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大正スピカ-白昼夜の鏡像-|第4話|十字架

正篤は、國弘に対し、他の神職者たちとは別の教育を行っていた。

それから、國弘は、正篤のことを『』とあおぐようになった。

ある日、國弘は、正篤からこう告げられる。

「君には、かつて私が歩んだ道を歩んでもらいたいのです。そのためには、これから中国へ渡ってもらわなければなりません。そこで、3年間、本格的な漢波羅秘術かぱらひじゅつの修行を受けてきてください。その経験が必要となる日が必ず来るはずです」

正篤から後押しされる形で、國弘は、中国へ渡った。

國弘は、正篤と同じ運命を辿ることを決意したのだ。

たった一人、正篤から受け取った地図を頼りに、山へ向かい、そこで漢波羅秘術を学んだ。

その山は、日本の山伏信仰やまぶししんこうでもあった場所。ここで、國弘の霊格は一気に研ぎ澄まされ、高められた。

3年後、正篤に成長した姿を見せるため、日本に帰還した國弘は、正篤のもとへ向かった。

「君は、いずれ八咫烏の一員となり、神官となる運命にあります。それまで、自分と向き合い続けてください。君が神官となる日、私は、再び目の前に現れることになるでしょう」

正篤はこの後、八咫烏の副神官となり、表舞台から姿を消した。
 



あれから15年の月日が流れ、國弘は、30歳になった。

この節目の年に、神職の世界では異例の若さで、宮司ぐうじに任命された。

そこに、正篤が現れ、國弘に八咫烏の選別を受けるよう提案した。

その時、正篤はすでに、八咫烏の神官となっていた。

久々に正篤に会った國弘。

しかし、何かが違った。

正篤は、昔までの柔らかい表情ではなくなり、別人のような険しい顔つきになっていたのだ。

正篤は、神官となるため、死線しせんを幾度となく超えてきていた。

國弘は、そんな彼から、もの凄い圧を感じた。正篤を拒む気持ちが芽生え始めたのは、この頃だった。

それでも、國弘は、

「師に、ようやく恩を返すことができる」

正篤の計画に従う覚悟をしていた。

そして、八咫烏の選別を受ける神職者には、國弘ともう一人、後に鈴子の夫となる、裕次郎もいた。

二人は、八咫烏の選別に向けて、運命を共にした。

そして、無事、八咫烏の選別を通過し、二人は副神官として新たな道を授かった。

その時、正篤は、國弘にこう告げていた。

現世げんせに、天草四郎の生まれ変わりが生きている」

天草四郎は、島原の乱をはじめとする数々の逸話を残した人物。神の子と称され、16歳という若さで亡くなっている。

彼は、明治時代の後期に、女性に生まれ変わっていた。

それが、鈴子だった。

天皇は、天草四郎の生まれ変わりである鈴子と天草四郎が隠したとされる十字架の捜索を、八咫烏に依頼した。
 



元号が大正になった頃、八咫烏の表と裏のメンバーが、八咫烏の予知の場に集められた。

そこには、澄子すみこと正篤もいた。

ここで、副神官になったばかりの裕次郎と國弘は、久々に顔を合わせた。

澄子は、巫女みことして、かみろしでげを受け、正篤は、占いで御告げを説いていた。

両者とも、天草四郎の生まれ変わりの捜索については、同じ御告げを受けていたため、その場ですぐ政府に捜査を依頼した。

しかし、天草四郎の隠したとされる十字架については、意見が分かれた。

お互いに、異なる御告げを受けていたためだ。

ここから、歯車が狂い始める。

正篤は、

「天草四郎の生まれ変わりを捕らえ、十字架を見つけ出せ!」

澄子は、

「いや、十字架は決して見つけてはならぬ。このまま封印すべきだ」

このように意見が分かれた。

この状況に対し、天皇は、判断に迷う素振りを見せなかった。

天皇は、澄子に対し、こう言った。

「其方の予言には私見しけんが入っておる。それに、其方の予言は精度に欠けている」

天皇のこの発言によって、元々、表の八咫烏であった澄子は、地下に閉じ込められ、権威を失った。そして、裏の八咫烏となった。

この時、実は、もう一人意見を述べた人物がいた。

「陛下、流石にそれは理不尽な判断ではないでしょうか?」

天皇に対し、意見を述べたのは、裕次郎だった。

「副神官となったばかりの其方が、陛下に意見をするとは何事だ! 其方のような身分の者が意見を述べて良い場所ではない!」

正篤が罵倒ばとうする中、裕次郎は話を続けた。

「自分の身分は重々承知しております。ですが、失礼ながら、天草四郎が持ち出したとされる十字架は、日本、いや世界にとって、とても重要な代物しろものです。事の重大さを認識した上で、天草四郎は十字架を持ち出し、適切なタイミングで現れるよう、どこかへ隠したのです」

「其方、自分の立場が分かっておるのか? 無礼にも程がある!」

「いや、待て。せっかく新たな副神官が、こうして意見を述べているのだ。今、新たな時代の流れが来ているのかもしれん。それに、彼が未来が見通せるという噂は、我も聞いておる。話を聞かせてもらおう」

天皇は、自ら仲介に入り、椅子にひじをつき、前のめりになった。

裕次郎は、天皇の行動に臆することなく、話を続けた。

「ありがとうございます。では、誠に僭越せいえつながら意見を述べさせていただきます。私は、正確に未来が見えている場合、その内容を伝えることが禁じられています。そのため、未来について、詳しくお伝えすることはできません。しかし、ここでの決断は、国にとって、後世こうせに多大な影響を及ぼすことなります。それゆえ、陛下にはここで思慮しりょ深くお考えを……」

「黙って聞いていれば、好き勝手しゃべりよって。其方は、未来透視はできても、その内容を我々や陛下に言うことはできないと申しておる。我々や陛下は、其方の意見をどう信じればよいのだ?」

「……私が見えている未来は、神の配慮によって見ることが許されている未来です。この内容をお伝えする行為は、決して許されない行為。私ができるのは、正しい方向へ導くことだけです」

「其方が言う、正しい方向へ導くとは、具体的にどういったものなのか。神の配慮によって見ることが許されている未来とは一体何なのか。教えてくれんか」

「正しい方向へ導く行為とは、世界が一つとなり、民や政府の棲み分けが一切ない、平和で協調性を重んじる社会へ導く行為です。そこに、国や身分の違いはありません。何一つ弊害のない社会へ導くことが、目指すべき方向であり、神が思い描く未来なのです」

「……目の前におる我を前にして、其方は、我の天皇という立場も身分も必要ないと述べておる。生きている間に、我に意見を言える者に出会えるとは……」

天皇は、國弘の目を覗き込んだ。

「一つ、聞かせてくれぬか? 其方は、未来について言うことを禁じられていると申した。もし言ってしまったら、どうなる?」

「透視能力そのものを奪われます。それだけでなく、運命が書き換えられ、より厳しい未来が待っています」

「なるほど」

こう言うと、天皇は、顎に手を当てながら、椅子の背にもたれた。

「だが、我は、何十年と、この二人の神官にまもられてきた。其方の話を聞いても、彼らに対する信用は超えられん」

「陛下、彼は、嘘などはついておりません」

ここで、澄子が話し始めた。

「真実を知る者は、それだけ未来を変えてしまう能力があるということです」

「其方の言う通りだ。だが、十字架を探し出すことが重要であると申すのであれば、その透視能力を奪われてでも、今ここで、その理由を伝えるべきであろう? それが、副神官としての務めではないのか? 透視能力に固執していて何になる」

裕次郎の隣りで、黙って話を聞いていた國弘が、ここで口を開く。

「陛下、ここで彼に能力を失えと申しておるのですか? これから、貴方がたをお守りする立場となる彼にとって、あまりにも……」

「……真実を伝えることで、陛下の決断が変わるのであるば、私の能力など必要ありません……」

「やめろ、裕次郎!」

裕次郎は、一呼吸置いた。

「十字架は今後、二世代あとの陛下が手にする運命にあります。その理由は……」

裕次郎が話した理由は、その場にいる全員が唖然とする内容だった。

決して話してはならない、未来の話。

その代償に、裕次郎は、能力を失った。

「先にお伝えしていた通り、私は、未来を透視する能力を失いました。よって、私、与根葉裕次郎は、副神官の立場を辞退させていただきます」

裕次郎は、その場で平伏へいふくし、肩を震わせながら、床に頭をつけた。

それを見つめる天皇と正篤の目を、國弘は見逃さなかった。

二人は、どこか誇らしげな目をしていた。

それから、正篤は、政府の神官として、表の八咫烏となり、天皇の指南役を授かった。

これは、天皇が下した決断だった。

この一連の流れを見ていた國弘は、裏で天皇を操る者がいると考え始めた。
 



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