砂漠の獅子『第一話 災難』マハト・オムニバス~ファンタジー世界で能力バトル!~

 その日は月の綺麗な晩だった。
 広大な砂漠に目を凝らせば地平線の先までハッキリと見える。そんな静かな夜だ。
 砂の混じった風が頬を撫でる。チェインはスカーフを目深に被り直し、砂が口に入らないように整えた。
「もうすぐペルセケイレスに着きますよ。ここまで何も起こらなくて本当に良かった。今日も静かな夜になりそうです」
 周囲を警戒しているとマークが声をかけてくる。
 ここ数日を一緒に過ごした雇い主にチェインは気さくに返事をした。
「ウアタハへの献上品を襲おうなんて馬鹿はここらへんにはいないだろうさ。まあ、傭兵の俺としちゃあ楽な仕事で大助かりだけどね」
「わたしも長年行商人をやってますけど、こんな楽な仕事は初めてですよ。いつもなら野盗のひとりやふたりには出くわすんですけどねぇ。出発してから一週間、まだひとりも襲ってきやしない。こんなことならアンタを雇わなかったのに」
「悪い冗談はやめてくれよ。こっちだって生活が厳しいんだから……」
 マークの軽口にチェインは苦笑いで返した。
 チェインの仕事は傭兵。今回の仕事はキャラバンの護衛だ。
 荷物の中身はウアタハが有する隷属国家からの献上品。それを中継地点であるペルセケイレスに運ぶまでの警護が依頼だ。
 ペルセケイレスで傭兵業を営んでいると、こうして行商人の護衛をすることがよくあった。
 大国ウアタハの仕事を請け負ったのは今回が初めてだったが、普段とは比べ物にならないくらい破格の報酬だ。
「まあ話し相手としてはちょうど良かったよ。傭兵さんって無口な人が多いから」
 ラクダを操りながら行商人のマークは世間話を続ける。
 会話くらいしか娯楽のない砂漠の夜に二人の会話はダラダラと垂れ流された。
「そうか? 俺の周りは騒がしいヤツが多いけどなぁ。今度紹介してやろうか?」
「いや、またあんたに頼むよ、チェインさん。長旅を楽しむには気の合うヤツと一緒じゃなきゃね」
「そういってくれるとうれしいね。こちらこそ、ひいきにしてもらえると助かるよ」
「料金も他と比べて安いしね♪」
「本音はそっちか」
 守銭奴なマークの物言いに思わずチェインは声を漏らす。
 マークの話しぶりからすると、傭兵に払うべき取り分を相当ケチっているに違いない。自然と拳に力が入ったが、不満をグッとこらえて肩の力を抜いた。
 チェインがこの仕事を引き受けたのはこれが『オイシイ仕事』だと踏んだからだ。
 大国ウアタハへの献上品を狙えばどんな報復が待っているかわからない。そんな虎の尻尾をわざわざ踏みにくる相手もいないだろうと高をくくっていた。となれば、護衛の身としてはこれほど楽な仕事はない。
 そして何より、どれだけピンハネされようが、零細傭兵のチェインが普段の倍以上の金額を積まれて断る理由はなかった。

 荒涼とした砂漠を一団は突き進む。
 メンバーは護衛である傭兵チェインと、雇い主の行商人マーク。そしてマークの部下数人がそれぞれ数頭のラクダを従えてキャラバンを形成している。
 マークの指揮により、キャラバンはまるで生き物のように行軍した。
 一帯は一面何もない砂の海。彼らが進んだ後にはラクダの足跡だけが残る。その足跡も風が吹けばそのうち消えてしまうだろう。
(さ~て、帰ったらまず何をしようかね)
 このまま何事もなければ明日にはペルセケイレスに着く。チェインは報酬の使い道をぼんやりと考えながら見張りについていた。
 まずは酒。行きつけの酒場でビールを流し込む。それから月々の支払い。それらを差っ引いてもかなりの額が残るだろう。
 これだけあればしばらくは働かなくても良いハズだ。報酬のことを考えると草木の生えない死の砂漠もバラ色に見えた。
「よ~し、そろそろ一息入れましょう。お前たち、あそこで休憩だ」
 マークの号令で一団はオアシスに立ち寄り、そこで休憩を取った。
 ここを過ぎればペルセケイレスは目と鼻の先。マークは休憩を取りながら六分儀で行く先を確かめていた。
(それにしても、今日は月のきれいな晩だな)
 月が天頂に昇りその輝きはさらに増す。吸い込まれそうな月にチェインは思わず見とれていた。
 そんな時、何者かに声をかけられる。
「——お前、グランデか?」
 目の前に少年が現れた。
 チェインは一瞬驚いたが、マークの部下のひとりだろうと気にも留めなかった。
 砂漠の旅はスカーフで顔を隠していることが多い。素顔を見たことがない者がいたとしても不思議はなかった。そもそも砂漠に少年がひとりでいるわけがない。
 少年の容姿は月明かりに照らされてハッキリとわかった。チェインの見立てでは、二十歳手前ぐらい。長めの髪と緑の瞳が特徴的だ。
「いや、俺はアルモアだよ。他はみんなグランデだって言ってたかな」
 少年の質問にチェインは軽く答えた。
 この世界にはアルモアとグランデという二つの思想を持つ国が存在する。そして基本的にアルモアとグランデの国同士は仲が悪い。
 だが、アルモア教国家とグランデ教国家の中間に位置するペルセケイレスでは、両者が混在して生活している。仕事で一緒になることも少なくなかった。
「そうか、じゃあ——」
 少年はマークに向かって指をさす。チェインは何の気なしにさされた方をぼんやり眺めた。
「死ね」
 その一言で少年の指先が光る。すると、バチンという音と共にマークが真っ黒な塊になった。
 音に驚いたラクダが暴れ狂う。ラクダがぶつかった衝撃で、マークだった黒いものはバラバラと砂のように崩れた。
「なっ……」
 思わぬ出来事にチェインは言葉が出ない。さっきまで楽しく談笑していた人間が突如として消えてしまったことに理解が追いつかなかった。
 それでもチェインは傭兵だ。数秒後には気を持ち直し、声を張り上げた。
「敵だ! みんな逃げろ!」
 その声を皮切りに部下たちは四方八方一目散に駆け出す。静かだった夜は少年の号砲によって恐怖の色へと豹変する。
「盗賊だかなんだか知らないが俺も仕事なんでな。まったく、依頼人が死んだら誰が俺に報酬を払ってくれるんだ?」
 チェインは逃げ惑うマークの部下たちを庇うように少年の前に立ち、腰に巻きつけた鎖を引き抜く。
 この鎖がチェインの武器だ。マハトを使い、鎖を自由に操るのが彼の戦い方だ。
「お前に用はない。そこをどけ」
 鎖を振り回して威嚇しても、少年はまったく動じない。それどころかこちらに向かって無防備に近づいてくる。
「くそ、痛いからって喚くなよ!」
 歩みを止めない少年にチェインは鎖を放った。鎖は少年に向かって真っ直ぐ伸び、相手を絡め取ろうと唸る。
 だが、少年はこの鎖をわずかな身のこなしで躱す。外れた鎖が砂漠を打ち、砂が宙を舞う。さらに少年はチェインに指を向けた。
 バチン! チェインの身体に電流が走る。
 比喩ではない。少年の指が光ると同時に、全身を落雷に撃たれたような痛みが襲う。
「で、電気かっ……」
 この時、チェインは理解した。少年は恐らく電気を飛ばして攻撃することができるのだ。
 マークが一瞬で黒焦げになったのも、雷のような電流を一気にぶつけたと考えれば合点がいく。
「お前は殺さない。そこで寝ていろ」
 電撃を受けたチェインはそのまま膝から崩れ落ち、立ち上がることができなかった。
 幸か不幸か、この電流に即死レベルの威力はなかったらしい。とはいえ、大の大人の動きを封じるには十分すぎるほどの威力だ。
 身体に力が入らず、チェインはそのまま気を失ってしまった——

——次にチェインが目覚めたのはラクダに顔面を舐め回された時だ。
 日はすでに昇り、強烈な太陽が砂漠を黄金色に染めている。
 周囲を見渡すと後に残ったのはチェインとラクダ一頭。そして——焼け焦げた死体の山だった。

【お願い】
気に入ったらリツイート/スキをポチッ!
作者のやる気に繋がります

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?