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大正スピカ-八咫烏の選別-|第2話|哀愁

過去に、何度も神主に救われている鈴子。

鈴子がこの村に移住できたのも、彼のおかげだった。

「何か胸騒ぎがしてきました。今日は、早めに帰ります」

家路につく鈴子。

竹林の隙間から見えた光景に驚愕する。自宅の上空が、やけに黒ずんで見えたからだ。

急いで竹林を走り抜け、自宅の門をくぐる。

すると、小屋の中にいる全ての烏骨鶏が、その場で倒れていた。

悲しみにくれる前に、以前神主から聞いたある台詞が、頭をよぎる。

「自分のことが分かる霊能者はいません」

その直後、破裂音が辺りにこだました。鈴子の頭上からだった。

一瞬、膝から崩れ落ちそうになるのを堪えた次の瞬間、視線が夫の部屋へと向かった。

もつれる足をなんとか、前へと送りながら、急いで玄関を開ける。

気持ちの悪いほど聞こえてこない、裕次郎のいびき。

部屋へと入ると、横たわる裕次郎の姿があった。
 



「この度は、夫、与根葉裕次郎のために……」

裕次郎の通夜は、村の集会所で行われた。お経が読まれる中、参列した村人20名も、各自お手伝いを総出で行っていた。

昨日、裕次郎が何者かに殺された。

鈴子が医者を呼んだとき、不可解な事が起きていた。

医者が、地元近くの病院からではなく、1時間以上離れた遠くの町から来ていたのだ。

何か不都合があった可能性があるとはいえ、あまりにも遅すぎる対応に、鈴子は困惑した。しかし、その理由はすぐに分かった。

裕次郎のとなりにもう一つ、遺影が並ぶことになったからだ。

昨日、朝早くに、鈴子の家に訪ねてきた、となりの奥さんの遺影だった。

鈴子が、吉見神社へ行っている間に、烏骨鶏と裕次郎が殺されただけでなく、その前に、となりの奥さんが亡くなっていたのだ。

村人たちは一様に恐怖に怯えながら、互いに話し合い、この奇妙な事件の真相を探り合っている。

「この中に、犯人がいるのかもしれない」

この村で初めて起きる殺人事件に、不穏な空気が漂っていた。

「鈴子さん、ちょっといいかい?」

少し時間が空いたのを見計らい、神主が鈴子に声を掛けた。

外へこっそり出る二人。

まじまじとお互い顔を見つめ、集会所の裏手で話し始めた。

「悔やみきれぬ思いの中、恐縮ですが、幾つか不可解な点がありまして。申し上げてもよろしいでしょうか?」

「はい、私も幾つか思い当たる点がありますので。よろしくお願いします」

「昨日の朝のボヤ騒ぎの件、鈴子さんのおっしゃる通り、子どもの仕業だと分かりまして。それも、どうやら亡くなった奥さんの孫のようでして」

「お孫さんですか?」

「はい。後に、そのご家族から謝罪を受けたので間違いないかと。なんでもまだ暗い深夜に、うちの境内に入ったと証言していましてね」

「それは不可解ですね」

「そうなんです。深夜の神社に子どもを連れ、何用で来たのかの理由が分からないんです」

「確かにそうですね」

鈴子は昨日のことを思い出す。もう一つ不可解なことを。

「そういえば、亡くなられた奥さんが家に尋ねて来たのは今朝5時頃でした。その日にボヤ騒ぎが起きたにしては、あまりにも早いかと」

「私たち管理人の神主よりも早く気づいたとしたら、一緒に伏見神社にいたということになりますね。自作自演の可能性も浮かび上がってきます」

「もし、となりの奥さんがわざとボヤ騒ぎを孫に起こさしたとして、何の理由があるのでしょう?」

「旦那さんですよ。鈴子さんを家から追い出した隙に、犯行に及んだ、そう解釈できます」

「まさかそんな……。もし、そうだとしても、どうして奥さんは殺されたのでしょうか?」

二人の頭に、ある人物が浮かび上がった。

すると、3人の親子が手を繋いで鈴子に近づいてきた。

物陰で話していることがバレたと、慌てて振り返る。

「お婆ちゃん、みっけ!! ほら、ここにいたでしょ?」

神童しんどうのように微笑み、喜ぶ子どもの姿があった。その子どもに、鈴子は優しく笑顔で近づいた。

「周ちゃん、よく来てくれたねぇ。お爺ちゃんも喜ぶよ」

熊本を出て、離れて暮らす、鈴子の娘夫婦と5歳になったばかりの孫のしゅうだった。

1年ぶりに会う周は、話せるようになっていた。

鈴子の足に抱きつく周。

「寒いから、お婆ちゃんと手を繋いで中へ入ろうか?」

「うん!」

久しぶりに繋ぐ孫の手には、去年、鈴子が編んで渡してあげた、水色の手袋がされていた。

「神主さん、また後で」

鈴子から映る神主の瞳には、周の姿が映し出されていた。
 



「私はやってなんかいません! 信じてください!!」

集会所の中は騒然としていた。

鈴子たちが居ない間、亡くなったとなりの奥さんの娘が、ボヤ騒ぎを起こした犯人にされており、村人全員から白い目で見られていた。

「ボヤ騒ぎといい、お前しかいないだろ! 母親を殺し、嫉妬で鈴子の夫までるとは」

村長の厳しい言葉に対し、子どもを抱きかかえながら、必死で無罪を主張するとなりの奥さんの娘。無情にも、助けようとする者はいなかった。

「村長さん、一度落ち着いてください。昨日のボヤ騒ぎと事件は関係ありません。正月の火おこしをするために、私が灯籠に灯した火が燃え移ったんです。ですので、彼女は何もしていません」

神主が機転を効かせ、自分に非があると訴え、謝罪した。

それでも、上手く消化できずにいる村長と村人たち。

事件が未解決のまま、この日の通夜は終わった。
 



「それでは、頭をお下げください」

裕次郎が亡くなってから一週間後、鈴子家の4人は、白装束しろしょうぞくを身にまとい、吉見神社で、祈祷きとうを行っていた。

神主が、四人の頭に神楽鈴かぐらすずを鳴らし、二度と不幸が訪れないようおはらいをする。

複数の白い紙垂しでが、鈴子の頭を撫でるように触れる様子が、神棚の上で銀色に輝く鏡に映る。

周はまだ幼かったが、動き回ることもなく、鏡の奥を見つめ、じっとしていた。

事件は、糸口が見えないまま、賽は神頼みへと投げられた。

鈴子は、裕次郎が亡くなった寝室を撤去してもらうよう大工へ依頼した。改築が完了するまでの間、鈴子たち4人は、神主の家で過ごさせてもらうことになった。

この年の正月は、やけに冷え込んだ。

周は、まだ幼い子ども。元気に境内を笑顔で走り回っていた。まるで、暗い気持ちを払拭するかのように。

軒先から一点を見つめる鈴子の後ろ姿を見て、神主が寄り添い、鈴子の肩に手を置いた。

「神主さん……、この地を訪れて30年。平和に過ごせていたと思っていたのですが、こんな辛い運命が待っていたとは。これから、どうすればいいのでしょうか」

鈴子は振り返り、境内を駆け回る周に目線を向けたまま、尋ねた。

「少し気になる点がございまして……。あの、お孫さんの周くんについての事なのですが」

その言葉だけで鈴子には、何の事なのかすぐに分かった。

「……お気づきでしたか。いや、気づかないはずがありませんよね、あの違和感に」

「はい……。先程から周くんが、私たちにしか見えないはずの御神使ごしんしと遊んでいらっしゃいますので」

吉見神社の御神体ごしんたいである天迦久神あめのかくのかみは、日本の国譲くにゆずりの際、高天原たかまがはら、つまり、天界の移行を大国主神おおくにぬしのかみに伝える役割を担っていた。

神は、主に、二つの肉体をまとうとされている。人間と同じ姿と動物に似た姿だ。

天迦久神がアメノカクという鹿に似た御神使の姿で境内を駆け回っていたところを、周は発見し、追いかけていたのだ。

つまり、周の行動は、鈴子や神主同等かそれ以上の霊能力を持ち合わせていることを意味する。

周の母、つまり、鈴子の娘には受け継がれることはなかったが、孫の周には受け継がれているようだ。

幼少期は、感受性が豊かゆえ、まれに姿が見えてしまう子どももいる。しかし、御神使を追い続ける子どもはなかなかいない。

未成仏霊みじょうぶつれいなどの低波動なものであれば、自分の周波数を下げることによって、誰でも見ることはできるが、高い波動に合わせるためには、それなりの霊格が必要なのだ。

それらのことを踏まえた上で、鈴子と神主は、周の将来を心配し、神妙な面持ちで見ていた。

「そろそろ部屋へと戻りますよ。周、おやつあるから食べにおいで」

周を現実へ戻そうと、鈴子が声を掛けたその時、御神木の根に足を取られ、周は転んでしまった。

急いで、鈴子の娘は駆け寄るが、鈴子はその場から動くことなく、遠くから見守っていた。

転んだ瞬間、御神使が下へ入り、周を助けている姿が見えたからだ。

擦り傷すら付いていない我が子に驚く、鈴子の娘。

天迦久神に気に入られたのだと分かり、鈴子は安心した。
 



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