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大正スピカ-仁周の第六感-|第4話|龍血

「確かに、未来を変えることはできません。しかし、この先迎える未曾有みぞうの危機を最小限に抑えることはできるはずです」

「……サンカの血筋といえど、地上で育てられた君は、他の人間と変わらぬようだな」

長老のサンカが、皮肉混じりに衣織をあしらう。

「血筋が何だとおっしゃるのですか? そんなことより、早くこの国を立て直さないと、今後やってくる災難に苦しむことになりますよ」

「我々は、その未来を受け入れる準備は出来ている。ここにいる八咫烏も、昭和天皇もな。全員、感情的に行動する必要のない局面を迎えている。これ以上、無駄な争いをする必要はない。むしろ、未来が早まってしまうぞ」

全く聞く耳を持とうとしないサンカたち。

衣織は、落胆した。

そんな衣織を見かねて、鈴子が話に入った。

「サンカの皆さん、この先どんな未来が待っていようと、今、何をし、何を考え、何を望んでいるのか、今一度見つめ直さなければなりません。それが今、私たちのやるべきことではないでしょうか。定められた未来を待つことよりも、常に望みを持って行動することが、我々の魂をより輝かせることになります。それでも、未来を諦め、ただ衰退していくのを待たれるということでしょうか?」

鈴子は、衣織の思いを代弁し、サンカたちに伝えた。

決して澄子のような強い口調でも、衣織のような同じ血筋でもないが、鈴子にしか出せない、優しさと協調性を兼ね備えたオーラが、そこにはあった。

反論しようと思えば、言い返せるはずのサンカたち。

しかし、鈴子の思いが伝わったのか、何も言い返してこなかった。

その光景を見つめる澄子の表情は、少しだけ微笑んでいるように見えた。
 



結局、サンカたちからの返事はなかった。それでも、しばらく京都御所に残ることを約束してくれた。

3人は、中庭を後にし、再び天皇のもとへ戻った。

その道中、鈴子は、澄子にこう尋ねた。

「そもそも龍族とは何なのでしょうか? なぜ、耳の裏に龍の鱗模様があるのでしょうか?」

「太古の昔、人間が何者にもなれた時代があった。彼らは、必要以上に他人に干渉せず、自分が思うように行動し、好きなものを食べて暮らしていた。それは、人間に限らず、他の生き物たちも同じだった。その時から、龍は実在していたと言われている」

「龍がですか?」

「そうです。鈴子さんも能力をお持ちであれば、見ていると思いますよ。龍は、今も昔も、ずっと私たちのそばに居ますから」

「確かに、何度かお目にかかれたことはありますが、存在しているというより、エネルギー体という表現が近いような……」

「そもそも、見えていなくても、常に存在はしている。昔の人間は、龍を『空の住人』、人間を『地の住人』としていた。故に、空に対して、必要以上に干渉していなかったのだ。しかし、空を見上げ、龍を観察する者が現れた。いつしか、彼らは龍に憧れを持ち、龍と接触することを試みるようになった」

「もしかして、それが龍信仰ですか」

「そうだ。純粋に龍との交流を深め、龍の波長に合わせる。そして、龍をあがめ、まつる。龍との繋がりが深まると、人間の子どもに龍の一部が融合した。それが、龍族の始まりだ」

「その方たちをサンカと呼んでいるのですか?」

「正確にはそうではない。サンカは、昔、山へ追いやられた日本人のことを指す。今も尚、現存するサンカが、偶々たまたま龍族であるに過ぎない」

「では、なぜ、私は龍族の血を引いているのでしょうか?」

「それは、私にも分からぬ。どこにも繋がりがない。見て分かる通り、サンカは、他人と干渉することを好まない。どこからやってきたサンカなのか、霊視をしても見えないのだ」

「衣織さんは、幼少の頃、どこで暮らしていたのですか?」

「祖母に育てられ、祖母が亡くなったその日に、國弘さんと同じように拾われました。少し曖昧ではありますが、育ててくれた祖母に抱き抱えられながら、舟に揺られていた記憶だけは残っています」

衣織は、幼い頃に、何らかの理由で一般家庭に預けられていた。

「となると、今ここにいるサンカたちとは違う血筋であることは間違いない。他にも、龍族が存在しているということになる」

「先程、サンカの方々にお会いしましたが、同じ龍族であることは感じました。しかし、どこか違う部分も感じたのです」

「龍族にも、サンカとは違う歴史が隠されている。もし、ここにいるサンカたちが協力しないのであれば、他の龍族をあたる必要がありそうだな」

「そう思い、私も何度か透視しているのですが、彼らの居場所が見つかりません」

「尚更怪しいな」

「私に、少しだけですが、思い当たる節があります」

鈴子は、過去に聞いた話を二人に話した。

「……ですが、そこは女性が入れない島だというのです。さらに不純な心を持つ者は、拘束されると。それだけ、他の人間を受け入れない島だと聞いています」

「なら、奴に行かしてみるか」

澄子は、ある人物にそこへ向かうよう、指示した。
 



「だいぶ寝不足のようだね。ちょっとだけいいかな、周くん」

まだ悩み足りないのか、ずっと寝たきりの周。

神主は、そんな彼を起こしながら、声を掛けた。

「昨日から君をずっと観察していたが、あまりにもずっと悩んでいるからね。君がここへ来た理由は、普通の人間に戻りたかったから。そうだろ?」

「はい……」

「子どもたちの元気な姿を見て、余計、苦しくなった。違うか?」

「……」

「君は、本当に自分のことが見えていない。そもそも、あの子たちが普通の子だと、なぜ思ったのかね?」

周は、神主の言葉を聞いて、すぐ中庭を見た。

昨日と同じように蹴鞠をする子どもたちとその中を飛び回る妖精たち。

よく見ると、子どもたちは、妖精を目で追いながら遊んでいる。

「ここにいる子どもたちは皆、君と同じように、能力のある子どもたちだ。君のような子どもたちの面倒を、私はここで見ている。だから、君は、何一つあの子どもたちと変わらない。能力を持つことに悩む必要は、どこにもない」

周は、自分の思い違いで他人と比べ、悩んでいたことに気付いた。

すると、不意に涙がこぼれた。

「人は、過去の自分が癒されると左目から涙を流し、未来の自分が癒されると右目から涙を流す。もう、これまで苦しんできた過去ともお別れだ」

神主の言葉が胸に刺さる。

「おーい! 周! 元気になったか?」

遠くから駿河が走ってくるのが見えた。

「父上、周はどうですか?」

「今、ちょうど立ち直ろうとしていたとこだ」

「えっ? じゃあ、神主さんって」

「私の父だ」

周は、何も聞かされずにここへ来ていた。

鈴子は、駿河の父親が受け持つ神社に、周を連れてきていた。

「駿河。お前が鈴子さんとここへ来たとき、私が伝えた内容を覚えておるか?」

「……勿論です」

駿河は、周の肩を抱えながら、笑顔でこう言った。

「日本が傾き始めるとき、片眼を失った能力者が現れ、麒麟が復活する。片眼とは、能力のこと。つまり、片眼を失った能力者とは、周、君のことだ」

「これは、ある離島の住人から言い渡された預言の中にある最重要事項。君の心眼を元通りにすることができる人物を、君に案内するのが、私の役目だ。これから、君を私だけしか知らない離島へ案内する。夜に舟を出すから、それまでに、二人とも準備をしておきなさい」

失われた周の第六感は、過去に戻ることがすでに預言されていた。
 



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