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ホテル屋サカキの命令違反

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命令違反を繰り返す『ホテル屋』の奇想天外な日常を描くショートストーリー。
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2022年7月の記事一覧

【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「キックバック」

 海外旅行のパッケージツアーに参加した観光客のうち、特定の食べ物を食べた客だけが、帰国時に空港検疫で止められる事案が多発していた。  最新鋭のセンサーが異変を感知し、ゲートを通過したところで一度は止められるのだが、二度目のスキャンによって今度は正常と判断され、彼らの疑いはまもなく晴れる。 「なんつったっけかなぁ。風呂敷みたいな名前のアレ」  挽き肉入りのパンを油で揚げたものを、上司は曖昧な言葉でアレと表現した。  ――現地に行って食ってこい。  それが坂木道夫に下された命令だ

【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「三代目マーブルポリッシャー」

 深夜のホテル。人の気配が消え失せたロビーで黙々と作業を続ける男がいる。  驚かさないように正面へと回ると、坂木道夫は男に声をかけた。 「お疲れさまです。こんな時間に大変ですね。なにをされているのですか」  這いつくばるように床を撫でる男は、手を止めずに坂木の質問に答えた。 「研磨です」  遠くからは拭いているように見えたが、実際は大理石の床を磨いているのだという。 「私もホテル関連の仕事をしているのですが、少しだけ話を聞かせていただけないでしょうか」  良いとも悪いとも答え

【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「奇病オウム返し」

 来客だと聞き応接室へと向かうと、取引先の男性が青白い顔で待ち構えていた。傍らには、いかついヘッドホンで耳を塞がれた女性が座っている。 「その方が、先日おっしゃっていた浮気相手ですか」  女性の耳が塞がれているのをいいことに、坂木道夫は、聞かれてはいけない一言を口にした。女性が妻であることは知っていたが、前回の商談では男性に不愉快な思いをさせられており、やり返したいという気持ちが前面に出た。 「違う。あの話は忘れてくれ。この人は俺の妻だ」  知っている、とは答えず、坂木は先を

【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「極点」

 出港前の夕食会で二人の男性と知り合いになった。  海洋研究の専門家とフリーランスのライター。キママ島へ向かう目的はそれぞれ異なるが、不思議となにか、共通するものがあるように感じられ、坂木道夫は二人と行動を共にすることにした。 「調査チームの拠点が島にある」  海洋研究者は、キママ島へ向かう目的を、仲間と合流するためだと語った。近くの海底火山が三年前に噴火をし、流れ出た溶岩が堆積したことによって新島ができたのだという。彼は、その新島を調査することで、謎に満ちた地球のメカニズム

【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「自爆神カミヤ」

 自爆神カミヤの殺戮は「会いたい」の一言からはじまる。  セグメントシティ第85区画を崩壊させたとき、待ちあわせ場所にやってきた彼女は、椅子に座るなりカウントダウンをはじめた。 「4、3 、2、1」  女の正体が自爆神だと判明したとき、その場の人間の運命はすでに決定していた。  自爆したカミヤのアイデンティティは、すぐさま別の人格へと継承され、新たなる自爆神が誕生する。人々は自爆から逃れる方法を探そうとしたが、着席するなりカウントダウンを開始するカミヤから手掛かりを得ることは

【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「乙種税金泥棒」

 とあるホテルのデリカテッセン。そこで不健全な行為が行われているとの通報を受け、坂木道夫は店内に盗聴器をしかけていた。 『ちょっとマネージャー、そんなとこ触らないでください』 『いいじゃないか別に。減るもんじゃあるまいし』  男性マネージャーと若手の女性社員。問題となっているのはこの二人だった。 『営業中のお触りはルール違反! 二人でそう決めたじゃないですか』 『頼むよ、我慢できないんだよ』  二人の会話に聞き耳を立てる坂木は、店内で行われている行為に想像を巡らせた。 『ダメ