砂漠の獅子『第六話 砂漠に響く獅子の遠吠え』(完)マハト・オムニバス~ファンタジー世界で能力バトル!~
*砂漠の獅子第一話:『災難』マハト・オムニバス
ペルセケイレスには今日も強い陽射しが照りつける。作業の合間合間、チェインは額の汗を拭った。
病み上がりのチェインがしているのは、これから帰国するビクターが持ち帰る積み荷の最終点検だ。
これはあくまで形式的なもので、ビクターが物資をちょろまかすようなことは考えていない。
(しかし、あっという間だったな)
チェインは作業の傍ら、ここ数日のことに思いをはせた。
フーデリアとトーマの決闘から既に数日が経過している。
チェインはあの後すぐさま病院へと運ばれ、手当てを受けた。これといった後遺症もなく、入院したのは二、三日程度。
ただし、鎖を巻き付けていた腰回りには痛々しい火傷が残っている。
治りかけの火傷はかゆい。チェインは作業中、無意識に火傷をかいては後悔するという行為を繰り返した。このかゆみにはしばらく悩まれそうだ。
ひっかいてしまった火傷をさする度、チェインはトーマのことを否が応でも思い出した。
——あの夜、フーデリアの一撃を受けたトーマはかろうじて生きていた。
その生命力には当時死にかけていたチェインも目を見張った。それもこれもグランデへの恨みのなせる業なのかと考えると身の毛がよだつ思いがした。
一命を取りとめたトーマはチェインと共にペルセケイレスへと運ばれ、現在は獄中生活を送っている。
「地中に幽閉すれば電気を吸収することはできまい」と言ったのはフーデリアの談。
ペルセケイレスでは彼を拘束するために石でできた特注の地下牢獄を建設。周囲の電気を一切遮断した。
いかにトーマと言えど、雷などから電気を補給できなければ脱獄は難しいだろう。その話を聞いたチェインはほっと胸をなでおろした。
——だが、トーマは数か月後にこの牢獄から姿を消す。脱獄時の牢屋には奇妙な円形の跡が残っていたという。
この事件をチェインたちが知ることになるのはまだ少し先の話だ。
「やあチェイン、身体は大丈夫か?」
仕事中のチェインに手を振りながらビクターはふらっと現れた。彼はチェインの作業が終わり次第ウアタハに戻る予定だ。
「ああ、まだ火傷が突っ張る感じがあるけどな。概ね治ったよ」
作業の傍ら、チェインは身体を動かしてみせた。まだ本調子とは言えないものの、日常生活に支障はない。
「それは良かった。俺をかばって後遺症が残ったんじゃ後味が悪いからな。それじゃあこれ、今回の報酬な」
ビクターは懐から袋を取り出しチェインにポンと手渡した。袋はずっしりと重く、大金が入っていることは想像に難くない。
「こ、こんなに!?」
「これには今回の報酬と俺からの個人的なお礼も入ってる。街を案内してくれたり、誘拐犯から助けてくれたりとかさ。まあ、多めのチップかな。気持ちと思って受け取ってくれ、異国の友よ」
ビクターはそう言うとチェインの手をがっしりと握った。これが彼なりの感謝の表し方なのだろう。
最初は困惑したチェインもビクターの気持ちを汲み取り、快く握り返す。
「お前は本当に良いやつだな、ビクター。金払いが良いとかじゃなくて、なんていうか……話しやすい。お前がウアタハの王になるんだったら、俺は全力で応援するんだけどな」
「いいや、遠慮しておくよ。俺なんかよりずっと立派な兄貴がいるからさ。気持ちだけ受け取っておくよ——おっといけねっ」
ビクターは思い出したように懐からもうひとつ袋を取り出し、再びチェインに渡した。
これも中身は金のようだ。それもビクターのそれと同じくらい重い。
「忘れるところだった。フーデリアから渡すように頼まれてたんだっけ。『これで貸し借りはナシだ』だってよ」
チェインはビクターを助けに行く前にフーデリアと交わした契約を思い出していた。
これはその時の報酬だろう。これだけあれば彼女におごった分を差し引いてなお、しばらく遊んで暮らせそうだ。
「まったく律儀なんだか豪快なんだか……金勘定ができないのかね、あいつは。そういえばフーデリアは? どうして自分で渡しにこないんだ?」
チェインはずっしりとした二つの袋を大事そうに握りしめて尋ねる。
「ここに来る手前で引き返したよ。たぶんお前に会いたくないんだろ。自分のせいで大怪我させたと思ってるから。顔を合わせづらいのさ」
ビクターの言葉はチェインにとっては寝耳に水だった。
チェインは自分の意志で雷に飛び込んだ。だから負傷したのがフーデリアのせいだなんて思ったことは一瞬だってない。
また一方で、普段豪気な彼女が失敗を気にするような側面を持っていたことが、チェインにはほんの少し可愛らしくも思えた。
「まあ心配しなくても大丈夫さ。ほら、聞こえるか? あの音が」
ビクターに促されて耳をすませると、街から爆発音が聞こえた。
きっとフーデリアが悪人を懲らしめているに違いない。遠くからでも彼女の存在がハッキリと感じられるそれは、まるで獅子の遠吠えのようだ。
チェインには悪党を追い詰めるフーデリアと、彼女におびえる彼らがありありと想像できる。
意気揚々と悪を狩る彼女を思い描くと、チェインは笑わずにはいられなかった。
——ラクダから馬に乗り換え、幾つかの平原を抜けた先にグランデの大帝国・ウアタハはある。
ペルセケイレスから母国ウアタハへ戻ったビクターは四天王のひとり、ムーゼに出迎えられた。
「ようやく戻ってきたな! 元気そうでなによりだ!」
ムーゼの野太い大声にビクターは面食らった。
ビクターは彼の武人らしい豪気な気性が好きだったが、久しぶりに会うとその迫力に思わず気おされてしまう。
「ムーゼのオジキも壮健で何より! 頼まれた荷物、確かにウアタハまで届けたぜ」
「ああ確かに受け取った、おつかいご苦労。本来なら四天王の誰かが引き取りに行くべき代物なんだが、あいにく暴動だなんだの後処理で手が回らなくてな。ハッキリ言って手が足りなかった。お前が手伝ってくれて助かった」
ムーゼはビクターの肩に手を乗せると労いの言葉をかける。
ウアタハは先日から小規模な暴動が頻発していた。それは外部から持ち込まれた薬物が原因であり、現在はすでに鎮静化しつつある。だが、四天王はその事後処理で東奔西走という状態だ。
「四天王自らが出張るような品? そんなに大事な物なのか?」
「ああそうだ。見てみるか?」
ムーゼは荷をほどくと、様々な品の中から一振りの剣を取り出した。
ビクターにはその剣が特別重要な代物には見えなかったが、ムーゼの扱い様からとても貴重なものであることが理解できる。
それは世にその名を轟かす武具、『ザ・ルーラー(統べる者)』の一振りであった——
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