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2−3、あなたもなの【『地上の星』独り言多めの読書感想文】



 そこへ来て平助の馴染みの奇襲に遭う。
 
〈どれほど洗って梳かしてもすぐに縮れ、束ねることもできないほど量もある。──まるでわにの尾のようだと平助は苦笑していた〉
 
 京が誇っていた髪。いつも明るく羨んでいたと言う娘の心に湧いたのは、たぶん「羨望」それは平助への想いが募るほどに嵩を増し、
 
〈「殿様の妾など、知ったことか! 平助にまで手を出すな」〉
 
 匕首を向けるまでになった。ここにも対比が描かれている。
「梅の枝の香り」を彷彿とさせる〈それほど小まめに働く、朗らかな娘だったのだ〉という一文。「水仕にも邪魔になると言って腰の上で切ってしまった髪」についてくる情報。この時京は、自活できる同性から「何もしてないくせに」と不相応な対価を責め立てられるような心地がしたに違いない。それまで京は自らの美貌を担保に何不自由なく生きてこれた。けれど時が経ち、子供から大人へ、子供から女性に、おばさんに変化していく。「今」果たすべき役割を何も果たしていない京に、その事実はひどく堪えた。
 このことは何も京に限った話ではなく、現代においても全ての女性に言えること。
 女性の「何でも許される」バフは一定の年齢まで。あとは自分で自分の機嫌をとり、何のことなしに傷つけてくる世の中を明るく立ち回らなければいけない。この転換期を見誤るとどエラいことになる。話を戻す。
 
 女の髪をわにの尾のようだと苦笑していた平助。その様子は、上司を前に身内を謙遜する様を思わせる。隠れた本音は「そこが愛おしい」
 お分かりいただけると思うが、恋人に愛着を持つのはツッコミどころのある部分、すなわち本人にとってのコンプレックス。女は「でも君の髪の方がチャーミングで好き」とでも言って欲しかったのかもしれない。しかし「お京命!」を掲げる平助にとって、京を軽んじることはない。それに先にも書いたが、本命だからこそ言えない本音もある。そうして結果的に本心は伝わらず、額面通りに受け取った女の「気が狂うた」
 
 弾正の時も思ったが、女性にとってどうにも言葉の方が納得しやすい分、そこに重きを置いて失敗するケースは多い。女はまっすぐ信じていればよかったのだ。言葉ではなく行動を。
 
〈「面目次第もございませぬ。目覚めてみれば女がおらず」〉
 
 京と違って目覚めてすぐに不在に気づける関係を。それならただ仕事ができる男と、男が懇意にしている相手でいられた。何にも不都合はなかった。
 
 加えて京が受けた夜襲によるショックは、平助の馴染みだからということに止まらない。
 恋をした女が見せる激しさに相対した時の衝撃。それは先日見た弾正の恋人とは真逆の、感情の振れ幅。
 行為が終われば男は眠りに落ちる。そこまでが役割だから。一方そこから育てる役割を引き受けた女は覚醒する。例えば子種を授かった時、障害になるのは何も直接的に危害を加えてくる相手だけじゃない。何より警戒するのは庇護者を奪われること。身動きが取れなくなった時、他の女の元に行かれては困るのだ。だから先に絶っておく。危険性が高いところを真っ先に潰しておく。
 愛とやら。独りよがりで自分に終始していたはずの恋が、執着に変わることで色を変える。
 
 大人の女性になり損ねた京は、ただただ面食らったに違いない。そうしてずっと弟のように思っていた平助が、いつの間にか大人になり、平然と嘘をつけるようになっていたことにようやく気づく。
 
〈「平助、なぜ話してくれなかったのです」〉
 
 この時もはや平助にとっての京も「憧れ、守りたいと思った人」ではなく「事実を知らずとも仕合わせであればそれでいいと思う人」。平助自身、とっくに京の枠を超えているが、こうあって欲しいという思い込みを見ている状態。(参考までに『春琴抄』という作品がある)箱入り娘の連鎖。親元を離れようと、それはまるで呪いのように。
 京にとっては仕合わせを願われるばかりで、自ら仕合わせを選ぶ権利すらない。
 
 誰にとっての一番にもなれない。その事実が京には堪えた。
 最初の一手を誤っただけで失うものが多過ぎた。そうして今更もう自分の力ではどうしようもないのだ。






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