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わたしが言う「頑張って」はね、祈りみたいなものだから

※中学校の先生をしている友達に、どうしてもと言われ、卒業式シーズンには全文公開したりしています。


一人暮らしを始めたくらいの頃から、何かうまくいかない時やちょっとしんどい時に連絡をして「頑張って」と言いあうような友人が、その時期その時期に誰かしらひとりはいて、相手は変われどここまでわりと絶え間なく来ている。

いまの人もそうだし、過去を振り返ってもだいたいみんな少し遠い距離にいて、さっと会えない分、メッセージや電話で話していた。自分に優しくしてくれる人に甘えて癒されていた。お互いに依存しているなって自覚していた頃もある。インターネット上で出会った、一度も会ってない人だったこともある。


日常に疲弊して、どうもうまくいかないなという時、部屋に一人でいるのが無性に寂しくなる夜にiPhoneの向こうの会えない人に甘えていた。



***


「頑張れ」、「頑張って」という言葉は、自分と相手のあいだに一本の線を引くようなものかもしれない。

穿った見方をするようだけど、使いようによってはずいぶん無責任な言葉にも思えてしまう。「頑張る」ことを、言葉の受け手に勝手に強いてしまっていることもあるかもしれない。

大学4年生の時、教育実習で中学校3年生に道徳の授業をしたのだけど、その時にその「頑張れ」という言葉を使って導入をした。

東日本大震災で被災した方の声を届ける新聞記事で、「『頑張れ』って言わないで」という見出しがついていた。「被災者たちはもう十分がんばっています」「もう、これでもかっていうくらい苦難の連続なんです。これ以上、どうがんばればいいのでしょうか」と、テレビから流れてくる『がんばろう日本』『日本は強い国』という言葉に疲弊していた。自分達よりずっと良い状況の「遠く」から、頑張ることを強いられていたのかもしれない。

それは、震災から2か月の頃の記事だった。


言葉を発する側に相手を傷つけようという意思は、きっとない。でもやはり時として「頑張って」は、言葉のこちらとあちらに一本の線を引きがちなのかもしれない。

ただ似たような言葉でも、当時まだ現役サッカー選手として鹿島アントラーズにいた小笠原選手が、被災地である地元を訪れ、被災された方の手を取り目を見つめて「一緒に頑張りましょう」と声をかけて回っている様子には、胸に来るものがあった。きっと、現地の人も癒されたり励まされたりしたように思う。

結局のところ、寄り添う気持ちがちゃんと伝わるかどうかなのだと思う。


***


20歳の頃によく連絡を取って甘えていたのは、高校の同級生だった。朗らかで、はっきり物事を言う芯の強さがある子だった、と思っている。いま思い返すと「励まし合っていた」とは軽々しく言えないくらい、自分が元気をもらうことばかりだったような気がする。たまに彼女の弱音が出て、今なら心から寄り添える自信があるのに、その頃の僕は今よりもいっそう愛されたくて必死なばかりで、僕らはきっとバランスを欠いていた。


いつも話を聞いて励ましてくれる彼女に一度だけ、「もう頑張ってるよ」と返したことがあった。いま思うとその頑張りは全然足りていなくて、ただ当時は自分なりに一生懸命にはやっているつもりだったし、そのくせ「成果が出ないうちは努力とはいえない」みたいにいって、その自己矛盾にひとり勝手に追われていた。

思い通りにいかないことに拗ねる5歳児のような、幼い甘えだった。


秋の夜長、もう日が回ったかどうかという時間。部屋で布団にくるまって拗ねる5歳児に、彼女が電話越しで「わたしが言う『頑張って』はね…」と語りかける。


「わたしが言う『頑張って』はね、言葉通りのもっと頑張れっていう意味じゃなくて、『あなたの頑張りがどうか報われますように』という祈りみたいなものだから。だから、頑張って。」


その後、僕はなんて返したんだろう。優しく寄り添ってくれた人に、あの時の僕はちゃんとできたんだろうか。

あれほど大事にしたい人だと思ったのに、今はもう会えなくなってしまって5年以上も経つ。高校を出てからは数えるほどしか会えなかったから、その人のことで思い出すのはたいてい、暗い自分の部屋とiPhone越しの声だったりする。


***


あれから、自分が「頑張れ」「頑張って」という言葉を使う時も、同じような祈りを込めている。


やっぱり「一緒に頑張ろう」が励みになることは多いと思うのだけど、応援したい人といつも密接に、直接的に関われるとは限らなくて、自分が相手の「遠く」にいる、そういう時は言葉に困る。

きっと、その時は祈るしかないのだ。「頑張れ」をGoogle翻訳してみると ”Good luck” だと教えてくれる。

春が来て、今の環境からの旅立ちを迎える人も多いだろう。きっとそこには同じ数かそれ以上の送り出す人がいる。



遠い土地で毎日を精いっぱい生きている友人たちに、この春に新たな門出を迎える彼ら彼女らに、この2月いっぱいで職場を離れる一つ年下の先輩に、

「あなたの頑張りが、どうか報われますように。」と祈りを込めている。



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