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おじいちゃんのおやつ

人から教えてもらった料理というのはなんだか良い。
それはレシピを見ずとも、思い出したように突然頭にぽんっと浮かんでくる。
そうだ、今日はあれを作ろう。

お母さんから教えてもらった料理はいくつかある。
ミネストローネに、ベーコンとほうれん草のキッシュ、ピクルス。
作ると意外と簡単なのよ、とそれはまるで秘密道具を教えてくれるかのようだった。

しかし残念ながら私に染み付いたレシピは母から教えてもらったそれではない。
そうではなくて、もっとずっと簡単で、やさしくて、反射的。
それはおじいちゃんが作ってくれたおやつだった。

おやつと言っても全く凝ったものではない。
それは、サイコロ型に小さく切った食パンを、バターがたっぷり溶けたフライパンの上で踊らせ、
白い食パンにじんわり黄色くバターが染み込んだら思いっきり上から砂糖を降らせる。
数秒混ぜたら完成する、この世で一番簡単でお手軽な幸福だった。

おじいちゃんは料理をする人ではない。台所に立っているイメージは皆無だ。
だけど何故だか、この食パンのおやつだけは昔からよく作ってくれた。
最初は小学生の頃だっただろうか。
牛乳や卵やメープルシロップなどを一切使わないそれは、単純にバターと砂糖の味しかしない。
だけど何故だかその素朴な味が好きだった。
おじいちゃんはよく私に得意げにそのおやつを作ってくれた。
「お腹空いたか?待ってろな、今あれ作ってあげるから」
思い返すとそれはいつも私とおじいちゃんのふたりきりの思い出だった気がする。
それもそうか 。恐らく、父や母が用事で出かけたりしている時に作ってくれたのだ。あれはきっとおじいちゃんのやさしさだったのだろうな。

大学生になって初めて一人暮らしをした時も、
社会人になって上京した時も、なんだか少し小腹が空いた時はよくこのおやつのお世話になった。
自分で作ると、砂糖の量を変に加減してしまうし、少し焼きすぎて焦げてあまりおいしくない。

一度、恋人の前でそのおやつを作ったことがある。
フレンチトースト?と聞かれたが首を振った。
何度も言うがそんな大層な代物ではない。
必要なものは食パンと、砂糖とバターだけ。工程も単純。
だけど、あの美味しさを表現するのはなかなか難しい。
わたしはそれが悔しいけれど、なんだか嬉しくもある。

おじいちゃんの背中から覗く小さな食パンたちが今でも酷く愛おしい。

とても励みになります。たくさんたくさん文章を書き続けます。