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大正スピカ-八咫烏の選別-|第6話|狭間

「もしかして、周、見えるのかい?」

鈴子は、聞かずにはいられなかった。

この世に生を授かる者は、神の秩序のもと、その能力も同時に授かる。

全知全能に近しい形で生まれる者であっても、肉体を持つ以上、体と精神を保つことはできない。

神の配慮によって、その者が崩壊しないよう、今世に必要な能力が与えられる。

そして、本人に関わる事を見せないのが、神の秩序。

つまり、鈴子の身に起きた事が見える周は、今まで生まれてきたどの霊能者よりも能力が高く、この先、厳しい人生が待ち受けていることを意味していた。

鈴子の予想を遥かに超える周の能力。

それゆえ、鈴子は、今行っている施しがより重要な意味を持つことも理解し始めていた。

「さっき、お婆ちゃんがやった通り、作法を行いなさい」

周は震えていた。

泳ぐように浮遊し、鈴子の背中にへばり付く黒い塊が、気になって仕方がなかった。

その中に、渦巻く人間の強欲ごうよくくすんだけがれが、時折り、人の形となって現れる。

「お婆ちゃん、嫌だよ……」

泣きながら拒む周。

鈴子は悟した。

「なら、それを神さまに伝えなさい。そして、お願いをしなさい。そうすれば、周には来ないはずだよ」

周は一礼し、顔をしかめながら、目を閉じた。

そして、神に祈りを捧げた。

目を開けると、鈴子の背中にへばり付いていた黒い塊は、きれいになくなっていた。

周は、鈴子のために祈りを捧げていたのだ。

「お婆ちゃん!  よかったね!」

周は、脚に抱きつき、塊が消えたことを鈴子に伝えた。
 



「そうですか、お孫さんは、自分に関わるものまで見えてしまうのですね。これは、大変なことになりましたね」

布団で眠る周を囲いながら、鈴子と神主は話し合っていた。

これまで、神職に就いている者の中にも、能力を持つ者は何人かいた。しかし、自分に関わるものまで見える人間には、神主も出会ったことがなかった。

それだけ、周の能力は特別だった。

「私も、この子にはある程度、施しが必要だと思います。早いうちに学ばせておくことが、将来のことを考えても安全かと。早速、明日から二人で教えていきましょう」

「よろしくお願いします」

二つの事件も解決の糸口が見つからないまま、神主は、周への施しを優先することにした。
 



村のことは村長へ託し、鈴子・周・神主の3人は街へ向かった。

人通りの多い繁華街。

八百屋や精肉店、鮮魚店が立ち並び、大学が近いのもあって、ハイカラな格好をした学生も多く歩いている。

ただ、3人は、観光に来たわけでない。

目的は、周への施し。ここである学びを伝授する。

周が見えているものは、人間だけではない。あらゆる生き物や霊が同時に見えている。

人通りが多い場所は、人ならざる者も多い場所。

当然、分けへだてなく受け入れる周は、それを区別する術を知らない。

指の数が6本あろうが、脚が1本しかなかろうが、すべて同じ人間だと思っている。

これを見分けられるようにするのが、神主の最初の施しだった。

ベンチに座り、観察させながら、周に教える。

「まずは、指の数を見なさい。あの者は3本、他の者は5本ある。私たち人間は5本指。つまり、あの者は人間ではない。同じ姿のように見えるが、そう見せているだけ。人間ではない者も紛れている。その事を肝に銘じておきなさい」

「はい……」

周は、素直に返事をした。

「その者が人ではないと判断できても、注意は必要。相手の目を見てはいけない。向こうは別の次元で生きている。その領域に合わせることができると悟られれば、君の身に危険が及ぶ可能性がある。決して、目を合わせてはいけない」

神主は、少し強い口調で、周に伝えた。

これは、神主が幼少期に親から教わったことでもあった。

自分で判断をすること。

これが、危険から逃れるために最も大事なこと。

霊能者の見え過ぎる苦しみ。

神主が話している間、鈴子は、周の背中にそっと触れながら、必要以上に怖がらないよう、サポートをしていた。

日常に潜む危険は、霊能者たちにしか分からない。

もし、凶悪な相手に見つかれば、いつ何時でも、別次元へと引き込まれてしまう。

目を合わせず、遠くから観察する。

これを、周に教えたかったのだ。

行き交う人の中に紛れた見えざる者を観察し、周の判断能力を鍛える。

「周、あそこで魚を売る人、見えるかい?」

「うん!」

「何か、読み解くことができるか?」

「あの人は将来、違うお店をやってるよ」

鈴子と神主は、目を合わせた。

周には、未来を見通す力が備わっていたのだ。

それは、霊能者の中でも、ごく限られた人間にしか与えられない能力だった。

一体、どのような運命のもと、生まれてきた子どもなのか。二人は、周の将来を懸念せざるを得なかった。
 



夕方になり、村へ戻る鈴子たち。

すると、見櫓みやぐらから、鳴り響く鐘の音。

何やら慌しかった。

鈴子の自宅付近に集まる村人たち。鈴子が声をかける。

「何かあったのですか?」

「あんたのおとなりさんの家。そこから火の手が上がってね。それで、みんな騒いでいるんだよ」

「おい! 今度はこっちからもボヤ騒ぎが起きてるぞ!」

駆け寄ってきた村人が、指を差している。

今、鈴子たちが歩いてきた方向だ。

そこへ、村長が現れる。

「何とか、となりの家の火元は消せました。しかし、たった今、別の場所で誰かが松明を投げ込み、ボヤ騒ぎを起こしたようで」

「外部から侵入した形跡はないのでしょうか?」

「今のところは。明日、明るくなってから、総出で調査してみます」

この日、ボヤ騒ぎが2件起きたが、人的被害は免れた。
 



ボヤ騒ぎが起きた次の日は、滅日。

鈴子は、窓を開けると、何処となくジメジメとした空気が漂っているのを感じた。

村人たちは、朝から晩まで交代で見張りを行いながら、警戒を続けている。

「明日は、外へ出てはいけません」

これは、神主からの指示だった。

鈴子は、周の能力をいくつか試してみることにした。

朝から周は、神主の家の中を走りまわったり、飛び跳ねたりしていた。その様子は、同い年の他の子どもと何ら変わらない。

周は、悪戯に神主が座っていた椅子へ飛び乗ると、机の上にある算命学表を見つめ始めた。

見終わると、算命学表の横に置かれていた巾着袋を開け、賽を見つけると、床へ放り投げて、笑った。

「周! それは神主さんの大事なものです。粗末に扱ってはいけません」

この一連の流れを見ていた神主は、幼少期の自分を思い出していた。
 



親からの厳しい指導のもと、一心不乱に算命学表を睨み、賽を投げる日々。賽を投げる度に、父親から賽を床に落とされ、踏みつけられた。

霊能者の家系で育った神主。

しかし、霊能力を多く備えず生まれてきたため、算命学を学び、その部分を補っていたのだ。

大学では神職を学び、得た豊富な知識と正確な占いで、他を圧倒した。

そして、30歳を過ぎた頃、ある事件に巻き込まれる。
 
びしょ濡れの状態で、京都の街を走っている時のことだった。雨がひどくなり始めたため、目の前にあった店に逃げ込んだ。

そこで働いていたのが、鈴子だった。

「すみませんが、何か温かいものを頂けますか?」

鈴子は、暖簾のれんの座敷へ案内し、夫の服に着替えるよう、促した。

「うちの店では、滋養強壮じようきょうそうに効く食材を使っています。お代はいいので、ぜひ食べてください。疲れが取れると思いますよ」

そう言って出されたのは、つゆが透き通った温かいうどんだった。

「ありがとうございます」

すぐに器ごと持ち上げ、体を温める。

よく見ると、黒光りした鶏肉がいくつか入っていた。

「それは、烏骨鶏です」

「珍しい食材ですね」

「自宅の庭で、こっそり飼っているんですよ」

「一気に、身体に染み渡るような感じがします」

鈴子は微笑みながら、その場を去ると、新たな客人を迎え入れた。

その様子が、暖簾の隙間から見えてしまい、驚愕する。

鈴子は、人ならざる者と気付かず、和かに注文を取っていたのだ。
 



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