大正スピカ-白昼夜の鏡像-|第13話|古来
駿河は、二つの聖母マリア像を手に取った。
見た目だけではなく、質感や手触りまで、全て同じだった。
「天皇家の人間は、この地下について、何も知らない。しかし、全ての始まりは、この天皇家にある。ここから話す内容は、全て真実だ。決して綺麗事ではない」
澄子は、駿河の前に、古い日本地図を広げた。
「縄文時代、日本は、多民族国家だった。それぞれの文化を尊重し、日々平和に暮らしていた。これは、人間に限った話ではない。神・仏・妖など、『龍』や『狐』と呼ばれる存在、さらには、『妖怪』や『鬼』なども、人間と一緒に暮らしていた」
かつて日本は、隔たりを持たない、周りに干渉しない国だった。
「そんな中、神や妖などと交わりを持つ人間が現れた。それが、『月光族』や『鬼族』と呼ばれる人たちだ。しかし、ある日、朝鮮から来た渡来人に日本は侵略された。すると、彼らは、人間と違う見た目をした者たちを山へと追いやってしまった。それから、追いやられた神や妖をまとめて『サンカ』と呼ぶようになった。その後、大和朝廷によって、日本は統一されたが、その時、サンカの存在を知っていた大和朝廷は、山賊狩りと称し、サンカを全員殺してしまった。その影響で神々は怒り、あらゆる地を封印しなければならなくなった。そうしなければ、災いが絶えなかったのだ。その際、神社を建てたのが、今の天皇家だ」
「天皇家が神社をですか? 日本神話によれば、『天皇家こそ、神の生まれ変わりの血筋』と書かれていたはずですが……」
「それは、表向きの話だ。天皇家こそ、サンカをこの日本から追いやり、大和朝廷を建てた張本人だ」
「……待ってください。今の話ですと、天皇家の人間は、外から来た渡来人ということになります。私たち八咫烏は、外から来た渡来人を護っているということでしょうか? 正直、信じられません……」
「信じられない気持ちも分かる。だが、その証拠に、この地下がある。駿河もここへ来るとき、行き交う人間を見たであろう? 何も気付かなかったか?」
「確かに違和感はありました。目が合いませんし、見た目も……」
そこで、駿河は気付いた。ここへ来るまでにすれ違った人間が、全てサンカであったことに。
「気付いたようだな。彼らは、サンカであり、この地下の世界を創った祖でもある人間だ。我々よりも何千万年も前から日本に住み、命を繋いできた、いわば本物の血筋。彼らこそ、神々の生まれ変わりだ」
しかし、駿河は、まだ信じられなかった。
「この話が事実であるなら、私は八咫烏に身を置くことはできません。八咫烏が悪の組織なのであれば尚更……。お聞きしたいのですが、貴方様は、巫女として、長く天皇家に仕えてらっしゃいます。なぜ、この事実を知っていながら、天皇家を護っておられるのでしょうか?」
「……全てだ。全ての民を護るために、今も、八咫烏としての責務を真っ当している。人間は、誰もが過ちを犯し学ぶもの。しかし、サンカは違う。仲間や家族を殺されても、憎しみで返したりはしない」
「そんな人間が存在するなんて……信じられません」
「地上では信じられている表向きの歴史も、我は運命として受け入れる。もちろん、真実である裏側の歴史もだ。この相反する双方の歴史を護るのが、八咫烏としての本当の役目。自身の感情をいかに捨てられるか、日々言い聞かせるしかないのだ。この地下を知らぬ者ほど、地上では苦しみ、罪を犯す。これも、サンカが創り出した八咫鏡の仕組みだ。その一つに過ぎない」
地上の世界が反転して創られた地下の世界は、真っ直ぐ生きてきた駿河の感情を大きく揺さぶった。
「地上で起きた歴史など、いくらでも書き換えることができる。綺麗に見せることができる。それを上手く活用し、神々の重要な宝物を地下へと運び入れることもできる。真実の歴史を護るために」
「ということは……」
「地上にある宝は、ほとんどが偽物だ。真実は全て地下にある」
「では、その宝は今どこに在るのでしょうか? そして、誰が管理しているのでしょうか?」
「それは……待て。なぜ、お前がそこまで聞く必要がある?」
澄子は、駿河の後ろに違和感があった。
「お前、もしや……」
澄子はすぐ違和感の正体に気付いた。
「五芒星!? 魔術か!」
駿河の襟に仕込まれた一枚の札が見えた。
その瞬間、札は燃え、その場で消えた。
「駿河、お前、誰に聞いてここへ来た! 國弘じゃないのか?」
「安倍晴明です。あの方から教えてもらい……」
澄子は、駿河の胸ぐらをつかんだ。
「平安時代の人間が生きているわけないだろ! ふざけるのもいい加減にしろ! さっきまで、呪術で我々の会話が盗聴されていたのだぞ! 鈴子、今すぐ上賀茂神社へ向かう」
その時、付き人の二人が部屋へ入ってきた。
「澄子様、大変でございます。周様が、地上で、何者かに連れ去られました」
「周が!?」
「はい。あと、何者かに強い結界を張られております。これにより、地下に歪みが生じているようです」
澄子は、咄嗟に透視で周がいる場所を特定した。
周は、結界の中に一人立たされている。さらに、隣には、柱に縛り付けられた國弘の姿も見えた。
そして、周の守護霊から警告が出ているのも感じ取った。
「完全にやられたな。駿河、お前はどうやってここへ来た? 私が國弘へ渡した巫女の霊符がなければ入れないはずだ」
「百鬼夜行の最後尾に封印の札を張り……」
「大変なことになったな。駿河、今すぐここから出ろ! 百鬼夜行が帰ってきたら、死神に殺されるぞ」
「私も行きます! 澄子様は、遠隔で指示をお願います」
この一連の流れは、晴明が深く関わっていた。
話は、即位礼烏の儀まで遡る。
晴明は、儀式の会場で、蛙の串に術を掛けていた。
催眠薬を含ませた蛙を咥え、部屋中に自分を遵守する術を掛けた。
清明は、自分が会場に入り椅子に座るまで、八咫烏全員が透視能力や術を使えない状態にしていたのだ。
そして、思考を変えさせないよう、蛙を炎の中へ投げた。
術をかけられた者は、炎が消えたと同時に、復活した蛙が見える。清明は、彼らの目を見て、術が効いている否かを判断していた。
しかし、國弘と周には、この術が効いていなかった。
周は、國弘にも術が掛からないよう、3ヶ月前から準備をしていた。
國弘は、周の伏線を読み取り、見えていなかった龍の刺繍を解いた。
これは、晴明の未来予知にはなかったことだ。
大烏に國弘を入れることで、周は、その場で裏天皇を決めさせないようにした。こうして周は、未来を変えることができたのだ。
驚いた晴明は、周に蛙を投げつけ、術を再度掛けようとした。
しかし、それも周には効かなかった。
むしろ、晴明に思考を読ませないよう仕向けたのは、周の方だった。
それに気づいた晴明が、あの時、周を認めたという流れだ。
ここまでが、二人しか知らない、即位礼烏の儀の裏側。
だが、この後、晴明は仕掛けた。
駿河を呼び出し、自分の真の心が読まれないよう、駿河に蜥蜴を食べさせた。
駿河に、呪術を掛けたのだ。
そして、家守を食べさせ、駿河が護られないよう、守護霊にも術を掛けた。
駿河が立ち上がる隙を見て、襟に呪印を忍ばせ、これまでの会話を全て盗聴していた。
澄子に気付かれたことは、当然、晴明も分かっている。
むしろ、清明は、こうなることを予知していた。
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