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大正スピカ-仁周の第六感-|第6話|赤と黒

「関東軍が、中国軍を制圧し、さらに領土を拡大しています。日本軍は、銃撃戦に巻き込まれ、多数の犠牲者が出ている模様です」

天皇が声明を出したものの、何一つ効果はなく、さらに、陸軍が船で応援に駆けつけ、騎馬兵が出動する事態になっていた。

「満州事変は、収集がつきそうにありません。予定より長くなる覚悟をしておいてください」

と、國弘は、天皇に伝えた。

長引く軍の混乱は、政界にも影響を及ぼし始めていた。

「日本軍が、我々に従うことをやめ、関東軍に寝返っているようです」

政界の悪い噂が蔓延まんえんし、兵士たちの忠誠心が低下していた。

混乱の原因は、天皇の決断力の無さにあると。

関東軍も、政府から指示が遅れていることに対し、不満が募り始めていた。

さらに、八咫烏の裏のメンバーたちによる遠隔操作の影響で、感情のコントロールが効かなくなり、混乱は増す一方だった。

「こんな状況では、いくら対策をしても、好転しそうにない」

澄子も、透視で事態の先読みをしようと試みるが、なぜか上手くいかない。

「諦めずに、日本軍へ指示を送り続けてください。私が領地拡大を命じたわけではありません。その旨を中国政府に伝え、争いをやめるよう、訴え続けるのです! 関東軍を包囲し、両国間の対立を止めさせます」

慌しい戦況の中、天皇は、諦めずに指示を送り続けた。
 



霧が立ち込める中、視界はどんどん悪くなる一方。1メートル先の状況すら見えない状態になっていた。

濃霧の中、3人を乗せた舟は、ただ風の流れに任せて進んでいた。

「いつ何にぶつかるか分からない。周、振り落とされるなよ」

目を細めたまま、じっと前を見つめる周。

すると、周は、何かを見つけた。

「何か黄色に光るものが飛んでいます!」

しかし、どこを見渡してもそのようなものは見当たらない。どうやら、周だけに見えているようだ。

「黄色……黄竜こうりゅうのことか?」

「黄竜?」

「四神の中央には、麒麟だけでなく、黄竜という神獣がいると言われている。もしかすると、我々は、本当に浮島に近づいているのかもしれない」

浮島とは、海の上の不特定な場所に浮かびながら、流され続けている島のこと。

遠くにある島やみさきが水面から浮いて見えることもあるため、遠くから発見し、近づいても見つからないことが多い。

蜃気楼しんきろうの一種であるとも言われている。

「我々の家系は、今向かっている浮島の案内役を担ってきた。これまで先祖代々、あの洞窟をひそかにまもり続けてきたのだ。しかし、本当に浮島が存在するのかは分からない。いくら探しても、どこにも詳細が書かれていなかった。実際に、目で見た者も誰一人いないのだ」

その言葉を聞いて、一気に不安になる周。

風に飛ばされそうになりながらも、黄色の発光体を必死に目で追っていた。

その発光体は、空高く上がると、そのまま姿を消した。

「黄色の発光体が、私たちの周りを龍のように飛び回っています」

すると、今度は、背後から黄色の発光体が現れる。

その瞬間、霧が一気に晴れ、3人は船ごと、黄色に輝く巨大な黄竜の中に包まれていた。

暗闇から異世界へ移行したような感覚。

さすがに、駿河たちも驚いた様子で、辺りを見渡している。その黄色に輝く発光体は、勢いよく正面に蛇行しながら、姿を消した。

一瞬の出来事に、3人は言葉も出なかった。

すると、3人の目の前に浜辺が現れ、遠くに数人が立っているのが見えた。

水面を覗くと、中では植物が絡み合い、波の動きに合わせて揺れているのが分かる。

浮島は、実在していた。

3人は、出迎える人たちのもとへ、オールを漕ぎながら進んだ。

近づくにつれ、周と駿河は、彼らの異様な出で立ちに目を奪われる。

泥で固めた草木の葉を全身にまとい、赤や黒の不気味な面を被っている。

その姿を見て、駿河は、オールを漕ぐのを止めた。

「父上、彼らは、この浮島の住人ですか?」

「やはり、言い伝えは間違っていなかったようだな。面を被る彼らは、龍族の仲間『アカマタ』と『クロマタ』。彼らが、龍の姿を隠しながら暮らす、本物の血筋だ」

身長は190センチ程度、太い首や足首にそれぞれ、赤や黒の模様が描かれている。

明らかに人とかけ離れたオーラを放つ彼らに、周と駿河は困惑していた。

「御三方、お待ちしておりました。あなた方を心より歓迎いたします。ここで舟から降りていただき、我々について来てください」

大きな体格に似合わない丁寧な対応に、3人とも、声も出ず、ただ言われた通り、船を降り、岸へ上がった。

緊張のあまり、下を向いたまま歩く周。

地面は柔らかく、島自体が揺れているため、どこに重心を置いて歩けばいいのかが分からない。

3人を見ては足を止め、後ろを確認しながら歩く住人。

被っている仮面のせいで、住人が振り返る度、3人に緊張が走る。

青々と生い茂る森。

赤と黒を混ぜたような色をしたマングローブのように絡み合う根は、土の上に剥き出しのまま、放置されている。

さほど高い木は見当たらないが、奥へ進むにつれ、鳥のさえずりが聞こえてくる。

地面が土に変わり、太い根を踏みながら歩いていくと、透き通る海面が根の隙間に入り込む不思議な空間に繋がった。気付けば、3人は、葉っぱのない巨大な木の根っこにある建物に辿りついていた。

どうやらここが彼らの住む家のようだ。

浮島の中心部にあたり、島の全ての根がここに集まっている。

ただ、周には、その家に張り巡らされた根が全て龍の姿に見えていた。

「これからお話しすることは全て、他言無用でお願いいたします。約束できる方のみ、お入りください」

3人はゆっくり頭を下げ、中へ入った。

「うわっ!」

周は、咄嗟とっさに声を上げてしまった。

目の前に現れたのは、赤と黒のお面が至るところに敷き詰められた廊下だった。

真っ直ぐに伸びた根が、床を伝って重なり合い、壁や天井を捻じ曲げるように渦を巻いている。その螺旋|《らせん》に合わせてお面が飾られていたのだ。

その奥には、広い空間が見える。

よく見ると、根で覆われた、まるで楽園のような世界の中に、大きな植物を育てる住人の姿があった。

どうやら家の中でも、彼らはお面をつけて生活しているようだ。

3人は、広間を通り抜け、奥にある部屋へ案内された。

そして、そこで待機するよう、指示される。

「これが浮島の正体ですか?」

「そうみたいだな。こんな場所があったとはな……驚いた」

3人で会話をしていると、一人の住人が入ってきた。

彼が被っている仮面だけは黄色。仮面の脇から長い白髭が生えているのが見える。

「もしかして、貴方が麒麟ですか?」

「……私は、麒麟ではない。ここにいる龍族をたばねるおさだ。そもそも、ここに麒麟など存在しない」

存在しないと言い切る長老に困惑する3人。

「ここに来れば、麒麟に会えるという言い伝えがあります。そして、隣にいる彼の能力を元に戻せる力があると」

駿河がこう言うと、長老は、周の目を睨みつけた。

何かを読み取ろうとしている。

すると、長老は急に、目を見開いた。

周の周りをぐるぐると回った後、うつむく長老。

「彼を治したところで、どうしろというのだ?」

長老は、厳しい口調で駿河に返した。

「これから日本は、危ない方向へと向かおうとしています。その流れを食い止めるためには、彼の能力が必要なのです」

「人間同士が殺し合うのは昔も今も変わらぬことだ。そんな低族な生命体のために、神が動くわけなかろう。神は、我々に気付きを与えるために、未来を用意している。その未来を変えたとて、また新たな気付きが来るだけに過ぎん。神との共存を自ら拒む人間たちよ。哀れ苦しむが良い」

過去に対する恨みからか、長老は、全く聞く耳を持とうとしなかった。

その時だった。

急に空が曇り出し、雷が鳴り始めた。

すると、広間にいた住人たちが、慌ただしく動き始める。

「過去数千年、この浮島の上空に雲がかかったことはない。この浮島に雷が落ちたことなど、一度もないぞ! これは一体、どういうことだ?」

「人間だ。やはり人間を入れると、ろくなことにはならぬ。今すぐ3人を捕え、生け贄にしろ! 神の祟りに遭うぞ!!」

「待ってください! 我々はあなた方の味方です! 話をすれば、分かり合えます!」

駿河の説得も虚しく、長老の指示で集まってくる住人たち。

3人は、無理矢理仮面を被せられ、そのまま奥へ連れていかれた。
 



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