大正スピカ-白昼夜の鏡像-|第14話|一夜
地下では、異変が起きていた。
「澄子様、大変です!」
「分かっておる! これほどの歪み、何かが地下に仕掛けられておるな」
澄子は、近くの川へ向かった。
よく見ると、反転していたはずの流れが元の流れに戻っている。
「一体、どういう事だ……」
駿河が地下へ向かうのを見ていた晴明は、少し時間をおいて、駿河の後を追っていた。
駿河たちの会話を聞きながら、梯子を下りると、斜面に降り立ち、龍脈の終わりを目の当たりにした。
「なるほど、これが龍脈の終わりか」
そして、隠し持っていたもう一つの八咫鏡を取り出し、川へ投げ入れた。
そのまま、清明は、梯子を上り、地上へ戻っていった。
即位礼烏の儀が行われる前、晴明は、ある人物を呼び出していた。
「八咫鏡を持ち出し、我に渡せ。そうすれば、全てが上手くいく」
「かしこまりました」
その人物は、正篤だった。
地下の蔵で、國弘と周がアークを運ぶ中、正篤は、密かに八咫鏡を盗んでいた。
龍脈に投げ込まれた八咫鏡によって、戻り始める川の流れ。
二人の絡み合う心情。
霊感のある者は、決して目が合わない。映るもの全ては反転しない。そして、互いに交わらない。
鈴子と駿河は、急いで地上へ向かう。
しかし、井戸の入り口で止まってしまった。
地下に歪みが生じた影響で、目の前にある、地上へと繋がる井戸の入り口が塞がれていた。
「鈴子さん、これでは地上へはおろか、入り口にすら辿り着きません」
「大丈夫です。この時のために、澄子様から祝詞を伺っております」
鈴子は、澄子から事前に聞いていた、巫女の龍神祝詞を詠み始めた。
これは、巫女に伝わる、地下を復活させる祝詞。
龍脈がもたらした五感の根幹を、目の前にある井戸の入り口に吹き込む。
すると、歪みが消え、井戸の入り口が開き始めた。
「急いで、外へ出ましょう!」
そのまま、二人は外へ出た。
「龍脈に鎮められた鏡を取り出せ」
鈴子は走りながら、澄子からの指示を聞いている。
「駿河さん、そこの川の始まりに、八咫鏡があるはずです」
駿河は、言われるがまま、目の前の川へ飛び込んだ。
光り輝く八咫鏡。そこから川の流れが始まっているのが見える。
駿河は、不思議な感覚に陥った。
そのまま、流れに逆らうように進み、鏡を両手で掴むと、駿河は、鏡を自分の方へ向けた。
すると、急に流れが変わり、勢いが強くなった。
駿河は、重力がずれた反動で、一気に飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「大丈夫ですか! 駿河さん」
幸い、駿河は無事だった。
「鈴子さん、私は、急いで宿屋へ向かいます。そして、百鬼夜行が戻る前に札を外します。鈴子さんは、急いで周のもとへ向かってください!」
二手に分かれ、駿河は宿屋へ向かった。
山の間にいる満月が沈みかけている。
階段を駆け上がり、六芒星が刻まれた部屋の中で、再び布に包まり、百鬼夜行が来るのを待つ。
数分後、複数の足音が聞こえ始めた。
火の粉を散らしながら、百鬼夜行の先頭にいる死神がゆっくり現れた。駿河には気付いてはいないようだ。
百鬼は、一晩中活動していたせいか、皆、足取りが重く、進みは遅い。
その間も、駿河は、息を止めていなければならない。
少しずつ、あの皮膚が爛れるような熱を感じ始める。そして、壁から最後尾の空亡が姿を現した。
熱で百鬼の痕跡を消しながら、進んでいる。
タイミングを見計らい、空亡の背中にある封印に手を伸ばした。
熱で、皮膚が爛れ始める。
何とか、札を外すことに成功した。
通り過ぎた後、駿河は、汗を拭き、ゆっくり六芒星から離れた。
すると、先頭にいた死神が向きを変え、黒いマントを靡かせながら、近づいてきた。
そして、駿河の頭を掴んだ。
「そんな……何で……」
駿河は、咄嗟に、持っていた八咫鏡を死神に向けた。
すると、死神の動きが止まった。
しかし、頭を持たれたままの駿河は、身体が痺れて動けない。ゆっくり鏡を覗き込むと、鏡に映る死神の顔が、なぜか自分の顔になっていた。
その瞬間、死神が、持っていた大鎌を駿河の首めがけて振りかぶった。
駿河は、咄嗟に身を屈める。
しかし、死神は、そのまま大鎌を戻し、向きを変え、部屋を去っていった。
部屋には、何の痕跡もなく、畳の上に八咫鏡だけが残されていた。
札を回収した駿河に、なぜこのようなことが起きたのか。
全ては、晴明の仕業だった。
晴明が駿河についた最大の嘘。
それは、駿河に渡した、あの札にあった。
札に施した封印の術は本物。気付かれずに外せば、何も起こらない。
しかし、清明は、死神に気付かせるために、わざと札を音を鳴らす仕組みにしていた。
百鬼夜行の死神は、少しでも百鬼に触れられると、その者の命を必ず奪いにやってくる。
その習性を利用し、最初から駿河を殺す目的で、札を渡していた。
周は、國弘と一緒に、晴明に連れられ、あるお寺へ来ていた。
「晴明様。今日は、五月の巳の日です。夜中に彷徨うと、百鬼夜行に捕まります。なぜ、こんな満月の夜更けにここへ来られたのですか?」
「君や周への災いを解くためだ。二人とも、ここでお経を聞きなさい」
そう言うと、清明は、葉巻きに火をつけ、白い煙を吐きながら、二人の周りを回り始めた。
百鬼夜行は、呪術に反応し、その呪術を使った者を襲う習性がある。
その事を知っていた國弘は、安心しきっていた。
いつの間にか、煙が充満した御堂の中で、國弘と周は眠らされていた。
清明は、周の下に五芒星を書き、詞を詠み始めた。
「周!! その詞を聞いてはダメです! 今すぐ耳を塞ぎなさい!」
入ってきたのは、鈴子と眠っていたはずの國弘だった。
清明の姿は見当たらない。
鈴子のあまりに強い口調に、驚いた周は、両耳に手を当て、耳を塞いだ。
周は、百鬼夜行にも見つからない、強い結界の中にいた。そのため、簡単には入れない。
結界にかけられた呪いを解こうと、鈴子は祝詞を唱え、國弘は五芒星を足で消し始めた。
二人の足元から、煙が上がってくる。
國弘は、五芒星の外から大きな六芒星を描き、鈴子と一緒に災いの大祓を祈り始めた。
すると、天から巨大な光が降り始め、紫色のオーラが周の背中からゆっくりと出ていった。
周は、何事もなかったかのように立ち上がり、鈴子の方へ走り始めた。
「お婆ちゃん!」
「周! お前、大丈夫か?」
「大丈夫。何もなかったよ」
「よかった。……周、能力は? 透視能力は消されてないかい?」
「……見えないよ。お婆ちゃんの未来も見えない」
「そんな……」
「私のは、見えるかい?」
「……見えないところもありますが、國弘さんの未来は見えます」
晴明は、周に、能力を消す呪いをかけていた。
しかし、途中で止められたため、完全に消えたわけではなかったが、自分に関わる事は見えなくなってしまった。
周だけが唯一、自分に関わる事まで見えていた能力者。
その透視能力を消されてしまったのだ。
これにより、國弘が計画していた、周の能力を使い、正篤や天皇の闇を暴く計画が崩れた。
「周が自分の未来が見えていたということは、それだけ、周に危険な人生が待っているということです。これから、三人は離れず、行動を共にしましょう。もう表も裏も関係ありません。地下に影響したとなれば、私たちの命も危ぶまれる可能性があります」
周と駿河の事件は、八咫烏に伝達された。
そして、八咫烏でも事件が起きていた。
八咫烏の上位組織『十二鳥』のメンバー12人のうち、半分の6人が、昨晩から行方不明になっていた。
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