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大正スピカ-八咫烏の選別-|第3話|宿場

4人は、炬燵こたつを囲い、暖を取りながら食事をしていた。

鈴子は、亡くなった裕次郎も、一緒に囲いながら談笑しているのをたのしそうに見ていた。

それに気づき、不思議がる周。5才ながらも、自分で意味を理解しようとしている。

「ばあばのとこに行く」

違和感を感じてか、周は鈴子の膝の上に飛び込んだ。

周はすでに、現実と別次元の狭間で葛藤していた。

幼少期の自分と重ねながら、鈴子は、小さな体を優しく包み込んだ。
 



鈴子の家の改築が始まる前に、鈴子たちは、何度も往復しながら荷物を神主の家へと移していた。

あれから、となりの家には、誰一人寄りついた形跡が感じられない。むしろ、放置されているようにさえ見える。

烏骨鶏の小屋も撤去しようとしていたが、わらが敷き詰められているところに、二つだけ卵が産み落とされていることに気づき、そのまま残すことにした。

初詣の参拝をするため、吉見神社に来ていた村人たちは、声を掛けたり、粗品を渡したりして、鈴子たちの様子を気にかけていた。

「神主さん、鈴子さんの前で取り乱してしまい、すみませんでした」

村長は、申し訳なさそうに、鈴子と神主へ深々と頭を下げて謝罪した。

となりの家の家族が村を出ていったことも併せて二人に伝えた。それでも村長は、事件を解決する方向へと全力で動くと誓った。

鈴子は、亡くなった裕次郎とも話すことはできる。しかし、寝ている状態での犯行だったため、犯人が誰なのかまでは突き止めることはできなかった。

もしあの時、家から離れていなければ、きっと鈴子も命はなかっただろう。

朝起きたときの違和感、鳴かない烏骨鶏、そして二つの事件。

鈴子を中心に起こる、様々な反時計回りの闇のスパイラルは、後に大きな波紋を呼ぶことになる。
 



京都の飲み屋を営む家庭に生まれた鈴子は、幼少期から、見えざるものが見えていた。その影響で、通常の生活にも支障をきたしていた。

存在する者しない者、全てに視点が合ってしまう代償は大きい。人ならざる者に興味を持たれ、余計に引き寄せてしまう。

一般家庭に生まれ、他の子と同じ教育を受け、育てられた。そのため、鈴子の気持ちを理解してくれる者は周りに誰一人いなかった。

混ざり合った日常の生活は、鈴子に対して、常に苦しみを与え続けた。

それだけではない。

派手な着物で着飾る者や侍ぶった大人たちの腹黒い本性が透けて見えていた鈴子にとって、人も、妖怪と何ら変わりなかった。

生きている意味などない。

まだ7才の鈴子に襲ってくる感情。

それは、陽気にはしゃぐ周りの同い年の子どもにはない感情。

ませるばかりか、生死の不遇さを説く、苦行の毎日だった。

ある日、鈴子が、家族と古い宿場に泊まった時のこと。

時刻は、深夜牛の刻。湿っぽい畳の部屋で眠る鈴子に、不気味な者たちが近づいてきた。

ザクザクと音を立てながら近づいてくる複数の足音が、鈴子の聴覚を刺激する。火の粉がほおに触れたような感触。

鈴子は、身の危険を感じ、すぐに飛び起きた。

目の前に広がる光景に、恐怖を超越した死の感情が押し寄せ、全身が痺れ始める。

黒いマント姿の神を先頭に、般若面を被り刀を握る侍や角の生やした髪の長い着物姿の女、尾を持つひとつ目の妖怪などが長い行列を連ね、火を灯しながら空中を歩いていたのだ。
 
そして、先頭に立っていたのは、人間を死に誘う神、2メートルはある黒いマント姿の死神だった。

百鬼夜行ひゃっきやごうが、鈴子の目の前で行われていたのだ。

平安時代から鎌倉時代にかけ、日本で術印などが流行ると、全国の至る所に時空の歪みが発生する。

その影響で、人ならざる者が行き来できる入口が開いてしまう。

その入り口から様々な者が、定期的に現れ、悪行を働く者や他に陰術をかけあやめた者を連れ去る、これが人ならざる者の宿命だった。

鈴子の枕元を通る度、松明の火の粉が舞い散り、布団や畳に落ちていた。

それを反射的に避けていた鈴子。避けるときに彼女のついた手が、死神の足に触れ、行列を止めてしまう。

死神の逆鱗げきりんに触れた鈴子に、雷に打たれたような感覚が全身に走る。

先頭にいた死神が、向きを変え浮遊する。鈴子の顔に近づく死神。鈴子は、頭を上から押さえつけられ、強制的に首の動きを止められた。

それを見つめる百鬼たち。

巨大で深い闇の目を持つ死神が、鼻先につくほどの距離にいる。恐怖で声が出ない。

無表情の死神に捕らわれた鈴子の瞳は、焼きついた鉄板のように、死神から離れなかった。

普通の人間は、妖怪に触れることすらできない。まじまじと鈴子を観察し、魂まで覗き込む死神。そして背中にあった大鎌を構え、振りかぶった。

このままでは、命がとられてしまう。

「手酔い足酔いわれ酔いにけり」

鈴子の口元が、勝手に動き始めた。すると、大鎌が首元で止まった。

ニヤつく死神。

再び浮遊し始め、行列の先頭へ戻ると、大鎌を背中に戻し、黒いマントをなびかせた。

何事もなかったように再開する百鬼夜行。

百鬼たちは、鈴子に背を向け、去って行った。

全身の毛穴が開き、どばどばと冷や汗が流れ始める。

死神に放った呪文のような言葉は、

「私は酒に酔った者である」

意思のない人間を表した平安時代の百鬼夜行を見た者の避け方だった。

この言葉が、なぜか鈴子の口から発せられたのだ。

当然、まだ7才の鈴子が酒を呑むはずがない。それでも死神は、鈴子の命を奪わなかった。

鈴子は、このとき初めて、命あることに感謝した。
 



時代が明治から大正へと移り変わり、鈴子が18歳になると、少しずつ見えざる世界の意味を理解し始める。

ある程度、他人の未来や、時代の流れが分かるようになり、思っていることが寸分違すんぶんたがわず当たるため、人智じんちでは運命には逆らえないと、俯瞰ふかんするようになっていた。

代わりに、今自分自身が関わっている者や、今後関わる者の未来は見えないということも分かった。

そんな時、鈴子は、ある人物と出会う。

鈴子が飲み屋を手伝っていた時のことだった。

政府関係者が立ち寄ることもあったため、暖簾のれんを敷居にした特別な座敷がある。安価なつまみが食べられる隠れ家として利用されていたのだ。

この日も夜通し営んでいる飲み屋に、閉店間際、4人の背の高い政府関係者が、黒い装いで帽子を被り現れた。

店は貸切。当然のように、暖簾に隠れながら座敷で食事をする4人。

妙なことに、彼らは注文以外、日本語で話していない。顔立ちは日本人。

鈴子は、彼らの未来を見ようと試みるが、誰一人未来が見える人物はいない。

一気に震え上がる鈴子。自分でも理由が分からなかった。一つも見えない人物を同時に見たのは、この時初めてだったからだ。

足元をよく見ると、一見、京都で売られている漆塗うるしぬりの黒い下駄のようなものを履いているのだが、底に2本あるはずの板はなく、どこか不恰好ぶかっこう

未来の日本人が履いている洋靴に似ているように、鈴子には見えた。

朝日が昇る前に、4人は颯爽さっそうと座敷から立ち上がり、去っていった。

そこでようやく鈴子は気づいた、彼らが日本人ではないことを。

未来が見えないということは、未来に関わる人間であるということになる。

なぜ、彼らと未来に関わるのか、鈴子には分からず、不思議でならなかった。
 



鈴子はある日、一人の男性客に声を掛けられ、気に入られた。

彼の未来は、いくら見ようとしても見えなかった。

そのため、鈴子も、彼が初めて来店したときから、きっとこの人と結婚するのだろうと、目で追うようになっていた。

少しずつ距離が縮まり、鈴子が結婚を考え始めた時に、彼に言われた一言、

「酒と女房に囲まれて死にたい」

この言葉が、おそらくプロポーズだったのであろう。

この男性客が、鈴子の夫となる裕次郎だった。

鈴子は、親の跡を継ぎ、飲み屋を二人で切り盛りするようになった。二人三脚の日々が続いた。しかし、その日々も長くは続かなかった。
 



ある日、転機が訪れた。

大正10年、鈴子は当時28歳。

この頃から、日常生活が安心して送れるようになり始めていた。

常に見え続けていた世界が、切り替えれるようになったのだ。これで、見えざるものを見なくてよくなった。

これにより、劇的に日常生活が楽に送れるようになったのだ。

初めて、見えない人間が見ている世界を見た。

こんなにも、嘘で固められた世界の中で生きているのだと、むしろ感動した。

その感情も、1ヵ月も経てばなくなり、鈴子も普通の世界に染まり始めていた。

見なくても良いものは、見る必要も、考える必要もない。鈴子は、そう悟っていた。

それから鈴子は、常に現実世界と非現実世界のオンとオフを選択するようになった。その方が、幸せだったからだ。

ようやく、普通の人間に戻れた気がした。

後から考えれば、これも一つの運命に過ぎない。

いつものように、お店を夜通し営んでいた鈴子は、早めに仕事を済ませ、市場へ魚の買い出しに出掛ける裕次郎を見送った。

そこへすれ違うように入ってきた背の高い4人組みの男たち。10年前、閉店間際に訪れた男たちだった。

あの日以来、一度も見ていない彼らを目の前にした鈴子は震え上がった。

自分と関係がある人の未来は見えないが、来店する客の未来は見える。

彼らが店に来るだけでは、鈴子にとって、関係がある人にはならないのだ。

鈴子は、注文を取った。すると、彼らが注文したのは、10年前のあの日と全く同じ料理だった。

来店時間も全く同じ時間。そして、あの日と同じ貸切利用。

店内全体が歪み始めた。

まるで、時間軸が10年前に戻されていくかのように。
 



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