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サッカークラブの週末は、誰かの「ハレの日」に

ゴールネットが揺れる瞬間に、思わず腰を浮かす観衆。試合終了のホイッスルが響く時の拍手、選手の挨拶を迎えるサポーターの表情。涙を流す営業担当に声をかける選手やコーチ、もらい泣きするパートナー企業の方々。

こんなにも、スタジアムから離れたくない。もっと余韻に浸っていたいと思える日はこれまでなかった。


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2021年10月10日、J2リーグ第33節 水戸ホーリーホックvsザスパクサツ群馬。

水戸ホーリーホックにとって、勝負のかかったホームゲームになっていた。

今シーズン最後の北関東ダービーで、夏にアウェイで敗れた雪辱を果たしたい相手。

新しくパートナー企業のロゴがユニフォームに入り、そのパートナー企業の冠試合(サンクスマッチ)。

全社をあげたPRの甲斐あって、結果的に今シーズン最多となった入場者数。


この1試合の出来が、それまでの準備の仕上げになる。そんな期待感と緊張感をはらんだ一戦だった。


試合は、開始3分で失点を喫するところから始まる。しかし、暗雲が立ち込め始める前に水戸 大崎航詩の同点弾で振り出しに。
以降は、ボールをもちながら優位に試合を進め、特に後半は相手のゴール前に何度も迫るもあと少し、という展開。

そんな後半41分に、松崎快の逆転ゴール。スタジアムDJのコールが響き、スタンドからマスク越しの声が思わず上がる。


クラブとして勝負のかかったこのホームゲームを、終了間際の逆転という劇的な展開でもぎ取った。


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試合終了時のホイッスルと同時に拍手と歓声が聞こえるのが心地よかった。僕自身は2020年からの所属なので、満員のケーズデンキスタジアムを知らない。それでも3600人を越える人々が、その一瞬を心を一つにして待っているというのは、非日常感がある。

スタジアム1階に降りると、他のクラブスタッフからしきりに「やったな!」と声をかけられている人物がいる。

選手ではない。営業部の眞田さん。

眞田さんは、この日の試合の冠パートナーであり、このゲームからユニフォームにロゴが掲出された株式会社アダストリアの担当で、今回のユニフォームパートナー契約締結の中心人物。

いわばこの日は眞田さんの「担当試合」だった。

それを、今シーズン最多の観客動員数に逆転勝利という出来で飾れたことに、沢山の人が労いの声をかける。

経営企画室の市原さんが教えてくれた。

「眞田、試合終わる前から号泣してて(笑)。それにアダストリアの皆さんももらい泣きしちゃって」

スタンドへの挨拶を済ませた選手を迎え入れるために、パートナー企業のみなさんまで一列になって拳を合わせる光景は、一体感そのものだった。


GKコーチの河野さんも遠巻きに「眞田ぁ!泣くなよぉ!!」と声をかける。もう泣いていた。

「今日はほんと、現場もフロントも勝負かけてたからなあ。勝ててほんとによかった。良い雰囲気だった。大きいよ、今日のこれは。」
クラブ在籍11年目の河野さんが、快晴の空と試合後のピッチを眺めながら語る。


昨シーズンが終わった頃、「クラブはチームで、選手はFWなんだ」というnoteを書いた。

「選手が主役で、クラブスタッフは裏方」という考えはあながち間違ってはいないと思うけれど、こうやって実際にサッカークラブで働いていると違うものも見えてくる。

営業、広報、運営、ホームタウン、アカデミー、それぞれがいろんな場所で、自分の「現場」でそれぞれの「勝負」をしている。

そして、その積み上げた想いはトップチームに託され、勝利という最高の形で仕上げてくれる。

これは、GKからDF、MFへとパスをつなぎ、ゴール前のFWに「後は頼む」とパスを出すサッカーみたいだなと思った。FWにパスを繋ぐみんなは、決して裏方ではない。それぞれの勝負をして、時にポジションを越えて駆け上がったりカバーをしたりして、最高のラストパスを送ろうとしているのだ。


そんな想いの結実を感じたこの日、いつまでもスタジアムで余韻に浸っていたいと思えた。


▲眞田さん、ほんとうによかった。流石です。


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ところで、試合に先立ってこの日の午前中に、アカデミーの中学2年生の選手を対象にした「Jリーグ版よのなか科」というキャリア・デザイン・サポートプログラムが実施されていた。

全5回におよぶプログラムの1回目で、今回のテーマは「Jクラブの経営」について。最後に、ゲストとして小島社長に話をしてもらった。


社長から熱いメッセージが子どもたちに届いていた。
「このクラブの経営の目的は何だと思う?」という問いかけに、口々に応えるこども達。その一つ一つに「それも正解」とコメントしながら、こう続けた。

「僕がこのクラブで目指しているのは、このクラブに関わる全ての人、選手、スタッフ、社員、パートナー企業、ファン、サポーター、地域の支えてくれる人、そしてみんなのようなアカデミー生、さらにそのみんなの家族、そんなすべての人を幸せにすること。それが、このクラブの経営の目的だと思っています。」

「僕は君たちに、このクラブのアカデミーで過ごしたということを一生誇りに思ってもらいたいんだ。そのために、このクラブをもっと魅力的にしていきたい。」


後から、「大丈夫だったかな?伝わったかな?」と社長に聞かれた。

その答えは、子どもたちから集めたワークシートを見れば一目瞭然だった。


小島社長の経営にかける想い、この日のゲームにかける想いに触れて、その数時間後にドラマチックなゲームを生で観た子ども達。

記憶に残る一日になっていればいいなと思う。
これから先の数年、「自分もいつかこの舞台に」という気持ちの原動力になってくれればいい。

もしそうだとしたら、それはこのクラブが掲げる「新しい原風景」といえるだろう。

いつか振り返った時の大事な「あの日」。
それを作れるのが、サッカーであり、サッカークラブだ。

ここで、始まる前には知り得なかった、忘れられない一日が生まれている。


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自分の街にJリーグクラブがあること。おおよそ2週に一度のペースでホームゲームがあって、スタジアムで観戦したり、試合結果を気にしたりすること。

試合に合わせてスタジアムで出店したり、割引キャンペーンをすること。
試合の翌日には職場でサッカーの話題になること。

試合が円滑に進むために綿密な準備をしたり、情報発信をすること。

その舞台を目指して、毎日ボールを追いかけること。それを支えること。


サッカークラブの試合が、その地域の人にとっての「日常」(僕はよく、「ケの日」という)になることは一つの理想の姿だと思っている。

その街に暮らしていた時の記憶に、「当たり前に」サッカーがあることは、スポーツやクラブが土地に文化となっていることを表しているのだと。

残念ながらこの国、この地域ではまだそこまでは行けていないのかもしれないけれど、

ただ、少なくとも僕らのようなクラブで働く人にとっては、サッカーもホームゲームも「ケの日」といえるほど、自分たちの毎日に組み込まれている。


それでも。

それでもだ。

きっとこの日は、眞田さんにとって、アダストリアの方々にとって、よのなか科で社長の話を聞いたアカデミー生にとって、「いつも通り」以上の一日だったのではないだろうか。

記憶にいつまでも残るような「ハレの日」だったのではないだろうか。

もしかすると、僕が知らない誰かにとってもいつもとは違う「ハレの日」だったかもしれない。

朝起きた瞬間から、試合前からそうだったかもしれないし、ひょっとしたらこのゲームを通じた体験が、「ケの日」だったこの日を「ハレの日」にしたということだってあるかもしれない。

僕だって、この日のホームゲームのために何かしたかといえば、よのなか科のファシリテーターとしてその準備をしたくらいで、間接的なものでしかないけど、その場に居合わせて「最高の1日だった」と余韻に浸った経験は、しばらく忘れられそうにもない。

思いがけず、「ハレの日」になった。



サッカークラブは、非日常をつくれる。そして、日常もつくれる。


新しい「当たり前」を作って、地域の人の拠り所にもなれる。エネルギーの源になれる。そういう存在に、なりたい。

そしてその一方で、目一杯の想いをその日常に込め続けることで、誰かにとっての「ハレの日」を生み出すこともある。

誰かにとっては愛おしい日常であって、誰かにとっては一生忘れられない非日常として記憶に残る一日を生み出せる力を、サッカークラブはきっと持っている。




実はこの日、大学時代の先輩がお子さんが生まれてから初めての試合観戦に訪れていた。もうすぐ1歳になる長男の「デビュー戦」だと言っていた。


試合後、メッセージを送った。

「最高でした!」とすぐに返信がきた。


もう少し、もう少しだけスタジアムで余韻に浸ろうと思った。




▼サッカーやスポーツの話を書いたnoteをまとめています。


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