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日本人に観てほしい映画「明日、君がいない」

※これは2年前の記事を編集したものです


先週、この意味深なタイトルを冠したオーストラリア映画を鑑賞した。


カンヌ国際映画祭で絶賛されたのも納得の名作だった。

これはnoteに書かねばと考えた。

順に読んでいけばネタバレを踏まない構造にしたので、安心して読んでみてほしい。
そして、興味が湧いたら鑑賞してみてほしい。

登場人物

主な登場人物は、悩める高校生6人。全員キャラが濃いので覚えやすい。

1、マーカス
成績優秀でピアノも弾けるエリート。父親は弁護士で大金持ち。俗に言う勝ち組だが、父親からのプレッシャーを重圧に感じている。

2、メロディ
マーカスの妹で、彼と同じ高校に通う。親が兄のマーカスばかり可愛がり、自分に冷たく当たることを辛く思っている。そのせいか病み気味の顔をしているが、とても優しくおとなしい性格で、動物と子供を愛している。

3、ルーク
イケメンでマッチョなサッカー青年。女子から大人気の勝ち組。学校内の弱者をバカにするウザキャラだが、実はとある弱みを抱えており、その弱みが露呈することを異常なまでに恐れている。

4、サラ
ルークの彼女。ルックスは微妙だが巨乳。典型的な勝ち組女子で、スクールカーストの上位にいる。しかしルークの浮気を常に恐れており、ルークに近づく女子を敵とみなす。

5、スティーヴン
足と排尿機能に障害を持つメガネ男子。障害が原因で周りから避けられ、イジメられているが、家族からは愛されている。一人でサッカーを観戦することが大好き。

6、ショーン
ゲイの男子。学校で彼の性的嗜好は広く知られており、毎日のようにからかわれている。優秀な兄と、親に性的嗜好を認めてもらえない自分を比べ、悩み、その苦しみから逃れるためにマリファナを常用している。


ストーリー

舞台は上記の6人が通うありふれた高校。ある日の平和な昼下がり、1人の女子生徒が更衣室の異変に気づく。慌てて教師と用務員を呼び中に入るが、そこで彼女たちが目にしたのは、自殺を遂げた1人の生徒だった。

舞台は変わり、この日の朝へ。悩みを抱える6人の生徒の今朝の様子を、彼らのインタビュー映像を挟みながら映していく。
果たして、昼下がりに自殺するのは誰なのか?


感想 (ネタバレなし)

この映画は、6人の登場人物を軸に、悩める現代の若者たちをリアルに描いている。

そして、"とある生徒"のリストカットで幕を閉じるショッキングな結末と、その後のあまりに虚しい展開が、我々の見落としがちな"盲点"を否応なしにさらけ出す。

本当に深刻な悩みを抱えていたのは誰なのか。ラストでそれを知ったとき、我々は「あのような人物が周りにいないか」と考えざるをえない。

撮影当時19歳だった監督は、友人の自殺をきっかけにこの映画の制作を決め、この映画をきっかけに自殺者が減ることを望んでいるそうだ。
そして、それは可能だと思う。それくらい衝撃的かつ含蓄に富んだ映画である。

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自殺大国として知られる日本。斜陽感は否めないが、致命的に不景気なわけでも、お隣の国ほど経済格差が大きいわけでもない。北欧のように日照時間が少ないわけでもない。にもかかわらず、自殺者が多い。

正直なところ、根本的な原因がどこにあるのかはわからない。というか、思い当たる節が多すぎて特定できない。

しかし、いずれにせよ、多くの国民がこの映画から「気づき」を得ることは、自殺者を減らす上で間違いなく有効だと思う。
※この映画を観ずとも「気づき」を得ている人もいるかもしれないが、そんな人は少数派だと思う。だからこそ、この映画が全世界に衝撃を与えたわけで。

僕がこの映画を「多くの日本人に観てほしい」と考えるのも、そのためである。

なんなら政府に推奨してもらいたいくらいだが、まあ無理だろう。ここは高齢者王国・日本だもの。悩める若者のことなんかどうでもいいんだもの。

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そうそう、僕自身は自殺を悪いことだとは思わない。生きることを心から辛く感じ、生きていても苦しみが増すだけだ、幸せに巡り会えても幸せと感じられない、どこにも居場所なんてない、と感じるのなら、この世界に別れを告げるのも一つの手だと思う。僕には「死なずに拷問に耐え続けろ」と命令する資格などない。

しかし同時に、世の中の一人一人が少し変わるだけで救われる命もあるのでないかと思う。
具体的には、この映画を観たことで得られる「気づき」を多くの人が持っていれば、それだけで少なくない人の心が救われるような気がするのである。(もちろん万能ではないが)

そうして救われた人が一人でも多く幸せに生きてゆければ、それに越したことはないだろう。誰だって本能的には「生きたい」と思っているのだし、誰だって未来ある(善良な)人には生きていてほしいと願っているのだから。

長くなってしまったが、要するに言いたいのは
・この映画を観ると、ある"気づき"を得られる

・その"気づき"で救われる人は決して少なくない

・"気づき"は万能ではないが、多くの人が得れば得るほど、生きやすく、自殺者の少ない世の中になるはず

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このような映画は堅く退屈なものになりがちだが、この作品は違う。不謹慎な言い方にはなるが、「誰が自殺するかを予想しながら」観ることができるからだ。彼らが持つ意外な悩みも次々に明らかになるので、飽きが来ない。製作者たちは映画を最後まで観てもらうために手を尽くしたのだと思う。

上映時間も短い(99分)。
得るものの大きさを考えれば、隙間時間で観られるのはありがたい。

ただし、軽い気持ちで観ることは勧められない。ラストで描かれる"とある生徒"の自殺シーンはリストカットによるものなので痛々しいし、自分が"とある生徒"の苦悩に気づけなかった、気づいてもスルーしていたことを強く思い知らされるため、後味も良くない。
少なくとも中学生以下は観ない方が良いだろう。

上記のことわりを理解した上で、興味が湧いた人にはぜひ鑑賞してもらいたい。

結末(ネタバレあり)  *観賞後に読んでください







6人の朝から昼までの様子を観た我々は、「誰が自殺してもおかしくない」と感じる。しかし実は、自殺した生徒はこの6人の中にはいなかった。
自殺したのは、時々登場した、明るく優しいケリーという女子だった。

6人の中の誰かが自殺すると思わせておいて、時々登場していた脇役が自殺する。この鮮烈なオチに、鑑賞者はショックを受ける。
そう。もっとも深刻な心の闇を抱えていたのは彼女だったのだ。彼女は、自身の影の薄さと周囲からの無関心を苦に自殺したと思われる。(僕は、悩めるマーカスやスティーブンに優しく話しかける彼女が素っ気なくあしらわれたシーンが印象に残っている)。

彼女がスティーブンに話しかけ、マーカスとメロディの口論を見た後の、不穏な空気と美しい映像。あれは、死を決意したケリーの苦しさ、虚しさ、諦めを的確に表現していたと思う。

前述の通り、彼女は主人公6人に含まれていない。存在感が薄かったし、何より彼女が悩みを抱えている様子は全く無かったからだ。
明るく優しいケリーは、「悩める主役の6人」とは対照的な、「健全そのものの脇役」だった。我々観客がケリーに抱いていた印象はそのようなものだろう。
いや、ひょっとしたら、ケリーを覚えていない人も多いかもしれない。かくいう僕も、彼女が自殺したと分かってから必死に彼女のことを思い出そうと試みた。彼女は自殺したことで初めて、注目される存在になったと言える。

これが、この映画の肝なのだと思う。インタビューで悩みを打ち明けていた生徒たちではなく、彼らに優しく話しかけていた、何の悩みも無さそうな生徒が自殺する。彼女は、周囲に気づかれずフォーカスもされない中で、一人耐えきれないほどの孤独と絶望を感じていた。


映画の最後に、彼女がインタビューに答えた時の様子が映し出される。前述の6人が重苦しく悩みを打ち明けていた一方で、ケリーは楽しそうな表情で明るい話をしていた。これが実に見事な対比になっており、僕はゾッとした。1人だけ明るく笑っていた彼女が、最も絶望していたのだから。

一体誰が、彼女が悩んでいるように見えただろうか。彼女の存在を重視していただろうか。
映画の鑑賞者が、彼女を気にかけなかったことに罪悪感を感じてしまう。それがこの映画の凄さであり、恐ろしさだと思う。


余談だが、うつ病患者は症状が軽くなってきたときに自殺しやすいと言われている。症状が重いうちは自殺する気力すら湧かないが、回復して元気が出てくると、自殺する気力まで戻ってしまうのが理由だ。
明るく振る舞っている人が、なんの悩みも抱えていないとは限らない。重症でなければ、うつ病を患っていても笑えるし、日常生活も送れるのだから。

ケリーがうつ病を患っていたかはわからない。あまりに出演シーンが少なすぎて、判断材料が足りないのだ。
しかし、確実に言えることがある。それは、ケリーのように明るく過ごしていても、心の中は絶望で満たされている人がザラにいるということだ。

我々がこの映画からその'気づき"を得て、それを常に頭に入れ、周囲に気を配れたら、この世の中はもっと生きやすくなると思う。

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