大正スピカ-白昼夜の鏡像-|第11話|神具
古文書にも、金色とは書かれていなかった。
にも関わらず、周はそう答えた。
「……そうか……この者が、あの天草四郎の生まれ変わりの……」
独り言を言い始める晴明。
「非常に面白いのう……」
すると、清明は、急に笑い始めた。
会場にいる全員が晴明に注目する。
「8人の代表者に書いてもらった刺繡の色は、最も高い色が赤。そのまま、橙、黄、緑、青と下がっていく。我々は、赤が見えた者を大烏にしようと考えていた。ここに赤と答えた者が3名おる。正篤と駿河、そして、國弘。しかし、たった一人、金色と申した者がいた。周……君はどうやら、私と同じ色が見えているようだな」
最高色である赤が見えた人間は、相当な霊格の持ち主。
しかし、実はもう一つ上に、別の色が存在する。
その色を、周だけが答えていた。
「元々、裏天皇は、龍が宿る者でなければ名乗ることができない。その資格がある者にしか、龍は見えない仕組みだ。それが見えた國弘は、裏天皇を名乗る資格があるということになる。この即位礼烏の儀は、最初から裏天皇を正篤にする運命にあった。その運命はどうやら変わったようだ」
こう言うと、晴明は、周のもとへ近寄り、周の顔をまじまじと見つめた。
何かを感じ取るように、周の目を見ている。
「なるほど、どおりで金色が見えるわけだ」
しかし、この時、実は周からは何も感じられていなかった。
清明は、再び椅子に座ると、再び話し始めた。
「我々八咫烏は、今日まで、天皇家を護る役目を全うしてきた。その流れも、今日で終わりのようだ。八咫烏に対し、敵意を抱いている者が現れ始めている。ここではっきり言っておく。今後、八咫烏は崩壊する」
この晴明の発言に、会場内はざわついた。
「八咫烏の崩壊を防ぐために、新たな八咫烏を発足させようと、今日皆に集まってもらったのだ。しかし、これもまた、運命とは違う結果となった」
「では、即位礼烏の儀を改めるおつもりですか?」
「いや、そうはさせん。今から、大烏となる3名を発表する。……正篤、國弘、駿河、この者たちを最高位の大烏とする。そして、裏天皇は不在とし、後日、この3名の中から決定する。良いな?」
清明の言葉に、正篤の表情が少し歪んだように見えた。
大烏となった3人は、八咫烏の始祖の血筋である前大烏の3人から、角杯と呼ばれる尖った盃を受け取り、その場で契りを交わした。
「駿河よ。私が3ヶ月前に見ていた未来には、彼は登場していなかった。どう思う?」
「師と周の事でしょうか?」
「そうだ」
晴明と駿河は、酒を囲みながら、二人で話をしていた。
「君には、あらかじめ色を伝えていた。もちろん、正篤を裏天皇にしないためだ。君が赤と言えば、彼は驚くはずだと。しかし、運命は変わっていた。國弘も赤と答え、なぜか龍の模様まで見えていた。そんな未来は用意されていなかったはずだ」
晴明は、焼いた興梠や家守をつまみに、日本酒を飲み始めた。
「神岡神官の功績は、日本にとって有益であることは間違いありません。彼の叡智を天皇に指南することで、日本はより世界を引っ張っていく存在になるでしょう。しかし、何か違和感があります」
「今回の儀式は、君の霊格が高いことを八咫烏に植え付ける目的があった。しかし、君に注目が集まるどころか、國弘に空気を変えられてしまった。さらに、周の発言によって、私たちの計画も狂わされた」
金色は、未来が読める予知能力だけでは決して見ることのできない色。
神が思い描いた台本に沿って、人間は生きている。未来予知ができる者には、この台本を見る資格が与えられているのだ。
周は、この台本を書き換えることができたということになる。
これは、周が、神と同じ高さの霊格を持つことを意味していた。
「周のような霊格を持つ人間は、世界に3人いると言われている。そして、この3人の生きる時代は、交わらないとされているのだ。しかし、私と周が、同じ時代に存在し、今日、同じ空間で関わりを持った。つまり、これまでの概念が変わってしまったのだ」
そのため、清明は、裏天皇を決められずにいた。
「そういえば、天草四郎の生まれ変わりが、八咫烏になったと聞いた。……お前と一緒に通過したとな」
清明は、意味深な表情を浮かべ、持っていた家守の串を駿河に差し出した。
「それを受け取る前に、相談したい事がございます。現在の天皇家や八咫烏、つまり、神岡神官や師が何を考え行動しているのか、私には分かりません。何か事実を隠したまま、互いが自分の欲のために、実権を握ろうとしているのではないかと思ってしまいます」
「正直な奴よの。本来なら首が刎ねられてもおかしくない発言だが、……私は、その絡みを見てみたいと思っている。それに、お前の心などとっくに読めておる。禁断の地へ足を踏み入れるが良い」
「禁断の地……ですか?」
「そうだ。巫女と天草四郎の生まれ変わりがいる場所。そこへ行けば、天皇家の歴史が分かる。ただし、行くためには条件がある。その条件を呑む覚悟があるのなら、話してやろう」
晴明は、駿河に再び家守の刺さった串を差し出した。
駿河は、それを何の躊躇もなく、勢いよく口にした。
地下へ行くことができれば、今後、鈴子と情報交換をすることが可能になる。
洞窟とは異なる地下の世界。
そこは、巫女のみが行き来できる、特別な場所だった。
京都の飲み屋街に並ぶ、八咫烏の提灯がある一軒家。
その向かいの宿屋に泊まった駿河は一人、その時を待っていた。
「巫女以外の人間が唯一地下へ行けるのが、五月の巳の日、満月が輝く丑三つ時だ。ただし、奴らには、見つかってはならぬ……」
この日は満月。街中が月に照らされている。
湿っぽい畳の部屋で待機していた駿河。
丑三つ時である深夜2時になると、人通りが一気に少なくなった。
すると、そこに何者かが近づいてくる。
音を立てながら近づく複数の足音。
身の危険を感じるほどの死と隣り合わせの状況。
全身が痺れる。
駿河は、晴明から教わった秘術で畳に六芒星を切った。そして、烏に扮して黒い布を掛け、身を隠し、そのまま息を止めた。
黒いマント姿の死神を先頭に、般若面を被り刀を握る侍や角の生やした髪の長い着物姿の女、尾を持つひとつ目の妖怪などが長い行列を連ね、火の粉を散らしながら現れた。
百鬼が火を灯しながら空中を歩く百鬼夜行が始まったのだ。
一気に全身から汗が吹き出る。
先頭の死神が駿河の上を通過すると、他の者にも六芒星のおかげで気付かれず、そのまま通り過ぎていく。
満月の丑三つ時は、百鬼が、悪さする者や呪術を使う人間を探しに出る時間。
普段は、地下の入り口に近づく者を遠ざけ、護る役目を担っている百鬼。彼らが離れているこの時間でなければ、地下へは入れない。
満月の明かりに照らされると、百鬼に気付かれてしまうため、結界で身を隠しつつ、百鬼夜行の最後尾に六芒星封印の札を貼り付けることが、地下へ行く唯一の方法だった。
この一連の流れを、駿河は、晴明から聞いていた。
手に札を持ち、最後尾がどんな妖怪かも聞かされていない状態で、ひたすら通り過ぎるのを待った。
そして、最後尾と思われる妖怪が現れた。
皮膚が爛れるほどの熱を帯びている。
その妖怪は、百鬼夜行が歩いた痕跡を消すために、全てを焼き尽くす空亡という赤黒い太陽のような火の玉。
空亡は、かつて天照大神との闘いに敗れた分け御霊とも言われており、満月が沈むまで、百鬼を照らす役割を担っている。
空亡が通り過ぎたのを見計らい、駿河は、札を背中に貼り付けた。
これによって、地下への入り口を照らす明かりが消え、百鬼夜行の死角を作ることができた。
駿河は、急いで向かいの一軒家へと走る。
満月に照らされないよう、真っ黒な布で全身を隠したまま、玄関を開ける。
すると、真ん中に井戸があり、地下へと続く階段が見えた。
そこから醸し出される異様な雰囲気を感じながら、駿河は、巫女と鈴子がいる地下の世界へ足を踏み入れた。
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