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2021/05/22 夏になると思い出す場所

夏が近づくと、ヨーロッパの旅を思い出す。最後に行ったのは、2015年夏のオーストリア、ウィーン。私にとっては3度目だった。最初と2回目は、いずれも一人旅。

大学時代、ドイツ文化を専攻していた。とはいっても、魅了されていたのは、ドイツではなくて、同じドイツ語圏のオーストリアだった。

グスタフ・クリムト、ハプスブルク家、世紀末ウィーン、国立歌劇場、カフェ文化。好きなものがこの都市に一極集中していて、ワンステイでも見飽きない魅力がある。

私は、血脈の宿痾(しゅくあ)を抱える王室や皇室に、関心を抱いている。ハプスブルク家もその一つで、中でもミュージカルにもなった皇后エリザベートとその家族には、格別な興味がある。

エリザベートを襲った最大の悲劇は、やはり一人息子ルドルフ皇太子の心中事件。17歳の男爵令嬢マリア・ヴェッツェラと共に、ピストル自殺を遂げた。その場所は、ウィーンの森のはずれにあるマイアリングの狩猟の館だった。

私は、2度目のウイーン旅行で、マイアリングにも足を伸ばしてみた。狩猟の館は現在、修道院になっており、鎮魂の森の中にたたずんでいた。

実は、もう一つ行ってみたい場所があった。皇太子ルドルフが遺した一人娘、エリザベートの墓だ。6歳で父を失った彼女自身も、二度の世界大戦を経て、波乱の人生を送り、1963年に79歳で亡くなった。一目惚れした男性と強引に結婚した生一本の少女が、世間の波にもまれ、やがて諦念の境地へ至るその歩みは、どんな虚構の物語よりもドラマティックで、若かった私に鮮やかな印象を残した。再婚した母との離別、祖母の暗殺、結婚と離婚、子どもの親権をめぐる法廷闘争、海軍将校との燃えるような逢瀬、ハプスブルク帝国の崩壊、彼女を救った左翼の貧しい弁護士との再婚、プラハの春への期待と失望、そして、夫と愛犬たちとの静かな老後‥。彼女が眠るウィーン郊外の小さな墓は、墓碑銘もないという。いつかお参りに行ってみたい。

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