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「相談はトラブルが起きる前?」弁護士との付き合い方を教えてください

契約書違反や取引先のミスによる損害など、スタートアップが法的なトラブルに遭うケースは少なくありません。最も頼れる相談先として多くの人が浮かぶのは弁護士ですが、事前準備や相談のタイミングを間違えると、解決できたはずの問題も難航するリスクがあります。

スタートアップ経営者が知っておくべき弁護士への相談方法について、スタートアップの法務に詳しい木村康紀弁護士に伺いました。

木村 康紀弁護士 プロフィール
早稲田大学法学部卒業。企業法務専門の法律事務所に6年間在籍し、中小企業に限らず、国内外の大手企業も含む幅広い分野の法務の案件に関わる。その後、内閣府へ出向し、調達、国有財産管理、債権管理、補助金等の業務に関与。現在も、デジタル庁の「情報システム調達改革検討会」を始めとして行政機関の法務の支援を行っている。
2020年に日本橋東京法律事務所を設立。スタートアップを含む複数の企業を顧問先とし、顧問業務、M&A対応、労務相談、投資契約書のレビュー、新規事業の適法性審査等の法律業務を取り扱う。

https://www.nihonbashitokyo-law.jp/

スタートアップが裁判することの難しさ

―― スタートアップが抱えがちな法律トラブルについて教えてください。
 
企業間での契約書が無いことに起因するトラブルは多い傾向にあります。大企業側が契約書を準備する優先順位を落としていて、後回しになった結果、納品直前になってスタートアップに不利な条件で契約書が用意されたり、契約書がないまま納品してしまったり、といった事案はよく見かけます。スタートアップ側の無知を利用した筋の通らない契約を見かけるのも事実です。

―― 不利な契約に起因する損害は、裁判によって取り戻すべきでしょうか。
 
裁判にはお金と時間がかかるので、資金の少ないスタートアップは訴訟を起こしづらいという実情があります。たとえば知財関連の訴訟の弁護士費用には、内容にもよりますが、安くても数百万円はかかると言われます。また、大企業とトラブルを抱えたということが明るみに出れば、他の大企業との関係にも悪影響が出るかもしれません。裁判はできる限り避けたいものと捉え、「勝てる裁判でも戦わない」といった判断をして、示談に落とし込まざるを得ないケースがほとんどです。
 
私は相談を受けた時、そもそも弁護士が出るべきかどうかから考えています。場合によっては、法律論を持ち出すことが正しいとは限らず、お互いの感情を落ち着かせ、冷静なビジネスとしての話し合いをするようアドバイスすることもあります。相手が弁護士を用意していそうだとか、暴論ばかりを言ってくるような状況であれば、弁護士として交渉を始め、うまい落とし所を探っていくようにしています。
 
裁判には多大な費用と時間、そして労力を要します。ですから、弁護士はトラブルが起きた際に、真っ先に裁判という選択肢を選ぶことはありません。企業・個人に関係なく、裁判はできる限り避けたいというのが依頼主の本音ですから、まずは示談での解決を図るなど、裁判を回避して問題を解決する方法を考えます。

早いうちから相談し、相性の良い弁護士を見つける

―― 裁判だけが解決の方法ではないということですね。それでは、スタートアップはどの段階で弁護士に相談すればいいのでしょうか。
 
トラブルが起きてからではなく、早ければ早いほど良いと思います。ハードウェアを売って稼ぎたいのか、特許や知財を大事にしたいのかによって法律の捉え方も変わってきますから、会社のビジネスモデルや将来像を考える段階でも弁護士の視点は有用です。「本来取れるはずだった特許を取りそびれる」「投資家に株式を譲渡しすぎて取り戻せなくなる」といったリスクも、早い段階で相談いただければ法律的な観点からケアできます。
 
―― 相談相手になる弁護士は、どのように探せばいいのでしょうか。
 
弁護士にもさまざまなタイプがいるので、複数の弁護士に小さな相談をしてまわり、相性の良い相手を探してみてください。いきなり顧問契約を結ぶのではなく、契約書の一部分だけをチェックしてもらうような相談で大丈夫です。知人の紹介でも良いし、町の法律事務所でも構いませんから、まずはアタリをつけて、本格的に相談したいときに信頼のおける相手を見つけ、自分の会社のことをよく知ってもらいましょう。
 
弁護士との相性は、ものの考え方や返事の早さなどで測ることができます。たとえば契約書であれば、とにかくスピード感を持って作業をするか、丁寧に聞き取り、分析、説明をしながら作業をするかといった違いがあります。まだ法律の整備が追いついていないグレーゾーンに対しても、安全性重視で近づかないようにするか、撤退のリスクを指摘しながらもまずはチャレンジすることを支援するかなど、弁護士によってスタンスが異なります。スタートアップの経営者としても、自身の経験や考え方によって法律周りの捉え方が違うはずですから、小さな依頼や相談を通じて自分に合った相手を見極めましょう。私からするとしっかりと仕事をする法律事務所が依頼者から悪く評価されているのを見たこともあります。どの弁護士が良い悪いではなく、ご自身との相性を見極めるというのは大変重要です。
 
人との新しい関係作りが苦手な場合、身近な人の紹介や良く見かける法律事務所だからという理由で依頼してしまうこともありますが、それでも相性の良し悪しは気にしてください。大学からの紹介の弁護士と契約していたものの、弁護士側が交渉において弱い立場に立たされるスタートアップの法務に詳しくなく、適切なアドバイスを受けられなかったといった事例も目にしてきました。

スタートアップと相性のいい弁護士とは

――小さな仕事や相談から相性を判断するとして、どういった案件を相談すると良いでしょうか。
 
NDA(機密保持契約)はおすすめです。とはいえ、契約書の全文確認となると報酬が高くなるケースもありますので、まずは経営者自身で読み込んだ上で、わからない点だけを質問すれば報酬額は抑えられます。一文一文にどの程度こだわりを持つかも経営者と弁護士との間でスタンスが異なると、後々にトラブルになりかねません。契約書の粒度に対するこだわりがお互いに合うかも含めて、まずはNDAのレビューで相性をチェックすると良いでしょう。
 
別の観点として、スタートアップは国内では前例のない課題解決に取り組むことも多いので、結果的に法律のグレーゾーンに関わるケースもあります。その際にグレーゾーンには絶対触れないというスタンスの弁護士もいれば、試しにやってみつつ問題が起きた際に備えて準備をしておこうというスタンスの弁護士もいます。
 
――自分たちの事業形態や業界との相性がいい弁護士を選ぶことが重要なのですね。
 
NDAの話に戻すと、NDAについては、昨今は、秘密情報の範囲を明確化するためなどの理由から秘密指定方式にすることが増えています。
スタートアップ創業者が大企業出身などNDAを結ぶことに慣れていると、秘密情報を秘密指定方式にしてNDAを結び、秘密情報には必ず「秘密情報」や「CONFIDENTIAL」と記載して自分たちの秘密情報を守ることが自然にできているケースもあります。しかし、そういった業務に慣れていない創業者の場合には、秘密指定方式のNDAにもかかわらず、全く「秘密情報」など記載せず、NDAが機能していないケースもあります。そうであれば、敢えて秘密指定方式の雛形を用いずに締結しておいた方が良かった、ということにもなります。
 
スタートアップによって契約書に対する意識も異なるという感覚も、弁護士によって千差万別ですので、小さな実務を通じて自分たちに合っている弁護士かどうかを見極めることが重要です。

法的トラブルを避けるためのTIPS

――トラブルを避ける/トラブルが起きた後にうまく振る舞うために、スタートアップができることを教えてください。
 
最近は電子データも契約や合意の証拠として扱われますから、メールやSlack上での文書や、ICレコーダーでの録音や、ビデオ会議の録画といった記録は意識して残しておくと良いでしょう。関係者をメールのCCに入れておくことも有効です。こうした記録は、弁護士が事後的に事実確認をして依頼人を信用するための資料としても活用できます。紛争の場面ではどうしても自己に都合の良い説明になりがちですが、依頼者から口頭で説明を聞くだけではなく、客観的な記録を見ながら相談することで、弁護士としてもバイアスのない意見を出しやすくなるのです。
 
また、相手への発言次第で、主張できる範囲が狭まってしまうことがあるので、初動対応には十分気をつけましょう。たとえば相手から喧嘩腰のメールが来たとしても、怒りをそのままぶつけてはいけません。相手方がそれを誘導するために喧嘩腰のメールを送っていることもあります。相手に一言返信する前に、まずは弁護士に「こんなことを言われたのだけれど、どう返せば良いか?」と相談してください。
 
――弁護士というプロフェッショナルの能力を最大限に引き出すためには、スタートアップ側も法律に対するリテラシーを持つことも大事だと思いました。
 
自分自身で法律のリテラシーを高めたいのであれば、会社法を中心に会社とは何かを学ぶことがおすすめです。会社の法的な定義を知ると、投資家と取引先の違いや定款の役割など、実務の理解と法的なリテラシーが同時に深まっていくと思います。会社が大きくなるにつれて、法務的なリスクも高まりますから、会社の長期的なビジョンと合わせて考えてみましょう。普段の何気ない出来事を弁護士に話して、法律的な観点で考えてみるのも良いトレーニングになります。
 
例えば、VCなどの投資家から資金調達する際も入金があったら関係が終わるわけではありませんよね。会社法の観点で見れば、スタートアップの経営者は投資家からの資金を元手に企業価値を大きくする役割を担っているわけです。
 
仮に出資先が追加投資してくれなかったといって、対応を冷たくするというのはあり得ない話です。投資家はお金を出して終わりではなく、株主としてスタートアップに参画します。会社法を通じて理解できていれば、経営者としての振る舞いで間違うこともありません。

(取材・文:淺野義弘、編集:シンツウシン)

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