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大正スピカ-八咫烏の選別-|第4話|守護

料理を提供し、4人とできるだけ距離を保つ。

鈴子は、台所の隅でしゃがみ込み、震えていた。
 
なぜか、店全体が揺れている。

鈴子は、暖簾のれんの内側で、紫色の何かが渦を巻き、暴れ始めているのを見てしまった。

「何事もなく帰ってください……」

拝みながら、脳裏に浮かんだのは、7才の頃に見た百鬼夜行ひゃっきやこうだった。

4人の男たちに、見えざる者たちと同等の恐怖心を植え付けられている気がしていた。

震え上がる鈴子の様子を知ってか知らずか、4人は鈴子を呼び、酒を追加した。

日本人ではない見知らぬ4人の男たちが、なぜ、鈴子と未来で関わりを持つのかは分からない。

4人が来店してから一時間以上、鈴子は、緊張と違和感で、台所でうずくまったまま動けなかった。

せっかく、見えざる者を見なくてよくなった日常。

なぜか、彼らの前ではコントロールが効かない。

彼らが、人間なのかどうかも分からない。

逃げ出したかった。

「ただいま! 帰ったぞ」

裕次郎が帰ってきた。

呪縛じゅばくのように身動きが取れなかった鈴子。足がもつれながらも、必死に玄関まで辿り着き、裕次郎の胸に飛び込んだ。

胸元で震え上がる鈴子を見て、裕次郎は声を荒げた。

「お前たちは誰だ!  うちの女房に何をした!!」

すると、暖簾がゆっくりと上がった。一瞬戸惑う裕次郎。だが、自分が元政府関係者であったことを伝え、威嚇する。

4人は立ち上がり、下駄を履くと、深々と黒帽子を被ったまま、ゆっくりと二人に近づいてきた。鈴子は、裕次郎の後ろに身を潜める。

「ご馳走様。また来ます」

裕次郎に銭を渡し、何事もなかったかのように、4人は去っていった。

優しく返され、戸惑う裕次郎。

「に、に、二度と来るんじゃねぇ!」

だいぶ遠くに離れた4人の後ろ姿を見て、裕次郎はそう言い放った。
 



「やはり、鈴子さんから聞いていた彼らとこの事件は、関係しているように思えますが」

あの日の出来事。

鈴子と神主は、裕次郎が殺されたことと、何か関係がある気がしてならなかった。

犯人は、きっと4人組の男たち。

しかし、彼らがいる場所は京都。しかも、おそらく彼らは政府関係者。真相を確かめるのは、容易なことではない。

「もしかすると、鈴子さんはもう、ここに住めないかもしれません」

「私は、どこへ行けば良いのですか?」

神主は、算命学さんめいがく表を取り出し、占い始めた。

天と地の左右から、地球の自転・季節・太陽の位置・現在点を割り出し、干支えと数字をもとに、人、つまり占う者を読み取るのが算命学。

鈴子にとって、一番安全な場所を正確に割り出す方法だった。

算命学は、当時の最新技法。

赤と黒、八面体の賽と六面体の賽を振る神主。鈴子が向かうべき方角を割り出す。

坤為地こんいちですか……。これは珍しい。四方八方全てが陰。今は動かぬが吉のようです」

それは、鈴子に、何をしても良い方向へ向かわない厄回やくまわりが来ていることを示していた。

「分かりました。烏骨鶏のひなも誕生したことですし、新しい流れが来るのを待ちたいと思います」

鈴子と神主は、慎重に今後の流れを読みながら、会議を重ねた。

鈴子は、自分に取り巻く悪い影響が、孫の周に及ばぬよう、早めに娘家族を帰す選択をした。

しかし、離れた後、娘たちに何かあってはならないと、鈴子は、娘夫婦にある提案をした。

まず、事件が、父親である裕次郎が元政府関係者であったことが原因で起きた事件である可能性が高いことを二人に伝え、その上で、身を守る必要があること、新たな引越し先を見つけ、身を潜める必要があることを伝えた。

新たな仕事先や住居を探すのに、ある程度時間がかかる。その間、孫の周を預かるという提案だった。

長い時間をかけ話し合った。

結果、娘夫婦は、鈴子の提案を承諾した。

この鈴子が出した提案には、二つの意味が込められていた。

一つは、鈴子の過去に潜む難から逃れるための安全の確保。

もう一つは、周へのほどこしのためだった。

周の未来を案じて、神主は、周に一定の教育訓練を行う必要があると、鈴子に示唆しさしていた。

神主は、代々受け継がれてきた神主家系で育ち、神職しんしょくにおける知識がある。そのため、その知識が見えざる者への対処に繋がると、鈴子に伝えていた。

周が物心つく前に、現実とのズレに慣れさせる必要があった。そのための施しが、早いうちから行われれば行われるほど、周自身の未来にとっても良いと判断したのだ。

身内である鈴子は、周の未来を透視することはできない。

5才にして御神使ごしんしの姿が見える周は、明らかに高い霊力を備える霊能者になる素質を持っていた。

しかし、幼い子どもへの施しは、一歩間違えば、精神を狂わす。わば、周の精神力が試される苦行くぎょうの施しだった。

神主協力のもと、鈴子はこれから、人智じんちを越えた狭間はざまの世界を教え、現実世界と境目のない人間に、周を育てあげる。
 



娘夫婦を見送り、周と鈴子は、神主宅で生活を続けることになった。

神主は村長を呼び、ある提案をした。その提案を受け、村長は、村人全員に緊急事態宣言を発令した。

一つ目は、鈴子と周を決して自宅へ帰らせないこと。

二つ目は、鈴子と周が、如何いかにも生活を自宅でしているように見せること。

村人であれば全員、鈴子と周が神主宅にいることは分かっている。

緊急事態宣言を出すことで、もし、人が来た形跡があれば、裕次郎やとなりの奥さんを殺害した犯人が、村人以外の者であると断定できる。

自宅の改築作業が終了した後、この計画を実行することにした。

この計画を実行するためには、村長と村人たちの協力が不可欠。

二匹だけ残った烏骨鶏も飼育を続け、あたかも鈴子が育てているように見せる。

郵便物も、必ず鈴子の家に届けた後、回収する。

村の入口付近には、必ず交代で見張りを付け、外部から来る人間を把握する。

これを毎日繰り返すのだ。

そして、不審者が現れた場合、すぐさま火の見櫓みやぐらの鐘を鳴らし、住人全員に知らせる。

小さな村ならではの協力体制で一致団結し、犯人を迎え討つ作戦だ。

神主は、算命学で占い、あらかじめ、危険な日である滅日を村人たちに伝えていた。

滅日は、昼夜問わず、一日中警戒をする日。それ以外は、朝方と夕方を中心に巡回することにした。

村人全員が、鈴子のために動いた。

その間、鈴子は、周の施しに時間を費やした。

周は、後に、大きな運命を動かす、重要な役割を担う未来が、すでに決まっている子どもだったのだ。
 



「周、お婆ちゃんと手繋いでくれる?」

「うん」

鈴子は、周へ配慮をしながら、ある神社へ参拝に来ていた。

これが、周への最初の施しだった。

周には、これから二つの試練が待っている。

親がいない生活、それから、見えざる者との識別の訓練。

この神社は、正月になると、県外からも人が訪れるほど有名な神社。毎年、長蛇の列が出来ている。

周はまだ、大きな神社を体験したことがない。人が最も集まる日に連れて行こうと決めたのは、鈴子だった。

ここには、見えざる世界を知らない人々が大勢集まってくる。

それを、まだ幼い周に体験させるのが目的だ。

到着前から見えている大きな朱色の鳥居が、この神社の大きさを物語っている。

早速、周が反応した。

「ダメ! ここには行きたくない!」

まだ二人は、鳥居すら潜っていなかった。
 



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