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【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「キックバック」

 海外旅行のパッケージツアーに参加した観光客のうち、特定の食べ物を食べた客だけが、帰国時に空港検疫で止められる事案が多発していた。
 最新鋭のセンサーが異変を感知し、ゲートを通過したところで一度は止められるのだが、二度目のスキャンによって今度は正常と判断され、彼らの疑いはまもなく晴れる。
「なんつったっけかなぁ。風呂敷みたいな名前のアレ」
 挽き肉入りのパンを油で揚げたものを、上司は曖昧な言葉でアレと表現した。
 ――現地に行って食ってこい。
 それが坂木道夫に下された命令だった。
 毎度のことだが、この上司の雑な命令には辟易させられる。要は原因を調査しろという意味なのだが、もう少しまともないい方ができないのだろうか。
 もはや、断言しても構わないだろう。この男の適格性はインボイスにも劣る。
 ……などと、愚痴をいっても始まらないので、とりあえず坂木は、現地に行ってみることにした。
 問題の揚げパンは、大陸横断鉄道の車内で販売されていた。
 鉄道に乗り込んだ坂木は、通路側の席でペーパーバックを読みながら、車内販売がやってくるのを待つ。手元の小説が、人間の脳をスプーンで食べるシーンに差し掛かったところで、坂木の横を、番重を吊り下げた男が通過していった。
 男は金を持っていそうな人物にしか声をかけない。観光客相手のアコギな商売だということは一目でわかった。
 男が次の車両へと移るのを待って、坂木は追跡を開始した。
「おい、それをよこせ」
 ひと気のない場所で男を呼び止めたとき、口を衝いた言葉が上司のように乱暴で、坂木は驚いた。いつのまにか影響を受けていたのかもしれない。そうだとすれば、とても罪深いことだと思う。神よ……、お許しください。
「なんだよ、あんた」
 男は訝しげな表情をしていたが、その手に紙幣を握らせると、客だとわかって態度を一変させた。
「お買い上げありがとうございます」
「二つだ。二つよこせ」
 受け取った揚げパンをすぐに鞄に放り込む。食ってこいという命令だったが、坂木はそれを無視することにした。
「これを食べた観光客が空港検疫で止められている。材料はなんだ」
「肉ですよ、肉」
「おい」
 胸倉を掴むと、男は観念したようにいった。
「私も知らないんですよ。三日に一度、早朝にシーニーマンが置いていくんです」
「シーニーマン?」
「青い顔の男です」
「なぜそんな怪しげな食材を使う」
「――キックバック」
 男はいう。客に食わせるだけで、シーニーマンから謝礼金がもらえる、と。
「二重取りか」
「客から二重に取ってるわけじゃないし、別にいいでしょう」
「そもそも、そのシーニーマンとやらの目的はなんだ。肉を食わせることに、どんなメリットがある?」
「知りませんよ」
「貴様!」
「本当です。深入りすれば殺される。ここはそういう国なんです」
 この男は本当に知らない。怯えた目を見て坂木は確信を持った。シーニーマンにしたところで、探しても見つけることはできないだろう。これ以上の進展はない。そう判断した坂木は、調査に見切りをつけて帰国することにした。
 空港検疫では、隠し持っていた揚げパンをジャケットの内ポケットに入れ、そしらぬ顔でセンサーを通過してみた。止められることは覚悟の上だったが、意外なことにセンサーは反応しなかった。
 どうやら、所持しているだけでは、センサーは反応しないらしい。
 ――食べると反応するが、持っているだけでは反応しない。
 そのとき、膨れ上がった内ポケットから一つの塊が落下した。揚げパンかと思ったが、違った。読みかけのペーパーバックだ。
 そのとき、極めて不快なイメージが坂木のあたまをよぎった。
「冗談じゃない」
 空港を出た坂木は、その足で知り合いの副業分析官のもとへと向かった。
 法外な報酬と引き換えに、副業分析官はあっというまに答えを導き出した。
「これは人肉だね」
 シーニーマンが観光客に食べさせているもの、それは人肉だった。
 これで、揚げパンの真相は明らかになった。それでも疑問は残る。一度だけ反応する空港検疫の最新センサー。人道に反する共食いという行為を、センサーはどのような手段で見分けているのだろうか。
 人知を超えた存在の気配が漂っている。先ほどから、そのことを考えただけで震えが止まらない。身体が拒否反応を起こしている。これ以上の関与は不可能だと坂木は悟った。
 オフィスに到着するころには、坂木は知り得た情報を記憶から抹消することを決意していた。
 ――そうだ。ついでに、このパンも抹消しよう。
「おう、土産は買ってきたか?」
 労いの言葉もない不適格な上司に向かって、揚げパンを差し出す。
「なんだ、これ?」
「取引先からです。キックバックだといっていました」
 揚げパンを口に入れる上司を見て、腐れ外道の坂木は盛大に笑った。

(了)