どれもこれも 価値観の違い

十数年前までは バターや ココナッツオイルは 脂肪分が高く 心臓病の 
原因になると 植物性油脂で 作られた マーガリンが 健康食品のように
扱われていた。
が 今や バターや ココナッツオイルは 健康な食生活の モデルとして
欠かすことが できない。逆に マーガリンは 消化されにくい油脂が 
体内に 蓄積することで 健康に影響が出ると 言われ始めた。
基本的に 時代が 変わっても 体にいいものは 変わらないはずだが 
どの市場にも(食品だけではなく 自動車や 医薬品など あらゆるものの市場) 裏で 情報操作し 利益を 得るものたちが いるから トレンドは 変わっていく。
そのことに 気づかなければ 振り回されるだけだ。

私の近所の橋の下には どこからか集まってきた ホームレスの人たちが 潜むように住んでいる。時折 ドラッグのやりすぎで 石のように固まってしまい 路上に 座り込んでいる。真夏の 日中の 日差しを 感じることなく 当の
本人は 自分の頭の中の世界に どっぷり浸かっている。
そう言う人たちの 膝から下は 大抵 赤黒く浮腫み 血流の悪さを 現して
いる。中には 20年近く 見慣れた 顔もある。
そんな状態でも 人は なかなか 死なないものなんだな〜と思う。

かたや 情報に 振り回され 右往左往しながら 必死で 恐怖の元から
逃れようとする人たち。
かたや 世の中のことに関与せず 生きたい世界で 生きたいように 生きている人たち。
世界は 選択する人の数だけ 選択肢があるのかもしれないと 思わされる。
どちらが 幸せだろう?
比較など できないかもしれない。あまりにも 違いすぎる 世界だから。

数週間前、ずいぶん前からの 知り合いから 今 ハワイにいますと 
連絡が来た。事前の連絡もなく 突然 オフィスに 訪ねてきたようで、
『いなかったので 残念。』と オフィスの入り口の 画像が 送られてきた。
よく見ると クライアントの サンダルが 写っている。
返信に 仕事中は 入り口は 施錠してますと 書いた。
ちょうど 行きつけの レストランに 夕方 空席があったので 予約を
入れ 知人に連絡をして ディナーに 招待することになった。
亡くなった 共通の友人たちとともに 以前 ご馳走してもらったことがあり
彼らが 旅立った今、そのお返しにと 私が支払う予定だった。
食事の席では ここ数年の 会わなかった間の出来事が 話題になった。
その人は 日本オリンピックの 誘致の仕事が回ってきて それで 当時
かなりの 収入があったのだという。
それを 残っていた家の支払いにあて その家を売って 全く別の土地に 
新しく家を購入し 引っ越したのだとか。
オリンピックも 注入事業も ブラッドマネーの 垂れ流しだと思っている
私には あまり 嬉しくない 報告だったが 生き延びるのに そのような
方法を 取ったのだろうと思った。
以前 来たとき、腰痛が 激しくなり 知らぬ間に 帰国していた。
痛みが 酷かったんだな〜と 思っていたら 後日 地元の友人から
保険の関係と言われ 日本のトラベル保険は 支払い率が 高いことを
思い出した。
そのことには 当然 触れなかったが 保険金のことと 誘致で得た収入のことを思うと 実は 信用してはいけない人のような気がした。
そして 話題は その人の計画する ビジネスの話しに 移った。
日本に 仕入れたいものがあるのだという。そして その一部の仕事を 私に
請け負ってもらい 利益を 分担したいのだという。
つまりは ウィンウィンだと 言いたいのだろう。
が 私は 私のビジネスだけで 十分 やっていけてる。
それに 利益を分担されることで 言われたことを しなくてはいけなくなる。
それが 嫌だった。が、その時は そのことは 言わず 最後まで 話しを
聞くことにした。
仕入れをするためには ハワイに 事務所がないと できないのだと言ってきた。これは ビールのせいで 口が滑ったのだと思う。
私は 運転手だったので その日は 飲まないことにしたのだった。
要は 私に オフィスがあることで その人が オフィスの契約をしたり 人員を配置する 手間が 省けると言うことなのだ。なんだか ダサすぎる。
支払いの時になって その人が 支払いたいと 言い出した。
その理由に これから ビジネスの 一員として 頑張ってもらいたいからと
言われた。これも ダサい。食事代で プレッシャーを かけてくるなんて。
食事を 楽しもうと言う 私の意図は 全く 通じていなかったようだ。
日本人は どこまでも 仕事を引きずる 癖があると思った。
自宅に戻ってから メッセージで 翌日 仕入れたい商品の関係者に
会いにいきませんか?と 連絡を入れた。すると 実は 足を怪我していて 
すでに 病院に予約を入れているので いけないと 返事が来た。
ビジネスしたいんじゃなかったの?しかも 足 引きずってたかな?と 
思いつつ 本人が そう言うのだから お大事にとだけ告げた。

数年前の 腰痛が 頭に浮かんだ。今回は 足が痛いことで 診断書を 出して
もらうのだろうか?その医療費の支払いが 保険で降りてきて 旅行のコストを
いくらか カバーするのだろうか?そんなことが 頭をよぎった。
あれだけ 真剣に話していた 仕入れビジネスの話しなど まるで そっちのけだ。
翌日、知り合いとは ビジネスをしない主義だと告げた。
そして 紹介したい相手も 自分にとっては 大事な人だから どこかで 問題が起きて その時 間に 入りたくないからとも告げた。
私は 私で 納得のいく人生を 築いてきて 今 それを 楽しんでいる。
それ以外のこと、特に 誰かの 提案による 誰かの 利益のための ビジネスには 参加したくない。参加することで 望まない責任が 生まれる。
もっと 正直に言うと ブラッドマネーで 世の中を渡る人とは 関わりたくないのだ。
以前、とある ベンチャー企業と繋がったその人は ハワイに商品を売り込もうと 営業目的で やってきた。
その商品自体は とても 素晴らしいものだった。
が ハワイの気候で 利用する ベネフィットが 見えなかった。
健康関連の商品だっただけに セラピストである 私の 立場を 利用して なんとか 販売経路を 作りたかったのだろう。
が 他人のビジネスの 責任を負うのは嫌なのだ。
お断りすると その企業の代表は 協力的でない私を 酷く批判して 立ち去っていった。

私には ドラッグで ハイになって 何時間も 橋の袂にしゃがみ込んでいる
イカしたサングラスをかけた おばちゃんが よほど 人間らしく映る。
数年前まで セブンイレブンの前で 乞食の男と いつも一緒にいた。
それが いつの間にか 白髪のじいさんと 道端に止めた車で 寝泊まり
するようになり 幸せそうだった。
その車が ある日 全焼し 誰かが 寄付したと思われる 小型車が そこに 
止まるようになったが その車も そして たくさんあった 荷物も いつの
間にか どこかに 行ってしまった。そして おばちゃんは 1人で 橋の袂に たたずむようになった。大抵の 場合 ハイになっているが 誰かに 迷惑をかけることはない。独り言を言うか 石のように固まって 座っているだけだ。
時折 ホームレス仲間の 若いにいちゃんが 原チャリで おばちゃんの様子を
伺いにくるのを 何度か 見かけた。
私には 猫しかいないが おばちゃんには 気にかけてくれる 仲間がいるんじゃんと 思ったこともある。

何が どうと言うのは うまく表現できない。
ドラッグが 世の中に蔓延しているのは もちろん それを 広めている人たち
が いるからなのだけれど もっと 高いところから見たら それは 人間が 人間に対する 最後の 抵抗が そこにあるのではないかと 私は 感じる。
誰かの儲ける ビジネスに 魂を奪われるぐらいなら 自らを 破壊して
破壊した世界を 自分のものとして生きていく。
破壊されたものを 欲しがる人たちは もういない。
そのとき そこには 自由がある。
ドラッグに 縛り付けられていたとしても あれこれ 指図する人たちは
やってこない。
もっと 素敵な話しは ある海沿いの砂浜に $5ミリオンで 売りに出ている
土地がある。
その土地の すぐ隣は キャンプできる場所なのだが そこで 幾人かの
ホームレスたちは 最近追い出されるまで 暮らしていた。
かたや $5ミリオン。所有すると 毎年税金を 支払うことになる。
が 視点を 変えると 同じ景色を タダで見れるのだ。

私は あらゆる 選択の末に 今ここで生きていることを 最高の出来事だと
思っている。

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