大正スピカ-白昼夜の鏡像-|第12話|龍脈
駿河は、地下へ伸びる梯子を下りていく。
しばらく下りると、途中で梯子が切れていた。
よく見ると、微かに斜面が見える。どこからか、川の流れる音も聞こえてくる。
ただ、周囲を見渡しても、何も見当たらない。
ゆっくり斜面に足を近づけると、足が戻された。
重力を感じない。
足を掛ける場所も見当たらない。
少しずつ体が傾き始めた。
そのまま、勢いよく梯子が反転した。
頭の上には、さっき見えていた斜面がある。
すると、頭の上から、僅かに光が差し込んできた。
見上げると、切れていたはずの梯子が続いていた。そのまま上れるようになっている。
ゆっくり上っていくと、少し離れたところに芝生で覆われた斜面が見えた。そこへ足を掛けると、駿河は、草原が広がる地下空間に降り立った。
斜面に沿ってゆっくり流れる川を眺めながら、駿河は不思議に思った。
なぜか川の上流に水源が見当たらない。
よく見ると、その上流に向かって水が流れていた。
地上とは反対に重力がかかっている。
駿河は、その川に沿って進んだ。
すると一軒、見たことのある建屋に辿り着いた。
八咫烏の提灯が見える。
「まさか……」
その建屋は、さっき入ってきたばかりの真ん中に井戸がある一軒家だった。
急に幻覚を見ているような感覚に襲われる。
恐る恐る玄関を開けると、中には信じられない光景が広がっていた。
真上には、眩しい光を放つ太陽。そして、目の前には、宿屋の看板。
そこに広がっていたのは、飲み屋が軒を連ねる、京都の飲み屋街だった。しばらく歩いて確かめたが、ここは、紛れもなく京都の街。
だが一つ、可笑しな点に気付いた。
「全ての向きが逆になっている」
つまり、右に曲がれば、本来、左にあるはずの建物が現れ、左に曲がれば、右にあったはずの建物が現れる。
そして、もう一つ、地上とは異なる点があった。
それは、道行く人々。
一見、人間の格好をしているが、どこか馴染みのない出で立ちをしている。
現代人の顔ではなく、昔の古き良き日本人顔とも言うべきか、どこか、懐かしい雰囲気を醸し出している。それに、流行りや生活感が感じられない。
しかも、すれ違う人と目が合わないのだ。
理解が追いつかない。
とりあえず、駿河は、鈴子を探すことにした。
川の流れに沿って歩きながら、下鴨神社を目指す。すれ違う人には目もくれず、駿河は、ひたすら下鴨神社を目指して歩いた。
そして、二手に分かれた川の中央にある赤い橋に辿り着く。奥には鳥居が見える。
鳥居を潜り、そのまま参道を真っ直ぐ進むと、二つ目の大きな鳥居が現れた。
その前に、二人の女性が並んでいる。
「貴方方は、もしかして……」
「駿河様、お久しぶりです。巫女の付き人にございます。お待ちしておりました、どうぞ中へ」
澄子の付き人をしている二人が、駿河が来るのを待っていた。二人は、駿河がここへ来ることをあらかじめ知っていたかのようだった。
会ったことのある二人ではあったが、緊張感が走る。
境内の造りも梅の木も、全てが反転している。その梅の木は、半分だけが実っていた。
そして、本殿の前に到着すると、付き人の二人は、駿河にこんな質問をした。
「左右に並ぶ本殿、どちらか好きな方をお選びください」
駿河にとって、これは忘れられない質問だった。
駿河が國弘と初めて会った日、最初に聞かれたのがこの質問だった。
この質問を、地下の世界でも聞かれることになるとは思ってもみなかった。
駿河は、驚きを隠せない。
「何を驚いておるのだ! 駿河よ」
声がした方を振り向くと、巫女装束に身を包んだ澄子と、その隣に、鈴子の姿があった。
「お久しぶりですね、駿河さん」
「早くどちらかに御参りせぬか! こうしている間にも時間は過ぎておるのだぞ?」
澄子に急かされ、駿河は右側の本殿を選び、階段を上がった。
そこで、駿河はようやく気付いた。
地上では、八咫烏の創始者である八咫烏鴨武角身命神が祀られていたが、ここには、なぜか玉依媛命が祀られていることに。その姿がはっきりと見えたのだ。
玉依媛命は、駿河を見ながら、薄っすら笑みを浮かべていた。
すぐ一礼し、御参りする駿河。
「では、ご案内します」
付き人に案内され、駿河は二人のもとへと向かった。
付き人の一人にお茶を出されながら、駿河は、地下の仕組みについて話を聞いた。
「ここは一体、どうなっているのですか?」
「驚いたであろう、反転する地下の世界。これが、京都の地下の仕組みだ」
「私も来たときは驚きました。本当に全てが逆になっているので」
「この地下の仕組みは、この部屋の天井に描かれておる」
駿河が天井を見上げると、そこには、二つの星に挟まれた天の川の絵が一面に描かれていた。
「この天の川は、京都の地下に流れる龍脈。これまで幾度となく土や砂でろ過されてきた。それによって鏡のような透明度を誇っている。この龍脈に、八咫鏡を写すことで、地上と同じ世界をつくり出すことができる仕組みだ」
「龍脈と八咫鏡で反転した世界をつくり出す……」
「八咫鏡は、世界に二つ存在する。魔具と神具だ。そもそも、魔具は神具を真似て作られたもの。反対に作用する仕組みが施されている。対して神具は、通常の鏡のように、そのまま世界を反転させた状態で映し出す。さらに、神具はそれを具現化できる」
「八咫鏡によって、この地下の世界が映し出されていると。では、何のために、京都の街を再現しているのでしょうか?」
「負のエネルギーだ」
「負のエネルギー……ですか?」
「京都には、無数の結界が存在する。京都の上空は、外敵からのエネルギーが入らない仕組みになっている。そのせいで、地上にある負のエネルギーが浄化できずにいるのだ。人々が生み出した負のエネルギーは、川で洗い流され、地下の龍脈で浄化する。それを八咫鏡に反転させることで、新たなエネルギーを生み出しているのだ」
「負のエネルギーを浄化し、そのエネルギーを活用していると。そんなことができるのですか?」
「左様。下には反転した重力があり、上には太陽があったであろう。これらは、元々地上のエネルギーだったものだ。今は、この地下のエネルギー源となっている。つまり、もう一つの重力であり、もう一つの太陽なのだ」
「あの太陽のおかげで、私たちも地下での生活ができ、草木も変わらず光合成を行うことができているのです。説明されても信じられませんよね」
八咫鏡によって映し出された反転した世界。
負のエネルギーまでも反転させ、地下に活用されていた。
駿河は、まだ夢を観ているようだった。
「一体、誰がこんな仕組みを考えたのでしょうか? 誰がここまで……」
「……駿河さん。ここからが重要な話です。私たち八咫烏は、天皇家を護り、日本を守ることを定めとしています。私たち二人も、その一員になりました。その中で、私はずっと不思議に思っていたのです。八咫烏の活動拠点が全て、ここ京都であることに」
「確かに、天皇家の方々は、常に東京の御所に住まわれています。月に一度、京都へ来る機会がある程度で」
「そうだ。なぜ、我々八咫烏が、わざわざ天皇家から離れて活動する必要があるのか。この京都に、その理由があるのだが……」
澄子は、奥から木箱を取り出した。
それを机の上に置くと、中から黄色い布を取り出した。
その黄色い布を取ると、中から小さな聖母マリア像が現れた。
「これは、キリストの母と言われている聖母マリア像ですよね。これと八咫烏に何の関係があるのですか?」
すると、今度は、鈴子が何かを取り出し、それを机の上に置いた。
鈴子が置いたのも全て同じ聖母マリア像だった。
しかし、よく見ると、最初に澄子が置いた聖母マリア像とは反転した形になっていることに気付いた。
「これは、もしかして、元々地上にあった聖母マリア像を地下で反転して復元されたということですか? だとすれば、宝物は全て……」
「気が付いたようだな。京都には、様々な宝物が隠されている。それらの宝物は、神社や寺に厳重に保管されているものが多い。地下に反転した世界を作ることで、それらを全て復元することができる。宝物を全て手に入れることができるということだ」
これが、京都に八咫烏がこだわる理由。八咫烏のもう一つの使命だった。
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