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少し疲れた、あるささやかな夜に読むショート小説。

ふと気が付いたら、すでに0時を回っていた。

今日のうちに片づけてしまわなければならない仕事があって、作業をしていたらこんな時間になってしまっていた。

オフィスにはもう誰もいない。
無機質な室内には、電源の消えたコンピューターたちが、もの言わず静かに佇んでいる。




私は椅子に深くもたれかかる。

この会社に新卒で入社してから3年。
書類仕事に追われてばかりの毎日だった。
まだ太陽も昇りきっていない早朝に家を出て、夜中になってやっと帰宅する。
そんな毎日だった。

自分が、機械にでもなってしまった気分がした。
ただの、仕事をこなすために作られたマシーン。

肩は凝り固まっている。
3年分の疲労のかたまりが一気にのしかかってきたように、体の感覚は鈍く、重い。




故郷の小さな町から、東京に出てきた。
父や母はそのことについて、とても心配した。
「ずっとここで暮らせばいい」と言ってくれたが、私は自立したかった。
立派な仕事をして、一人でなんでもやっていける私。

でも、一人というのは実際、おそろしく孤独だった。
東京という街は私にとって、あまりにもよそよそしかったし、馴染みがなさすぎた。ここで活動する人々とは、なんとなく空気感の違いを感じた。話している言葉は同じでも、見ている風景は別なんじゃないかという気がした。




星が懐かしかった。
故郷では夜、空を見上げると、たくさんの星が見えた。
子供のときから、よく星をみて過ごした。
知っている星座の形をなぞり、ときには自分で新しい星座を空想したりもした。
友人たちと夜に集まって、どこかの芝生にあおむけになって、いろんなことを話したり、ただ黙って空をみていることもあった。
星の輝きは、私に生きる実感のようなものを与えてくれた。
星たちは、みんな、私に見つけられることを望んでいるみたいに見えた。

だが、ここでは空を見上げても星は見えない。
誰も星のことなんか気にしたりしない。




この時間ではもう終電もないので、しばらくぼんやりと休憩することにした。
この後は、どこかのカプセルホテルにでも泊まるしかない。

ふとした思い付きで、屋上に出てみることにした。
体を思い切り伸ばしたかったし、新鮮な空気を吸いたかった。

オフィスから出て、エレベーターで行けるところまであがって、残りは階段を使った。
運動もあまりしていなかったので、足は重くなって、息が上がった。

そして、一番上までたどり着くと、屋上に続くドアを静かにあけた。






私は目を瞠った。
そこには星が輝いていた。






様々な背の高さのビルの、窓のあかり。
屋上の赤いランプ。
たくさんの看板が、黄色、青、緑、カラフルに輝いてる。
道路は無数の街頭に照らされて、その中を車が体中をめぐる血液のように走っている。
そして街のあいだを縫うように流れる川にそれらの色が反射している。
タワーがライトアップされている。
遠くのほうには、家だろうか、小さな建物が並んで、それぞれの明かりを灯して、地平線の向こうまで続いている。




ここに、星があった。都会の星だ。




私は大きく息を吸う。
冬の冷たい空気が体の隅々までいきわたる。

屋上は静かだった。
車の走る音がときおり、冷たい空気の隙間から、小さく私の耳に伝わってくるだけだ。



星たちはもの言わず輝く。
だが、それぞれに人々の営みを感じることができる。


あのビルの窓の内側では、まだ仕事をしている人がいるのだろうか。
私と同じように。

車に乗っている人々はどこへ向かうのだろう。

家の中では、それぞれの空間があり、時間が流れている。



都会の星は、そこにいるひとりひとりが作り出す星だった。
ひとりひとりの営みが、ここに大きな銀河を形作っているのだった。


私もきっと、この銀河の中のひとかけらとなっているのだろう。
そして、どこかの見知らぬ誰かが、私の星を輝きをみつけてくれたらいいと思う。



私はもう一度、深く呼吸をする。
そして改めて、星を見回す。




みんな、生きている。









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