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サッカースタジアム体験記


現在、Jリーグはコロナウイルスの影響で中断されている。再開されてもしばらくは無観客試合が続くだろう。Jリーグ各クラブは大きな収入源を失い、苦境に立たされている。
今の僕は、1日でも早くリーグが再開できるよう外出を自粛し予防を徹底することしかできない。しかし、いつか通常に戻った時に、スタジアムに馴染みのない多くの人々に「スタジアムに行ってみるか」と思ってもらうことは出来るかもしれない。そう思いこの文章を書くことにした。

サッカースタジアムに行ったことのない人には、この文章で「サッカースタジアムでスタジアム初心者が味わえる体験」を知ってほしい。きっと、スタジアムに行くハードルが下がると思う。

5年前の冬、僕はとあるスタジアムに赴いた。先入観を与えてしまわないよう、関東のスタジアムとだけ書いておく。
寒空の下、友人と駅で待ち合わせた。駅に着くまでの電車内でもそうだったが、ユニフォーム姿の人々が多少見受けられた。
なんだ、意外と少ないじゃないか。やはり車で行く人が多いのか。閑散、万歳。僕は人混みがあまり好きではないのでハッピーな気分になったし、殺人的な混雑を想像して恐れ慄いていたので内心ホッとした。
駅で暖かい飲み物(ほっとレモン)を購入してから、人波に流されて変わってゆく…こともなくスタジアムへ向かった。友人と大学の話をしながら。相変わらず彼女ができないと愚痴りながら。サッカーの話をしながら。地元の美味しい店の話をしながら。この日の試合の展開を想像しながら。Jリーグの順位について語りながら。
何でもありのこの時間は、とてもとても楽しい。僕ら自身も周囲も、これからサッカーの試合を生で観られることに、そして非日常的な体験ができることにワクワクしていて、テンションが上がっているのだ。みんな素敵なニコニコ笑顔。普段なら聞き流したくなるようなしょうもない話で盛り上がっている。全体の雰囲気がとてもよい。カップルにはもってこいの時間だろう。いいなぁ。僕は友人(男)と話しながら密かに思った。
やがて、スタジアムが見えて来た。なかなか大きく、威圧感がある。事前にGoogleのストリートビューで予習していた僕だが、迫力に少しビビった。
コンクリートで出来た巨大建造物に近づくにつれ、人が増えてきた。僕たちが歩くメインロードに、脇道から続々と人が湧き出てくる。まるで「Eyes of the tiger」のMVのようだった。
到着する頃には人、人、人だった。全く。世の中にはこんなにも大勢の人間がいたのですね。と僕の中の滝沢カレンが呟いた。(当時滝沢カレンはデビューしていなかったなんて細かいことはさておき)
僕らは人波に流されてフラフラ歩き、見事に入場ゲートを間違えた。慌てて方向転換し、ようやく入場したが予定よりも10分遅れた。あ〜、早めに来ておいて、良かった!僕らは僕の心配性に感謝した。
周囲を見渡す。大半がユニフォーム姿だが、私服の人も2〜3割いる。周りを見て少し気まずそうな顔をしている人もいたが、なーに、全然いいのだ。Jリーグは観客数を増やしたいのだから、来てくれればサンキューベリマッチなのだ。色が相手チームのユニフォームカラーでさえなければ、服装なんて私服でも問題ない(もちろんユニフォームが最善ではあるが)。
まだ試合開始まで1時間半ほどあったので、僕たちは外の屋台でアルコールと肉を購入した。この日はチケット完売ということもあり、屋台も混んでいた。世の中にはこんなにも屋台で食べ物を買う人がいるのかと、唖然とした。
※混み具合はスタジアムによると思う。空いているところは空いている。
アルコールはビールや酎ハイも選べたが、僕はホットワインにした。ワインはあまり好きでないが、この寒さの中でsomething coldを口にしたら腹を壊してしまいそうな気がしたので妥協した。これが思いのほか飲みやすく、2杯飲んでしまった。
肉も美味しかった。非常に柔らかく、味付けもちょうどよい。中までしっかり火が通っていて安心だ。個人的にとてもオススメ。(と言われてもわからないよね)
そうして試合前に出来上がった僕は、酔いを覚ますべく空きスペースで友人と談笑した。何を話したのかは全く覚えていない。アルコールの入ったテキトーな会話だった。全く。我ながら何をしているのか…
サッカースタジアムに限った話ではないが、ここでは基本的に「周囲に迷惑をかけなければいい」という印象だった。皆サッカーを観に来ていて、周りにあまり関心がない。僕も屋台で前に並んでいた美人の顔を数分後には忘れてしまった。だから酒を飲んで談笑していても全く視線を感じなかった。
30分後、僕らはようやく歩き始めた。コンコースを歩き、無味乾燥なコンクリートの階段を登る。
5分ほど歩き、客席の入り口に到達した。一歩進むごとに声援が大きくなる。反対側の客席が見え始める。
警備員にチケットを見せて、入り口を抜けた。この瞬間は何度味わっても格別だ。テレビでしか観たことのないスタジアム内部が、テレビとは違った角度から、テレビよりも大きく目に映る。360度をスタジアムに囲まれる。ピッチが鮮やかに映り、練習する選手たちの姿が大きく見える。もはやどこから聞こえてくるのかもわからないほど大きくなった声援を全身で浴びながら、僕は自分がサッカースタジアムに来たことを実感した。
どれだけ優れたテレビでも、この雰囲気と景色は味わえない。試合開始前の時点でスタジアム観戦の醍醐味を味わえるのは罪だよねえ。
その景色にしばし見惚れてから、友人に促されて自分の席へ向かった。僕たちの座席は2階席の後方だったので、入口からそこそこ歩いた。階段を登る際は酒に酔っていたのでヒヤヒヤしたが、手すりに捕まりながらいそいそと登った。2人とも酒に酔っていたので二度ほど場所を間違えたが、5分ほどで座席に座ることができた。
急な傾斜のせいで到達するまではヒヤヒヤしたが、急な傾斜のおかげでピッチは非常に近くに見えた。これはありがたい。最後方の座席だったのであまり期待していなかったが、テレビで観るよりもはるかに大きく、鮮明に見えた。さすがはサッカー専用スタジアム。
ちなみに、僕の座席はメインスタンドの後方の端。どちらかといえば初心者用の座席である。ゆえに周囲には私服姿の人が多かったし、どちらのチームを応援していても構わないようなユルい雰囲気があった。
初心者向けエリアには、ただ試合を観ているだけの人が多い。それでいいのだ。試合の見方は人それぞれ。今時、ゴール裏にでも行かない限り「応援しなければいけない」という雰囲気は無い。ゴール裏でなければ、変に身構えず自由に観ていいのだ。まあ、周りに合わせて手拍子するくらいはした方がいいかなとは思うけど。
※どのエリアが初心者向けかはスタジアムによって異なるので、事前に調べることを勧める。
さて、選手が入ってきた。テレビで観ると平凡な選手入場だが、現地で見るとスタジアムが一気に沸き立つのでなかなか壮観だ。これから熱い90分間が始まると思うとワクワクする。(書き忘れたが、選手紹介にも同じことが言える。意外と楽しい)
数分後、CMを入れずに試合が始まった。当然だが。
プロの選手のプレーは生で観ると別格だ。テレビでしかサッカーを観たことがなかった友人は「ええ〜こんなに速いのか…」「めちゃ激しいんだね」と絶句していた。普段テレビを通すことで、どれだけ技術やスピードや激しさが失われているかよくわかる。ゴールキーパーの動きなど、現地で観ると超人的だ。とても同じ人間とは思えない。さすが、サッカーで最も身体能力を必要とされるポジションだけある。テレビで見るだけだと地味だが、現地で見るとカッコいい。
また激しさに関しては、テレビで観るのと現地で観るのとで数段の差がある。現地で試合を見れば、「サッカー選手はすぐ痛がる」などとは到底言えなくなるだろう。僕がスポーツのテレビ中継に限界を感じた瞬間でもあった。
この空間には実況アナウンサーも解説者もいない。もちろん松木安太郎のような盛り上げ役もいない。だが、常に歓声が聞こえているうえにプレーのレベルの高さも直に伝わるので、テレビで観るよりもはるかに盛り上がる。スタジアム全体が松木安太郎になるようなものだ。(違う)
緊張感も全く違う。中央から少し自陣に押し込まれただけで失点しそうな気がしてドキドキするし、逆に相手陣内のペナルティエリアに侵入した時はもうすぐ得点が決まるような感覚を覚える。このハラハラ感はテレビではなかなか味わえない。テレビでも味わえるよ!と思った人は、スタジアムで観てみてほしい。レベルが違う。
ワンプレーワンプレーにスタジアムが沸き、さまざまな声が飛び交う。「おおー!!」「すげえなぁ」「よしいいぞ!」「ナイスナイス!」たまに心ない野次や嫌味ったらしい愚痴を飛ばす人もいるそうだが、僕はそのような人種に遭遇したことはほとんどない。彼らに遭遇する確率は決して高くないし、彼らの居場所は年々狭くなっているので安心してほしい。
ところでこのスタジアムでは、ゴール裏の熱心なサポーターたちが率先して手拍子をしていた。上から目線になってしまい申し訳ないが、これには心底感心した。というのも、歌うのが苦手な人でも手拍子はできるからだ。リズムも決して難しくないので合わせやすい。僕は応援歌を1ミリも知らなかったが、楽しく手拍子をして応援することができたし、周囲にもそういう人が多かった。
ゴール裏だけで応援するより、全方面で応援した方が選手の後押しになる。無論、相手チームにも全方位からプレッシャーをかけられる。全方面のファンを応援に駆り出すこの手拍子の取り組みは、素直に素晴らしいと思った。
そうこうしているうちに得点が入った。サッカーはあまり得点が入らない競技だ。ゆえに一点の価値が大きい。だからこそ観客は思わず立ち上がり、大歓声がスタジアム中をこだまする。両手を上げて喜ぶ者もいれば、割れんばかりの拍手をする者もいる。蕾が花開いたかのようなこの光景は、とても美しい。
※ちなみに僕は、セルジオ越後が憑依したかのごとく「スバラシ!スバラシ!」と叫んでいた。
数分後、今度は失点した。皆静かになる。が、数秒後には励ましの声が聞こえ始める。「立て直そう!」「仕方ない仕方ない」「あれは相手が上手かった」「また点を取ればいいよ!」 観客が落ち込んでいては選手のメンタルに悪影響が及ぶし、何より我々は落ち込みに来たのではない。空元気でもいいから盛り上げるのだ。
ネガティブな人と一緒にいると疲れる。だがスタジアムは終始ポジティブだった。この雰囲気に僕は惚れた。
試合は結局、3-1の勝利となった。3得点ともなかなかよいゴールで、スタジアム中の老若男女が手を叩いて喜んだ。前の座席におとなしく座っていた明らかに初心者風の主婦が、試合終盤には旦那さんと熱くハイタッチをしていたのも印象的だった。非リアながら胸が熱くなった。
僕は思った。この空間は僕が地上で最も好きな空間かもしれない。数万人の仲間と一緒にサッカーを観て、一緒に同じチームを応援して、腹から叫んで、喜怒(?)哀楽を思う存分に分かち合う。こんなの、楽しくないはずがない。
相手チームの存在が不快なのではと思う人もいるだろう。無論不快なことはあるし、おとなしく負けてくれとは思う。ラフプレーにはスタジアム中が怒るし、応援することなど決して無い。
だが、だからといって憎みはせず、スタジアム全体が相手を多少なりともリスペクトしている。サッカーは相手がいなければ出来ない競技。相手チームは「相手」であって「敵」ではない。そんな共通理解を感じる。それゆえスタジアムに殺気が漂うことは滅多になく、この治安の良さゆえに老若男女が詰めかけることができる。これは、外国人Jリーガーが口を揃えて絶賛するJリーグのストロングポイントだ。
「皆がサッカー好き」という共通項を大切にしている、日本ならではの雰囲気だと思う。
サッカーをスタジアムで観ると、日常生活ではまず体験できないワクワク感を味わえるし、一体感も感じられる。これだけでも十分幸せだが、チームが勝ってくれればもう言うことはない。ただただ至福である。この日はそんな、至福の時を過ごすことができた。
試合後、スタジアム外は大変な混雑だった。何をそんなに急ぐのかと疑問に思ったが、考えてみれば、早く帰らなければ本当に終電を逃してしまう人もいるのだ。このスタジアムには日本各地から人々が詰めかけている。僕らのように「駅前で終電間近まで飲んでくか〜」なんて呑気なことを言っている人ばかりではないのだ。
結局僕らは駅前の飲み屋で豪遊した(1人3000円)。試合の話もしたし、全く関係のない話もした。周囲はスタジアム帰りの人々で溢れかえっていたが、ギャーギャーどんちゃん騒ぎするでもなく、穏やかに楽しく飲み明かしていた。これまた素敵な光景で、ここにしばらく居たいと感じた僕らは2時間半も居座ってしまった。
別れ際、気温が一桁となった夜の街で、2人は同じ感想を発した。
「あー、いい週末だった。」



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