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③今までのわたし~農家になったけど~

憧れの農家になった私は、努力次第でどうにか解決できる!という信念で突き進んでいきました。今回は、就農半年くらいから1年半までに起こったことです。今回は特に、えらいこっちゃ!なことばかりですネ、、、(でも大丈夫。今のわたしは元気ですので(*'▽')
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もともと何でも挑戦したがる性格なので、限界を設定されたり、どうせできないと言われたりすると逆に燃えます。そんなわけで、穏やかな日常で忘れていた負けず嫌い魂に火がつき、れんこん農家の仕事にのめり込んでいきました。

①仕事全般を覚え、業務改善!⇒失敗!

まず、農家としての仕事をすべて書き出し、どんな仕事があるのかを把握。いろいろな農作業について、夫にどうやってやるのかわかるまで説明してもらい、頭から理解していきました。簡単なものから挑戦し、自分が一つ一つ覚えていく過程で、今まで無かったマニュアルを作成していきました。事務仕事についても、それまでは夫がすべてやっていたのでまずは業務を棚卸し。私にできることはないか?と聞き、だんだんできる仕事を増やしました。憧れのショベルカーやトラクターにも下手ですが乗れるようにもなり、一人でもなんとか収穫作業全般ができるようになりました。 

その結果、思ってもいない展開になりました。
・地域の人にドン引きされる…
「もう『お嫁さん』じゃなくなっちゃったね…」と近所の農家のオッチャンに本当に言われました(笑)。基本的に、農家のお嫁さんは結婚したらすぐに子育てをするのが当たり前という価値観なので、女性がバリバリ仕事をしたり、お手伝いの範囲を超えて農作業をすることが理解できないようです。普通に仕事しているだけで、よく「可哀そう…」と言われました…。 
・業務改善の提案をしても、義家族から反発を受ける。
今までのやり方を業務改善し、「こういうやり方のほうがいいんじゃない?」「こういう段取りに変えようよ」と伝えると、業務とは全然関係ない分野での私へのダメだしが飛んできて否定される…。主体的に仕事に取り組むほど、他の人は私に指示を求めるように。でも、指示しても結局文句を言われ凹む…。良かれと思って行動しても、すべて裏目に出ました。

②体力をつけ、いずれ畑も挑戦!⇒畑なんて嫌い!!

もともと大好きだった畑。前職では、休日にわざわざ取引先農家の畑に行ったり、田植えをしたりというくらいで、もはや農作業は息抜きでした。だから最初はとっても楽しかったのです、畑仕事。でも、いくら疲れていても義家族は日が暮れるまで畑仕事をするし、私が手伝わなかったり、先に家に帰ると後で何を言われるかわからない恐怖…。だんだん、好きだったことが「義務」になってしまい、畑なんて大大大っ嫌いになりました。野菜なんて作らずに買えばいいのになーと本気で思いました。(今までのわたし、どこに行った!?)

③わかりあう努力をしよう⇒わかりあえない!

いろいろ文句を言われても、自分の言い方も悪かったかな?と反省し、普通にお話できるように努力しました。でも、話せば話すほど、価値観の違いを認めざるを得なくて、息苦しさを感じてしまいました。今までの自分の人生が否定されていくような、居場所が失われていくような寂しさを感じていました。閉鎖的な人間関係の中でうまくいかなくなると、精神的に追い詰められていきます。

すべてがうまくいかない・・・

閉塞感と居場所の無さ、そして自分らしさの喪失。その三つがだんだんと心を蝕みました。でも、今まで頑張ってきたのだし、ここで辞めるわけにはいかない。そうやって、自分をすり減らしながら生きていました。だんだん、仕事が義務でしかなくなり、本来持っていた自然や農的暮らしへの興味や関心、新しいことをやろう!という好奇心も消えていきました。ほんとうは好きでやりたかった事を「嫌い」と思い込むことで、やりたいことが実現できていない現実を見ないようにしていました。人と話すのも怖くなり、「否定されるのではないか?」という思いが常に消えませんでした。あまりにも袋小路な状態で、他の人に悩みを打ち明けることもできなくなっていきました。

このまま自分の思いに蓋をして、10年経ったら「人生なんて我慢が当たり前だよ」と訳知り顔で言っているかもしれない。そんな自分を想像すると、悲しいし、なんのために生きているのだろう?と泣けてきました。
たぶん、じぶんの中のじぶんが、SOSを出していたようです。
もっと楽しく生きたい。じぶんらしく居られる場所が欲しい。そういう思いはどんなに辛くても消えなくて、少しずつそれを取り戻せる方法を模索し始めて…。次回に続きます。
※長くなってしまった!!写真は意気揚々とショベルカーに乗っていたワタシ…

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