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犯人はヤス、-終焉-|第16話|畏敬

荒れ狂う世界。

全てが、文屋長官の思い通りに進もうとしていた。

反転した世界。

それは、単なる化学テロではない。

神が、人間に託した世界。

この世界が、ずっと続く事など、最初から神は求めていない。
 



神の意思を能力者たちが読み解き、記述にしたのが、三つの書『古文書』『古事記』『巻物』。

これらは、それぞれ別の人間が読み解いた書物である。

神の意思とはいえ、これらの書に書かれている予言は、人間の頭脳で解いた半神の予言に過ぎない。

「三つの神と人間による意思が混ざり合うことで、神が思い描く理想的な未来に近づく」

この転換期の使命を授かったのが、文屋長官。善悪を問わない神の意思を、彼に今、投影させているのだ。

世界では今、大きく三つの思考が反転している。

一つ目は、人々の思考。

これまで与えられていた『思考の自由』がなくなり、『思考の一定』が与えられている。つまり、全員が同じ思考のもと、生きていることになる。

二つ目は、警察官の思考。

警察官たちは、持っていた正義感を取られ、秩序を乱すようになっている。正解がない人間の思考を封じ込めるためには、必要な存在。

三つ目は、能力者の思考。

能力者たちは、人間の思考の領域を広げる存在。彼らを、通信や情報が行き届かない場所へ追いやることで、その能力を封じ込め、さらに、特殊な機械を使って、能力が発揮できない状態へと追い込んでいる。

悟たちも、この思考が反転した世界にいる。

しかし、彼らは、この三つの思考に当てはまっていない。運命に逆らうこともできている。

なぜなら、5年前の記憶が残っているから。

5年前の記憶が残っていれば、この思考に逆らうことができる。

なぜなら、人間各々の運命に対して、神が善悪をつけることはないから。

つまり、未来を変えるチャンスは、まだ残されている。
 



「長官、突如上空に、複数のヘリが現れた模様です」

ゆっくりと窓を開け、空を眺める文屋長官。

空から、何かが大量にばら撒かれているのが見えたが、微動だにしない。

「もう、何をしても全ては決まっている。結末以外はな」

「すぐに空母を派遣させますか?」

「放っておけ! 好きにやらせておけばいい。たった数人が考えていることなど、今更取るに足らん。彼らの最後の悪足掻わるあがきを楽しませてもらおうじゃないか」

文屋長官が、ほんの少しだけ隙を見せた。

それは、最後の日が近づいていることによる、彼の気の緩みだった。
 



「作戦を開始します!」

(頼みます……どうか目覚めて……)

悟は、三輪警部補にお願いして、大量のヘリコプターを手配していた。

そのヘリから、大量の紙が放たれていたのだ。

風に舞いながら、落ちていく大量の紙。

落ちてきた紙を無意識に手にする国民たち。

忘れかけていた5年前の記憶が、一気に呼び起こされる。

周波数や音楽でコントロールされていても、完全に消えることはないあの事件の記憶。

『犯人はヤス、』と書かれた手紙が、日本全土に撒かれていたのだ。

悟は、人々の記憶を呼び覚ますため、5年前の事件と逆の発想をした。

5年前の事件では、人々が花火で『感動』し、気が緩んでいる隙を狙われた。

今回は、『恐怖心』を利用して、人々の記憶を目覚めさせようとしているのだ。

「赤、周波数は変わったか?」

「どんどん周波数が上がっていきます」

「いや、まだこれからだ」

一様に口に手を当て、手元にある紙を眺める国民たち。

我に帰りながらも、震えたまま右往左往している。

すると、

「私は安です。今あなたが持っているその紙に書かれている犯人は、私です」

電波をジャックした橋本が、全国放送で、ニセの安の映像を流し始めた。

人々は、手紙を手にしたまま、テレビに注目する。

「あなた方は長い間眠らされていました。目覚めてください。5年前の事件を思い出してください」

一か八か、映像でさらに語りかける。

「あの時、あなたは何をして何を考えていましたか? 私の事件で、悲しんだり苦しんだりしていませんでしたか? それが、あなたの素直な感情です。その感情を忘れないでください。どんな恐怖や苦しみもすべてあなたのものです。感情のない状態は、死んでいるのと変わりません。あなただけの意思、あなただけの行動、あなただけの思考こそが今、この国にとって必要なのです」

忘れかけていた人々の心に、安の言葉が刺さり始める。

「目を覚ましてください! 息を吹き返してください! あなたの想い一つで、世界は変わります! どこの誰かも分からない、そんな人間にコントロールさせてはいけません! 秩序や文化も忘れ去られ、今では神社やお寺も廃れてしまっています。あなたたちの手で、無くなった祭りや風習を復活させてください! その時に、本当の犯人が現れます。あなたたちの過去を奪い、秩序を乱し、思考テロを行った真の犯人が……」

人々の動きが止まった。

この後、どうなるかは、悟たちにも分からなかった。悟たちが行ったのは、あくまできっかけに過ぎないからだ。

それでも悟たちは、予言ではなく、未知な人々の思考に託した。

「悟、蓮、何か変わりはあるか?」

「行動が明らかに穏やかになりました。街を破壊するような動きも見られません。思考を取り戻しているのではないかと」

「親父、こっちは我に返った人間が互いに助け出している。まだ手紙を手にしていない人間を止めて、手紙を見せている。このまま行けば、全国民を元に戻せるかもしれない」

三輪警部補は、自宅のヘリコプターも出動させ、全国に飛び回らせていた。

「だいぶ数が足りないが、とりあえず主要の県にばら撒いた。このまま何度か往復させて、全国にばら撒く」
 



人々による周波数の急激な変化。

連鎖する一人一人の思考の変化が、転換期であるこの日、逃げ続けている安の思考にも変化をもたらしていた。

安も、自分の名前が書かれた手紙を手にしていたのだ。

手紙に触れた瞬間、悟たちの意思と相まって、心の奥深くで反応しているのが分かった。

拾い上げた手紙をポケットに入れ、歩き出す。

そして、ついに目的地である京都に到着した。

一呼吸する安。

勢いよく、両手で門を開けた。

たった一人、サヤの手助けも受けず、安は堂々とその門をくぐり抜けた。
 



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