴子を見るなり、宮司が、

「この方は、もしかして……」

國弘は、宮司の言葉をさえぎるように話し始めた。

「急な事で驚かせてしまい、申し訳ございません。どうやら、私では力不足だったようです。詳しい事は、いずれお話しに上がります」

鈴子はもちろん、村人全員、理解が追いつかなかった。

「この村をこのまま放っておくことはできません。そして、鈴子さん、貴方を御守りする役目が私にはあります。しかし、この日が来てしまった以上、神職を務める者として、断わることはできません。私に今、重大な使命が帯びているのです」

理由は分からないが、國弘はすぐ、この村を出なくてはならないようだ。

「貴方を代わりに御守りする方をお呼びします。彼からお話が行くかと思いますので、よろしくお願いします」

「これでお別れなのでしょうか?」

「しばらく離れますが、また必ず戻って参ります」

國弘は、鈴子に微笑んだ。

「待ってください! 今神主さんが行ってしまっては、村の存続が危ぶまれます。もう崩壊しかねない状況です。一体、神主さんをどうするおつもりですか?」

村人が言った。

「元々、宮司として、京都全体の神職を導かれるご使命にあられた方です。我々も彼をずっと探しておりました。これより、彼には、新たな指南しなんの配役を担っていただきます」

腰の低い宮司から、丁寧な説明を受けた村人たち。

言い返す言葉もなかった。

宮司と政府職員に連れられ、そのまま國弘は、村を出ていった。

あまりに急な展開に戸惑いつつも、成す術もない村人たち。

「神主さん、今までありがとうございました」

鈴子の言葉に、國弘が振り返ることはなかった。

ゆっくりと三人は、村から姿を消した。

鈴子と村人たちにとって、最悪の事態となった。

何の前触れもなく、あまりにあっさり行ってしまった、鈴子を護る最後のとりでであった國弘。

村全体を覆うように、空が黒くよどみ始めていた。
 



度重なる展開。

矛先を向けるべき相手が誰なのか分からなくなるほど、村人たちは、空虚くうきょに満ちていた。

政府に、やられるがまま、されるがまま。

これ以上、事態を大きくしないよう、ただ時が過ぎるのを待つしかなかった。

それから三日後、突然、鈴子の家の囲いが外され、政府職員たちが、占拠していた男たちを連れ、村人たちに何も言わず、撤退した。

急いで、村人たちは、鈴子の家へ向かう。

「おい、やっぱり穴だらけにされてるぞ!」

男たちによって掘られた穴がそのまま残されていた。

「本当に埋蔵金があったのか?」

周辺に散らばるベニヤ板、そして、酒の瓶が大量に捨てられていた。

鈴子には、その理由が分かっていた。

この村に越してきた時、裕次郎が、「土地の神様に奉納するぞ」と、土の中に大量の酒を隠していたからだ。

案の定、男たちは、裕次郎の隠した酒以外、何も掘り起こすことはできなかった。

これまで誰も見つけ出すことができていない埋蔵金。そう簡単に見つけられるはずがなかったのだ。

たまれない感情を押し殺し、村人全員で穴埋め作業を行った。

「おい! 警官が来たぞ」

複数の警察官が、村長のもとを訪れ、村人たちの前で逮捕状を提示した。

村長は俯いたまま、玄関から現れ、村人たちに見られながら、連行されていった。

絡まったままの縄を解こうとする者はもう、この村にはいない。

そして、警察官たちとすれ違うように、村に一人の男が現れた。

駿河するがと申します。皆さまのお役に立てればと思い、来させていただきました。よろしくお願いいたします」

國弘よりも一回りは若いであろう駿河。

最初は、誰も寄りつこうとしなかった。

しかし、爽やかな笑顔と國弘の元弟子という肩書き、そして、神社の管理だけでなく、村の畑の手伝いを率先して行う姿や彼の働き者の性格に、村人たちからの信頼を集めた。

鈴子と周は、鈴子の自宅での生活に戻り、駿河は一人、國弘の家を守っていた。

そんな彼を、鈴子は遠くから見ていた。
 



「駿河さん、あんたが来てから、だいぶ村も落ち着いたよ。ありがとう」

「いえいえ、師の意思を継いだまでです。一緒に頑張りましょう」

村にも、少しずつ活気が戻ってきていた。

そんなある日、鈴子の家に駿河が尋ねてきた。

彼は、師である國弘について、折り入って話がしたいとのことだった。

「鈴子さん、私がこの村へ来た理由も含めて、貴方にお話しなければならないことがございます。まずは、順を追って、師である平塚國弘の過去からお話しさせてください。それと、師から手紙を預かっています」

真っ直ぐな眼差しで話し続ける駿河。

しかし、彼の口からある言葉が出てくるまでは、鈴子も警戒を解こうとはしていなかった。

「鈴子様、長きに渡り、鈴子さんとの月日も……」

急な別れの手紙。

しかし、鈴子にだけ分かるよう、言葉に細工が施されていることに、鈴子は気付いた。

「……急な別れとなり、驚かれたかと思います。長い間、大変お世話になりました」

これは、長い間、國弘とのやり取りをする中で生まれた阿吽あうん

國弘からの真意を受け取った鈴子は、手紙によって、使命感がふつふつと湧き上がっていた。

神職の道へ進み、生徒として國弘と出会い、指導を受けたことを鈴子に語る駿河。

それもまた、鈴子にとっては、一つの物語の始まりに聞こえていた。

夫を殺されたこの事件の真相、神の死、村長の裏切り、埋蔵金、國弘の手紙、そして鈴子自身の能力。

それらが、危険なものを呼び寄せてしまっている現状を、これから自分で解いていかなければならない。

何のために生まれ、何のためにこの能力を授かったのか。

諦めかけていた壮大な使命を思い出す。

その時が来たと、鈴子は感じていた。
 



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