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大正スピカ-白昼夜の鏡像-|第10話|術儀

「失礼いたします。大烏の御三方がお見えになりました」

駿河は、3人の男を連れて、赤い絨毯じゅうたんの部屋に入ってきた。

3人は、腰の高さまで髪が伸び、髭も整えられていない。

彼らこそ、八咫烏の始祖しそである血筋『泰氏はたし』の血を引く、八咫烏の最高位『大烏』の3人。

あらゆる修行を積み、集まった八咫烏たちは、その姿に驚きを隠せなかった。

駿河と大烏の3人が壇上だんじょうに向かって歩き始めると、八つの血筋の代表者がそれぞれ、天主・地主・兵主・陽主・陰主・月主・日主・四時主、八つの旗を掲げながら、後に続いた。

壇上に上がると、駿河は、3人を椅子に座らせ、日像幢にちぞうぞうを中央に置いた。その日像幢を挟んで向かい側に、八つの血筋の代表者が横一列に並んだ。

そして、3人の前に、國弘と周が蔵から運んできた大きな箱が置かれると、八咫烏が全員立ち上がり、その場で平伏へいふくした。

「只今より、即位礼烏そくいれいうを始める」

正篤の声で、場の空気が一気に張り詰める。

その状況とは裏腹に、真ん中の男は、立膝をついて座っていた。

こうして、裏天皇を決める『即位礼烏の儀』が始まった。

「八咫烏は、天皇家をまもる重要な担い手として、今日まで代々引き継がれてきた。本日、最高位である大烏の御三方より申し出を受け、新たな八咫烏の組織図を決める。ここに集まる八つの受け継がれし血筋の者たちよ、公平な審判のもと、ここに新しい権威を与える」

すると、大烏の3人が手を上げた。

「これよりアークを開封する。頭を下げよ」

周と國弘が蔵から運んできた大きな箱は、旧約聖書にも登場する契約の箱『アーク』だった。

正篤の指示で、國弘が黒い布を上から被せると、真ん中の男は突如立ち上がり、アークに、持っていた蛙を投げつけた。

さらに、掲げられている八つの旗を手に取り、アークの上に放り投げた。そして、手に巻き付けていた数珠じゅずを使い、そのまま術を唱え始めた。

すると、蛙の体が燃え始め、その火が、旗に燃え移った。

アークは、そのまま炎に包まれてしまった。

この光景を目の当たりにした八咫烏たちは、噂で聞いていた人物は本当にいたのだと、ざわつき始める。

「大烏の中に、安倍晴明あべのせいめいがいる」

八咫烏たちが、透視で見ていた安倍晴明と真ん中の男が、瓜二つうりふたつであることに気付き始めたのだ。

もし、目の前にいる男が清明だった場合、彼は、平安時代から生き続けていることになる。

それは、とてもあり得ないことだった。

彼の正体を探るためには、まだ誰も見たことない『陰陽術』を使わなければならない。

しかし、目の前にいる姿を見る限り、紛れもなく、彼は晴明本人だった。

燃え盛る炎の中、清明は、自分の左腕を噛み、その腕をアークに差し出した。

すると、塞がれていたアークの口が開き、天井まで光が放射線状に昇っていくのが見えた。

ここで、清明が初めて声を上げた。

衣桁いこうを持って参れ!」

その瞬間、彼の言葉に宿る言霊が、八咫烏たちの丹田たんでんを刺激する。

鳥居に似た形の衣桁が運ばれると、清明は、両手で三角をつくり、アークに向かって息を吹き込んだ。そして、そのまま左手で五芒星ごぼうせいを切った。

すると、燃えたぎっていた炎が、黒い煙に変わり、蛙は再び息を吹き返した。

清明が蛙を口に咥えると、アークの中から、和紙で丁寧に包まれた真っ白な着物が現れた。

その着物を丁寧に広げ、衣桁に掛けると、清明は、何事もなかったように立て膝をつき、ゆっくり椅子に腰かけた。

燃やされ、黒ずんだ、八つの旗。

突然の出来事に、八咫烏たちは、ただ茫然ぼうぜんとしていた。

それでも、正篤は、顔色一つ変えず進行を続ける。

「では、この着物について説明する。その昔、応神おうじん天皇の時代に、の国より、呉織くれはとり漢織あやはとりが日本へ伝えられた。この二つの着物は、それぞれ違う特徴を持つ。呉織は、シルクで織られ、漢織は絹で作られている。ここにあるのは、呉織。特殊な方法で、色が施されているものだ」

正篤は『色』と言っているが、無地で真っ白な呉織には、どこにも色は見当たらない。

この呉織は、太古の昔、渡来人に追いやられたおよずれが、元々いた日本人と区別をするために施した、霊格を測る着物。

「通常の人間には、ただの白い着物にしか見えないと思うが、霊格の高さによって、縫い目に色が見えるようになっている。本日、八つの由緒ある家系の霊格の高さをそれぞれ測り、その高さによって組織を編成し、新たな八咫烏を誕生させる。代表者よ、それぞれ、見える色を書き、ここへ持ってきなさい」

「待て! 急に何を申しておる! 天主の我々が、昔より八咫烏の大烏となる運命にあった。ここにいる誰もが、我々の先祖から恩恵を受けた民族たちばかりだ。ましてや、そんな着物ごときで、我々の便宜べんぎを計るなど、言語道断!」

「確かに良いとは思えぬな。だが、天主の民族に大烏の器があるとも思えん。地主である我々がいるからこそ、八咫烏が成り立っておるのだ」

「我々陽主も地主の意見に賛同する。そんなに霊格で決めたければ、互いに霊術をかけ合い、命をかけるべきではないのか?」

周が予知していた通り、争いが始まった。

その時だった。

両脇にある松明たいまつに火が付き、突然火柱が上がり始めた。そして、天井が炎に包まれた。

全員が警戒する中、晴明だけが立ち上がった。

「この状況を見るが良い。私の呪術の前では皆、赤子あかご同然。我血筋が、この炎を消そうと思えば、いつ何時でも消せる。既に、主らの旗は無かろう。八咫烏の一員として仕える覚悟があるのなら、我に従うがよい。従えない者はもう八咫烏の一員ではない」

蛙を口に咥えながら、全員に圧をかける晴明。

少しずつ天井の炎が黒ずみ始めた。すると、恐れを成したのか、八つの血筋の代表者たちが、紙に色を書き始めた。

彼らが、正篤の持つ箱の中に紙を入れると、すぐ炎は消えた。

「ここに、霊格の高さが書かれた書物がある。今から、その色を発表し、最高位の大烏3名と上位組織の十二鳥12名で、新たな八咫烏の構成組織を形成する」

「……待て。正篤は過去に聞いておるが、そこの3名。主らも、各々色を申してみよ」

晴明は、國弘と駿河、そして、周にも霊格を計るよう、正篤に指示した。

三人は、呉織を真剣な眼差しで見つめる。

「駿河よ、この縫い目は何色に見える? 申してみよ」

「はい。縫い目は、赤色にあります」

清明は、少し笑みを浮かべた。

「お主は、何色に見える?」

國弘が答えようとしたその時、周と目が合った。

その瞬間、國弘は、3ヶ月前の事を思い出した。

あの時、周は、徐ろに古文書をめくり始め、その中の漢字を指で差し、國弘に見せた。

『旗』『鏡』『着物』。

明らかに、周はあの時、今日の未来予知を行っていた。この儀式で着物が現れることも分かっていたのだ。

『争い』『炎』『術』。

ここで起きた出来事も全て予知していた。

『一』『三』『十二』『三十六』。

これは、今後の組織の数を表した数字。

通常なら、晴明が裏天皇の立場となるが、明らかに今、その立場を正篤へ促す流れが出来ている。この状況からみて、裏天皇が正篤がなるのは確かだった。

しかし、問題はここからだ。

『女性』『衣織』、そして『龍』。

周は、なぜあのタイミングで國弘に、この三つの言葉を伝えたのか。

着物に施された妖の色。

正篤の閃きの瞬間、周は、目で國弘に合図をした。

「國弘、答えてみよ」

「はい……刺繍の色は、赤にあります。その呉織には、模様があり、龍の形が浮かび上がっているように私には見えます。妖が施したとされるこの着物は、かつて龍族であった月光族の先祖によって織られた物であると思われます」

八咫烏たちが、國弘の発言に騒めいた。

これを聞いた晴明は、正篤のもとへ行くと、徐に箱を逆さにし、全ての紙を箱から出し始めた。

全ての紙に刺繍の色は書かれていたが、龍の模様まで読み解いた者は一人もいなかった。

國弘は、周からヒントをもらい、衣織との出会いを思い出していた。

そこから推測したのだ。

『女性』『衣織』、そして『龍』。

衣織は、呉織に施された龍族の末裔まつえいだった。

その事を正篤は知っていたのだ。

清明は、國弘の顔を見た後、正篤の顔を覗き込んだ。

そのまま、再び立て膝をつき椅子に座った。

そして、清明は、次に周を指差した。

「お主は、この呉織、何色に見える?」

「……僕には、刺繍の色が……金色に見えます」

すると、晴明は、持っていた蛙を勢いよく投げつけた。
 



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