旅籠談|ホテリアBOOKS

1982年生まれ。宮城県塩竃市出身。東京都在住。元ラグジュアリーホテル支配人。「株式会…

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1982年生まれ。宮城県塩竃市出身。東京都在住。元ラグジュアリーホテル支配人。「株式会社旅籠談」所属のホテル小説家。

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  • ホテル屋サカキの命令違反

    命令違反を繰り返す『ホテル屋』の奇想天外な日常を描くショートストーリー。

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【新刊】長編ホラー『ナポカ・ヴィレッジ』刊行によせて 〜ホテル小説家になるまでの道のり〜

新刊の長編ホラー小説『ナポカ・ヴィレッジ』が2023年8月25日に刊行されました。著者紹介を兼ねて「ホテル小説家になるまでの道のり」と題して、これまでの経歴を書いてみたいと思います。 宮城県で生まれ育った私は、大学進学を機に上京し、すぐに舞浜にあるテーマパークのオフィシャルホテルでアルバイトを始めました。お客様の案内を担当するベルボーイの仕事です。これがホテルマンとしての私の第一歩になります。 パークに出発するお客様を元気よく手を振って見送り、帰館したお客様が語る一日の思い

    • 短編小説「ビクトリア・マッチポンプ」

       同じホテルの新館と旧館とのあいだで戦争が勃発していた。  数量限定で販売される正月のおせち。その食材をめぐる激しい攻防が、従業員同士で繰り広げられている。 「黒糖海老はウチがもらう!」  旧館のお局が拳を上げて叫んだのに対し、 「旧館の客なんてジジイとババアしかいねえんだ。いつもの栗きんとん出しとけば、それで満足だろ」  と、新館のヤンキー崩れが応戦する。 「なんだって? 常連もいない新参のくせに生意気な!」 「ああん? やんのか、ババア!」 「ちょっと待ってください」  

      • 【新刊発売】『ホテル屋サカキの命令違反』|ホテル屋の奇想天外な日常を描く(SF・ホラー・ファンタジー)掌編集!

        ホテリアBOOKSより電子書籍『ホテル屋サカキの命令違反』が刊行されます。(2022年12月12日発売) 著/旅籠談 装画/宇都宮なお 禁忌に片足を突っ込み。異形に追い詰められ。気まぐれな運命に翻弄されながら。奇跡を目の当たりにする。全24編のショートストーリー集。 新刊の発売にあたり、収録作品のあらすじを一挙公開します! https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQ4VWMV ハイバネーション 対策訓練 フレデリカ・サウザンド・キルスイッチ

        • 【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「スモーク・ラビリンス」

           借金取りに追われ、逃げ込んだ先が河畔に立つ小さなホテルだった。 「どこでもいいんだ。一時的に身を隠せる場所はないかな?」  助けを求める坂木道夫に対し、魚のような顔をしたフロントスタッフは意味深な笑みを浮かべた。 「では、絵本の世界などいかがでしょうか」 「絵本の世界?」 「ご安心ください。大人向けの絵本です。身を隠すには、これが最適かと」 「じゃ……じゃあ、それで」  案内された202号室で指示どおりに炭酸水を飲んでいると、頭上からモーター音が聞こえてきて、次第に視界があ

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        【新刊】長編ホラー『ナポカ・ヴィレッジ』刊行によせて 〜ホテル小説家になるまでの道のり〜

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        • ホテル屋サカキの命令違反
          23本

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          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「メイド略奪」

          「メイドのイエリです」  坂木道夫のなかで、眠っていた向日葵が一瞬のうちに開花した。一目惚れだった。  晩餐会で出会ったイエリは、知的で笑顔が眩しく、清楚なのに少し傲慢で、それでいて外見がストライクだった。  ――この出会いは運命に違いない。  イエリの雇用主を前にして、坂木は一歩も引かない覚悟を決めた。 「メイドさんを私にください」  口から出た言葉は明らかに説明不足で、まるで、結婚を決意した男が、相手の親に認めてもらおうと足掻いているかのようだった。 「そんなさぁ……お嬢

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「メイド略奪」

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「五右衛門風呂」

           カーラジオが臨時ニュースを伝えている。殺人教唆の疑いで会社員が逮捕されたとのことだった。 『――も発見されており、警視庁は余罪や詳しい動機について調べを進めています』  逮捕された人物の名前が、殺したいほど憎んでいる同僚と同じ名前だったことに興奮して、坂木道夫は思わずアクセルを強く踏み込んでいた。  その結果、坂木が運転する車は、田舎道のカーブを曲がりきれず、林に突っ込み大破。身動きが取れない状況となってしまった。  事故の衝撃で携帯電話は壊れ、手元に助けを呼ぶ手段は残って

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「五右衛門風呂」

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「夢枕」

           赤道直下に建造されたメガフロート『マイルストーン』。標石の名を冠するこの海上都市には、祈りを海洋に投下するための竪穴貫通孔が存在している。 「矢切さん、あれ」  坂木道夫が同行者の名を呼び、前方の竪穴を指し示した。 「おお、あれが……」  矢切は坂木を追い越し、しっかりとした足取りで竪穴へと歩み寄る。とても103歳とは思えない軽やかな動きだった。  ――さすがは、人間国宝。  老いを感じさせない矢切の背中には、超人的な生命力を感じずにはいられない。  竪穴の前では、魔女の仮

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「夢枕」

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「双身ワームホール」

           控え室で待っていた宇宙飛行士は、最新号の科学雑誌を上下逆さまに持っていた。 「時間です。行きましょう」  坂木道夫が出発を促すと、女性飛行士は咳払いをして立ち上がった。  開館60周年を記念する特別講演の開始を前に、会場となる博物館は静寂に包まれている。  控え室を出る二人は、ドア横に設置されたセンサーにIDをかざし、退室記録をログに残してから講堂へと歩きはじめた。  今回のイベントにおいて、坂木は講演者のアテンド係という役割を担っている。  主催の博物館が公益財団法人とい

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「双身ワームホール」

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「裸眼」

           裸眼干渉。死者が生者を裸眼で見ると、見られたほうの生者は命を失う。  俗にいう『死者に呼ばれる』とはこの現象のことを指すのだと、そう教えてくれたのは兄だった。  生者の世界と死者の世界。二つの世界の境界が曖昧になった享霊元年以後、死者の世界における生者への裸眼干渉は固く禁じられていた。 「桃香」  兄が名前を呼び、火照った私の頬を優しく撫でる。 「夕飯なにがいい?」  奔流に晒されて末端を削られたのだろう。外で待っていた兄は、指先を第一関節まで消失していた。  私は「しらた

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「裸眼」

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「熱気球マフィア」

          「とびきりのケバブを食わせてやる」  セールスマネージャーの誘いはいつも強引だった。素直に従う義理はないのだが、断ると面倒だということを知っているため、坂木道夫が首を横に振ることはない。 「明朝六時。第三ターミナル南」  行きつけの店にでも連れていかれるのかと思いきや、蓋を開けてみれば、それは海外出張だった。  寝不足による負債を仮眠でちまちまと返済しながら、機内で13時間を過ごす。  そして、いざ現地に着いてみると、ホテルの部屋は坂木の分しか予約されていなかった。 「おまえ

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「熱気球マフィア」

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「残務整理_難易度A」

           最後まで残っていたホテルの従業員を脱出させる。安全地帯から指示を出す上層部が想像するほど、それは簡単なことではない。  坂木道夫が現地に到着したとき、ホテルは原型を留めないほどに破壊しつくされていた。  抵抗する人間は一人もいない、という意味なのだろう。国旗を掲げるためのポールには、白旗の代わりにシーツが括りつけられている。  ロビーの中央。かろうじて残っているオブジェの後ろに人影を認め、坂木は「あの……」と声をかけた。  敵意がないことを主張しながら正面に回り込んだ坂木は

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「残務整理_難易度A」

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「舌平目神社例大祭」

           舌平目神社の境内。日焼けした子供が鳩を追いまわしている。逃げ場を失った鳩が一斉に飛び立つと、近くにいた外国人観光客が甲高い悲鳴を上げた。編隊を組む鳩は、境内をせわしなく一周して本堂の軒先にとまる。わずかな間を置いて、鳩がとまった本堂の奥から祭囃子が聞こえてきた。年に一度の例祭。蝉の鳴き声と協演するかのごとく、太鼓と笛の音色が、厳かな空気を境内に満たしていく。そんな雅な雰囲気を台無しにするように、隣にいる老人が短く屁を放った。 「大変です、坂木さん」  顔をしかめた坂木道夫の

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「舌平目神社例大祭」

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「天狗小隊」

           天狗になるという言葉がある。いい気になって調子に乗るという意味だ。そこから名前を取って天狗小隊。正式名称は、私服待遇独立即応小隊だが、仲間内では、彼らは天狗小隊と呼ばれているとのことだった。  隙間時間の暇つぶしに彼らの一人と雑談していた坂木道夫は、その皮肉めいた呼称が、呼ばれる側の人物の口から発せられたことに違和感を覚えていた。 「笑ってらっしゃいますけど、そんなふうに呼ばれて悔しくないんですか」  すると、雑談相手の女性隊員は大きく首を振った。 「べつに悔しくなんかない

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「天狗小隊」

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「キックバック」

           海外旅行のパッケージツアーに参加した観光客のうち、特定の食べ物を食べた客だけが、帰国時に空港検疫で止められる事案が多発していた。  最新鋭のセンサーが異変を感知し、ゲートを通過したところで一度は止められるのだが、二度目のスキャンによって今度は正常と判断され、彼らの疑いはまもなく晴れる。 「なんつったっけかなぁ。風呂敷みたいな名前のアレ」  挽き肉入りのパンを油で揚げたものを、上司は曖昧な言葉でアレと表現した。  ――現地に行って食ってこい。  それが坂木道夫に下された命令だ

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「キックバック」

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「三代目マーブルポリッシャー」

           深夜のホテル。人の気配が消え失せたロビーで黙々と作業を続ける男がいる。  驚かさないように正面へと回ると、坂木道夫は男に声をかけた。 「お疲れさまです。こんな時間に大変ですね。なにをされているのですか」  這いつくばるように床を撫でる男は、手を止めずに坂木の質問に答えた。 「研磨です」  遠くからは拭いているように見えたが、実際は大理石の床を磨いているのだという。 「私もホテル関連の仕事をしているのですが、少しだけ話を聞かせていただけないでしょうか」  良いとも悪いとも答え

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「三代目マーブルポリッシャー」

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「奇病オウム返し」

           来客だと聞き応接室へと向かうと、取引先の男性が青白い顔で待ち構えていた。傍らには、いかついヘッドホンで耳を塞がれた女性が座っている。 「その方が、先日おっしゃっていた浮気相手ですか」  女性の耳が塞がれているのをいいことに、坂木道夫は、聞かれてはいけない一言を口にした。女性が妻であることは知っていたが、前回の商談では男性に不愉快な思いをさせられており、やり返したいという気持ちが前面に出た。 「違う。あの話は忘れてくれ。この人は俺の妻だ」  知っている、とは答えず、坂木は先を

          【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「奇病オウム返し」