見出し画像

大正スピカ-仁周の第六感-|第1話|蹴鞠

「お婆ちゃん、何で……」

「周、黙っててごめんね。私たちはこうなる運命だったんだよ」

「そんな……お婆ちゃんだけは信じてたのに……」

「……」

「待って! お婆ちゃん!!」
 



「アリ、ヤア 、オウ!」

遠くから響く子どもたち掛け声。

見覚えのない神社。

境内けいだいの中では、高貴な着物を着た子どもたちが蹴鞠けまりを蹴って遊んでいる。

周は、子どもたちの掛け声で、目を覚ました。

その時、蹴鞠が布団の上へ落ちてきた。

さっきまで激しく動いていた子どもたちの動きが止まり、周のいる方向へ一斉に目が向けられる。

「すみません! 取ってください!」

子どもたちが慌てた様子でこっちへ向かってくる。

その無邪気な声を聞いて、周は、我に返った。

蹴鞠を投げ返すと、子どもたちはそっと頭を下げ、何事もなかったかのように、再び蹴鞠を蹴り始めた。

「だいぶ疲れていたみたいだな」

後ろから声をかけてきたのは、駿河だった。

辺りを見渡す周。

ようやく自分がどこにいるのかを思い出した。

さっきまで鈴子と京都御所の中庭にいた二人。

ある理由で鈴子にお願いされた駿河が、京都にある上賀茂神社へ周を連れてきていた。

「気付いたら、寝ていたみたいで」

「無理もない。しばらくここで休んでいなさい。さっき神主にその旨を伝えておいたから。それに、ここの神主は、子どもたちの面倒をよく見てくれる。ここにいれば、きっと君の心も落ち着くだろう」

今日は、5月5日。少し風がある。

庭先の木々から漏れるさらさらとした優しい音をかき消す子どもたちの元気な声。

その先には、色鮮やかな鯉のぼりが見える。

紐が金属の柱に当たる音が心地良い、落ち着いた空間だ。

「周、みんな上手に蹴鞠を蹴っているだろう? あの子どもたちの周りを見てごらん。何か面白いものが見えてこないか?」

駿河が笑顔で話しかけてくるが、周は、駿河が何を言いたいのか分からなかった。

「『アリ、ヤア 、オウ』の掛け声にはそれぞれ意味がある。夏安林げあんりん春楊花しゅんようか秋園しゅうおん。この三つの意味を考えれば見えてくるはずだ。私は、そろそろ御所へ戻らねばならん」

駿河は、急いでその場を後にした。

駿河が今、忙しいことは周も分かっている。周は、駿河の後ろ姿を目で追った。

姿が見えなくなると、周は、布団から出た。

駿河が言っていた通り、子どもたちは、「アリ、ヤア 、オウ」という掛け声をかけながら蹴鞠を蹴っている。

布団を畳んで部屋の隅に寄せると、廊下に座り、子どもたちの様子を眺め始めた。

元気に蹴鞠を蹴る子どもたちは、体格的に、まだ5才ぐらい。幼い頃から練習していたのか、とても上手だ。

周にとって、あまりに平和な光景。

「この子どもたちは、今、自分たちが置かれている状況を理解していない」

周は、自分が世間とあまりにかけ離れた感覚になっていることに、ようやく気付いた。

周は、ただ呆然ぼうぜんと子どもたちの様子を眺めながら、時代を模索していた。

「もう、僕には無理です。普通の生活を送らせてください」

周は、自ら鈴子にお願いし、ここへ連れて来てもらっていた。
 



「今一度、天皇として再構築していく所存です。八咫烏の皆さん、どうかここからは私に全てを託していだだきたい」

昭和になってから、しばらく経ち、ようやく天皇が復活した。

しかし、分裂したままの八咫烏は、ほとんどが正篤側の人間となっているため、事実上、正篤が裏天皇として、その存在を露わにしていた。

天皇は、改めて八咫烏を再建することを、澄子・國弘・鈴子・駿河の前で約束した。

「我々天皇家にはこの国を守る役目があり、これまで未来に起きる出来事を事前に予知し、国民を導いてきました。しかし、その予知した内容を自らの利益の道具として利用する者は、いつの時代も存在します。我々には、さらに高い透視能力が必要です。今後起きる危機的状況にいち早く対応するために、協力していただきたい」

天皇自ら頭を下げ、サンカたちに協力を仰いだ。

それに応えるように、國弘は、天皇に指南役として仕えることを約束し、澄子は、これまで通りサンカとの繋がりを維持し、天皇家とサンカを繋ぐことを約束した。

二人の間にいる鈴子と駿河。

その後ろには、衣織の姿もあった。

「私もお手伝いさせてください」

真っ直ぐな衣織の姿勢に、天皇が感謝を述べた。

周のいない八咫烏。

衣織の透視能力を知る國弘は、衣織の目をじっと見つめていた。
 



「君も一緒にやってみたらどうかね?」

神主が、周に優しく話しかけてきた。

「いえ、見ているだけで大丈夫です」

「そうかい」

白髭を生やした神主は、温かいオーラをまとっていた。

「昔は私もよく蹴鞠に励んでいたな」

「そうですか」

「そういえば、私があれぐらいの時、キラキラと何かが飛んでいるのが見えたことがある。それはそれは、この世の者とは思えないほど美しい姿をしていてね。まるで妖精と遊んでいるようだった……」

神主からこう聞かされると、突然、目の前に妖精が現れた。子どもたちの周りを飛んでいる。

「アリ、ヤア 、オウ!」

周は、駿河から聞いた掛け声の意味を透視し始めた。

夏安林・春楊花・秋園はそれぞれ、飛んでいる妖精の名前を指していた。

見た目は3才ぐらいの羽根の生えた妖精。子どもたちとはしゃぎ回っている。

すると、不意に周の方へ目を向けた。

その中の一人が、周のもとへ近づいてくる。

くるくると周のまわりを飛び回ると、再び、子どもたちのまわりを飛び始めた。

「どこか、懐かしい匂いがする」

國弘がまだ神主だった頃、吉見神社で見た神様の姿が頭によぎった。

鹿の姿をした神様を追いかけて遊んでいたあの頃の記憶。

そんな周の目の動きを、神主は密かに観察していた。

「どうやら私が昔見た光景が、君にも見えているようだね。人より見えることでいろいろと苦労することが多いだろうが、意味のない能力を人間に与えるほど神様は暇じゃない。今まで君の周りに居てくれた人が、なぜここへ君を連れて来たのか。それをゆっくり考えなさい」

そう言って、神主は、どこかへ行ってしまった。

神主に言われた通り、周は、自分が何者であるか考えた。しかし、目の前の子どもたちのように元気にはしゃぐことはもう出来ない。

ここから国を背負う役目を担うためには、今の自分の能力では到底戦えない。この事は、周も分かっていた。

天皇家だけでなく政府の人間とも関わりを持ったことで、自分と関わる人間の未来も見ることができなくなった。

そんな無力で幼い自分が、八咫烏のメンバーとして役目を全うするなど、到底考えられなかった。

その思いを鈴子は分かったうえで、駿河に周をお願いしていた。

「きっと周は、ここへ戻ってくるはずです」

能力を制限されているとはいえ、周の能力が必要であると、鈴子と駿河は考えていた。

周自身が世の為に動こうと決心するまで、二人は京都御所で待つことにした。
 



#小説
#オリジナル小説
#ミステリー小説
#大正スピカ
#仁周の第六感
#連載小説
 

もしよろしければサポートをお願いします😌🌈