なんどでも、あの詩をくちずさむ。
あそこの雑貨店を訪れたのは、いつだったろう。なぜだったろう。
〇
名古屋に大須という奇妙な街がある。名古屋の秋葉原や、名古屋の新宿なんて呼ばれたりするが、いったいどっちなのかはっきりとしない。思うに、きっと誰も秋葉原や新宿に行ったことがないのだろう。私もないから、はたして大須が秋葉原っぽいのか新宿っぽいのか、わからない。
そんな街で、ある雑貨店を見つけたのは、大学一年生のころだった。ひっそりと、今にも崩れそうなオンボロビルの二階にあったその店は、今はもうないらしい。
ふらふらと立ち寄ったその雑貨店は、小さな私設ギャラリーのようになっているらしく、その日は数枚の絵と詩が展示されていた。
その言葉と絵に、思わず足を止める。
その言葉と絵に、思わず足を止められた。
暇そうな店主さんが、いいでしょ?と少しだけ得意げに声をかけてくれた。
たしかに、よかった。
なにが、と聞かれてもわからない。けれど、惹き付けられるものがあった。
自費出版で出されたという二冊の詩集と、一枚の絵皿を購入した。
〇
その詩人の名は、豊原エスさんというらしい。
あれから二回引っ越しをしたけれど、そのとき手元に来た二冊の詩集は、今も私の枕元の本棚にいる。
ひとつだけ、一番好きな詩を引用したい。
未練の味
せめてよく憶えておこう
せめてよく憶えておこう
(「ニチゲツ」より)
時々、思い出したように本棚からこの二冊を取り出す。それから、実家に持ってきたあの小皿も。それは、焦燥感に焼かれそうな夜や、劣等感で吐きそうな、今日みたいな日。
この詩を、なんどか口の中で転がす。
せめてよく憶えておこう。
せめてよく憶えておこう。
この詩を刻んだ、会ったこともない豊原エスさんのことを思う。
焦燥感も劣等感もなくなりなどしない。だけれども、不思議と一人じゃないと思えてならない。
慰められたくなどないのだけれど、慰めは欲しいのだから、人は不思議だ。
だからこうやって、なんどでもくちずさむ。
せめてよく憶えておこう。
せめてよく憶えておこう。
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