砂漠の獅子『第五話 獅子と雷獣3』マハト・オムニバス~ファンタジー世界で能力バトル!~

*砂漠の獅子第一話:『災難』マハト・オムニバス

「——お前と出会った時から、初めからただの野盗だとは思っていなかったさ。大方、どこぞでグランデ信者に襲われたとか、村を焼かれたとか、そんな所か」
 フーデリアは倒れ伏したトーマに独り言のように語りかけた。
「復讐をやめろなんて言わない。過去を精算しなくちゃ前に進めない奴だっている。復讐を生きる糧にするのも良い、ただ死ぬよりはね。だが——」
 いったん言葉を区切り、語気を強める。
「怒りに任せて本来の目的を忘れたお前に、掲げる大義なんてモノはない。あとは自分を正当化して新たな復讐の芽を育てるか、過去に囚われて身を滅ぼすだけさ」
 トーマは答えない。生きているのかどうかさえ怪しい。そんな相手だからこそ、こんなに饒舌になってしまったのかもしれない。
 空には星々が煌めいている。フーデリアは踵を返すとビクターの元へ向かった。

「無事か、ビクター? ほら、それで目でも洗え」
「ああ……でも、チェインが……」
 フーデリアは水筒を無造作に投げ、ビクターの縄を切る。その傍らにはチェインの遺体がまだ仁王立ちで佇み、ビクターを守ってくれていた。
「まったく、臆病者のおじさんが無茶をして……何も死ぬことはないじゃないか」
 彼女は毅然とした態度を貫いていたが、その表情からは深い哀しみがうかがえた。
 二人は出会ってからまだひと月も経っていない。けれど、チェインは間違いなくフーデリアの友人のひとりだった。
 これからは偉大な戦士の一人としてペルセケイレスにその名を残すだろう。
「でもそのおかげで俺は助かったんだ。感謝してもしきれない。いつまでもこんな格好をさせてちゃ可哀想だ。はやく寝かせてやってくれないか?」
 ビクターに言われるまま、フーデリアはチェインの遺体に手を差し伸べた。
 遺体はまだ温かく、雷を受けたわりには損傷が少ない。以前見た行商人の死体は黒焦げで中まで炭になっていた。たまたま背中から受けたことが幸いしたのだろうか。
「ばあ!」
 チェインに触れた瞬間。遺体がいきなり抱き着いた。
 フーデリアの心臓が思わず跳ね上がる。遺体にまだ電撃が残っていて、それが筋肉を収縮させたのかと思った。
 だがどうにもそういう感じではない。死体は自らの意志で抱き着いているようだ。唐突な出来事にフーデリアの声は上ずった。
「チェイン!? お前……生きていたのか!?」
 チェインが生きていたことにフーデリアは動揺を隠せない。まるで年端もいかない少女のように驚き混乱している。
「ははは……恥ずかしながら、生き残ってしまったぜ……」
 チェインがはにかみながら呟くとフーデリアの表情は一瞬緩んだ。
 と思いきや、次の瞬間には鬼の形相に代わり、剣の柄でガシガシと叩く。
「この! わたしが! どれだけ心配したと思っているんだ! さっさと離れろ! このセクハラおじさんが! 懲罰で百叩きの刑だ!」
「ちょ……待て待て、死ぬ、本当に死ぬから。それ以上叩かないで……」
 チェインの顔はどんどん腫れ上がり、蜂にでも刺されたかのようになっていく。見た目には雷のダメージより打撲の跡の方がはるかに重症だ。
 これは照れ隠しなのだろうか。どれだけ懇願されようとフーデリアはしばらく叩くのを辞めなかった。

——チェインが一命を取りとめたのには理由がある。
 電撃を受ける直前、チェインは武器として腰に巻いた鎖の先を地中へと突き刺した。
 腰から地中へと垂れ下がった鎖はアースとなり、電気を地中へと逃がしたのだ。
 この知識はチェインが電撃を使う相手と遭遇したという話を、たまたま傭兵仲間にした際に得たものだ。もしこの話を知らなければ、今頃チェインの肉体は真っ黒な炭の塊になっていただろう。
「ビクター! お前もグルだな! じゃないとわたしにコイツを横にしろだなんて言わないものな! いつからチェインが生きていることに気付いていた! さっさと白状しろ!」
 フーデリアの怒りはまだ収まらない。チェインをしこたま殴った後、今度はビクターを睨みつける。
 怒りの矛先が自分に向くと、ビクターは舌をぺろりと出してニヤリとした。
「ぶわっはっは! いやー、大成功だったな。俺も気付いたのはチェインが意識を取り戻してからだったんだけどな。このままにしておいたら面白そうだと思ったら……つい、な♪ お前もそんな顔するんだな~。良い土産話ができたよ」
「いつか爆殺してやるから覚えておけ」
 フーデリアの眉間にはシワが寄り、表情はまだ怒っている。しかし内心はひどく穏やかだった。
 誘拐犯を倒しビクターは無事、チェインは重症だが生きてはいる。戦果は上々だ。
「いいから……早く手当して……ここで死んだらシャレにならん……」
「おっと、そうだったな。ビクター、手を貸せ。そこの坊やも連れていくぞ。生きていても死んでいても構わん」
 チェインとトーマをラクダに乗せ、フーデリアたちはすぐさまその場を後にする。移動中にも三人は軽口を飛ばし合い、笑いが響く。
 三人の賑やかな声は風に乗り、夜の砂漠に舞っていた。

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