隈鳥八朔

エッセイや小説を書いている会社員です。好きな本や映画、観に行った展覧会のことも書きます。

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最近の記事

ハラミちゃん パリを行く

駅ピアノとの関わり方は人の数だけあるのかもしれない。 弾くだけでなく、曲をリクエストすることできるし、リクエストした曲で踊り出す人もいる。 自分を自由に表現する方法は人それぞれだ。 そして、そこに喜びを感じる自由が、もちろんそれぞれにある。 独学でピアノを学んだ人にも。ピアノから離れていたが駅ピアノをきっかけに再開した人にも。メトロ公団のオーディションに合格し、メトロの駅で演奏する音楽家にも。 さすがは芸術の都。花のパリ。 オー、シャンゼリぜ。 2024年8月3日(土

    • 三体感想記:この宇宙にロマンは残っているのか

      この広大な宇宙に、私たちの他にも生命体が存在しないはずがない。 そして、その中には高度に知能を発達させた文明も存在するはずである。 しかし、そうであればなぜ私たちは彼らと出会っていないのだろうか。 出会うどころか、その存在を確認しあうこともできていない。 ノーベル物理学賞を受賞したある科学者が発した、「もし宇宙人がいるのなら、いったいどこにいるのだろう」という疑問は、未だ解決されていない。この命題は科学者の名前をとり、フェルミのパラドックスと呼ばれている。 いや、未だ解

      • キュビスム展と村上隆展

        京都市京セラ美術館で開催されている展覧会が、ちょっと面白い組み合わせだと思う。 一つが東京から巡回してきた『パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展—美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ』(2024年7月7日まで)、もう一つが美術館の開館90周年記念展でもある『村上隆 もののけ 京都』(2024年9月1日まで)だ。 *『金曜ロードショーとジブリ展』については本記事では触れませんので悪しからず……。 「伝統的な遠近法や陰影法による空間表現から脱却し、幾何学

        • “伝説のライブ”のアーカイブ

          この間、テレビで古今亭志ん朝が「火焔太鼓」をやっていた。別の日には、同じく志ん朝の「愛宕山」や談志の「居残り佐平次」も放送されていた。 NHK・Eテレでアーカイブ映像からクラシック音楽や落語、美術などの過去の映像を放送する、「おとなのEテレタイムマシン」という番組だ。 名人の一席をこんなに簡単に見てしまっていいのかとほくほくする一方で、落語会にカメラや録音マイクが入ることを喜ぶ噺家はどれくらいいるのだろう、とふと思う。 寄席やホール落語などに足を運ぶ人はわかると思うが、同じ

        ハラミちゃん パリを行く

          無名の人々、無名の時代

          「缶コーヒー」ジョージアのコピーは、今でもよく言及される名コピーだ。今日も働き、社会を支える市井の人々の胸を打つ、素晴らしいコピーだと思う。 市井の人々というのは、一般人だとか、庶民だとか、そういった意味で使われる。 メディアが個人化し、インフルエンサーという、「状態」なのか「肩書き」なのかなんともはっきりしない言葉が影響力を持つ時代に、「市井の人々」としてまとめられることを嫌がる人もいるかもしれない。 しかし、社会をつくっている「市井の人々」を優しくまなざすあの番組が

          無名の人々、無名の時代

          テーマを持つということーー「モネ 連作の情景」をみて

          中学を卒業するとき、「これだけは絶対忘れるなよ」と3つのことを話してくれた先生がいた。 一つ、労働組合のある会社に入ること。 二つ、謝って済むことならとりあえず頭を下げておくこと。 三つ、定点観測の視点を持つこと。 9年間の義務教育に終わりを告げるにしては、あまりにも現実に即した教えだったなあと思う。 一つ目と二つ目は大学を出て就職活動をし、会社勤めをする中でとても役に立ったが、15歳にはあまり響かないものだった。 しかし、三つ目についてはなんとなく頭の中に引っかかって

          テーマを持つということーー「モネ 連作の情景」をみて

          その歌もまた、紫式部の詠んだものであるということ

          大河ドラマ『光る君へ』が最近の毎週の楽しみだ。 映像作品ならではの場面。 絢爛な衣装、セット、視覚効果。 豪華な俳優陣の演技は仰々しさがなく、物語への没頭を邪魔しない。 大河ドラマ『光る君へ』では、『源氏物語』の作者である紫式部の生涯を描く。『源氏物語』の映像化ではなく、あくまで作者に光を当てたものだ。 『源氏物語』とオーバーラップするようなシーンもあるだろう。 しかし、物語はあくまで紫式部が主人公である。 宮中における清少納言とのやりとりや、藤原道長との関係がどのよ

          その歌もまた、紫式部の詠んだものであるということ

          君たちはパスタの茹で汁に塩を入れるか

          創作に出てくるパスタといえば。 村上春樹の小説を思い浮かべる人が多いのではないか。個人的に印象深いのは『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭である。異論は認める。 もちろんねじまき鳥以外にもパスタを茹でるシーンが出てくる創作物はたくさんある。 しかしである。ちょっと気がついてしまったことがある。 パスタの茹で汁に塩を入れているシーンというのはなかなか描写されない。 もしかすると、世の中ではパスタの茹で汁に塩を入れない人が多数派なのだろうか? 不安に駆られた私は、すぐさまGo

          君たちはパスタの茹で汁に塩を入れるか

          本棚を整理して思うこと

          ちょっと前のことになるが、引っ越しをした。 部屋が広くなったので、本棚を新しく買うことにした。 棚から溢れ、積まれていた本にも居場所を与えたい。そう思って購入した本棚だが、積まれていた本で埋まってしまうとなんだかなあという気持ちになる。 これから買う本をどこへしまえばいいのか。 本を買えば、本の数が増える。 本棚がいっぱいになれば、新しく購入した本をしまえないので、溢れた分はそこかしこに積まれることになる。 では新しく本棚を買えばいいではないかとなるのだが、部屋の

          本棚を整理して思うこと

          劇場版『あぶない刑事』、あぶないどころじゃなかった

          NetFlixで劇場版『あぶない刑事』を見つけた。 劇場版シリーズの第1作である。劇場公開は1987年。来年には8年ぶりの新作が公開されるらしい。 1987年となると、生まれる前の作品である。当然、テレビドラマの放送にも間に合っていない。これまで再放送を見たこともなく、舘ひろしがカッコ良さそうというイメージしかない。正直にいうと、『太陽にほえろ』とごっちゃになっている部分すらある。 それでもまあ有名なシリーズだし、全部で100分くらいだしと思い観てみたら驚いた。もう、拳銃

          劇場版『あぶない刑事』、あぶないどころじゃなかった

          ロンドンへ行くために香港へいったことのある人の話

          ロンドンに行くのに、日本から行くよりも、香港から日本経由で行く方が安かった時代がある。香港返還前の話である。 僕の父も、香港発、日本経由でロンドンに行ったことのある人間である。結婚後のことだが、ロンドンからちょっと離れた街に友人が住んでおり、友人と渡英したのだそう。その反動か分からないが、母は最近父を置いて伯母とよく旅行に出かけている。人生、どこかでバランスがとれているものだなと思う。 香港にちなんで、紹介したい本がある。 星野博美さんの『転がる香港に苔は生えない』(文

          ロンドンへ行くために香港へいったことのある人の話

          『星のカービィ スーパーデラックス』と消えたデータ

          今のビデオゲームでは考えられないくらいに、昔のゲームというのは簡単にデータが飛んだ。すぐデータが消えるものとそうでないものがあり、個人的な印象としては、ゲームボーイのカセットはタフなのだが、スーパーファミコンのデータは圧倒的に消えやすかった。 動画配信もSNSも、そもそもスマートフォンもタブレットもあるこの時代に生まれた子どもが親からどのようなルールを強いられているのかは知らないが、僕が小学生くらいの頃(もう20年以上も前のことになる)は週に1時間までなどのルールがある家庭

          『星のカービィ スーパーデラックス』と消えたデータ

          コーヒーを淹れる時のこだわりと『かもめ食堂』

          「コピルアック」というおまじないがある。 ドリップコーヒーを美味しく淹れるおまじないだ。豆をだいたい平らにならした後、中央を指で軽く押し、小さな窪みを作りながら「コピルアック」と唱える。 もう10年くらいは、このおまじないを欠かさないようにしている。 コーヒーにちょっと詳しい方であればご存知だろうが、「コピ・ルアク」という高級なコーヒー豆がある。コーヒーの果実を食べたジャコウネコの糞から、未消化のコーヒー豆を取り出し焙煎してつくられる。何やらジャコウネコの腸内で発酵され

          コーヒーを淹れる時のこだわりと『かもめ食堂』

          『幽玄F』青の向こうの景色

          白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ この本を読んだ人からは「ただようじゃないだろ……」と突っ込まれてしまうと思うが、ふとこの歌が浮かんだ。皆さんご存知の通り、牧水の一首である。 空を飛びたいというのは人類のロマンだ。そして、それは飛行機という技術で解決されている。 僕たちは、その気になれば空を飛び、海の向こうに広がる世界へビュンと行くことができる。 鳥が空を飛ぶのを見て、自由でいいなあと感じたことがない人はいるだろうか。青い空を背景に、自由に、気の向

          『幽玄F』青の向こうの景色

          目玉焼きがうまく焼けない

           タイトルの通り、目玉焼きがうまく焼けない。  最近、立て続けに失敗している。今朝は卵を2つ使って作ったが、お皿に移し替えるときに片方の黄身が崩れた。幸いトーストがお皿で待ち構えていたので損失は出なかったが、失敗は失敗である。  目玉焼きの失敗には種類がある。殻が入ってしまう、君を崩してしまう、火を入れすぎて半熟ではなくなってしまう。失敗パターンは様々だ。  僕が一番気になる失敗は、薄くびろーんと広がってしまうことだ。それも、均等にではなく、砂場から流れ出す水のようなや

          目玉焼きがうまく焼けない

          『夜のピクニック』を久しぶりに読んだ

           恩田陸さんの『夜のピクニック』、通称夜ピクのいいところを書き尽くすのは難しい。  名言、名台詞、名描写のなんと多いことだろう。「晴天というのは不思議なものだ」という書き出しも、「時間の感覚というのは、本当に不思議だ」から始まる一文も。話の筋や会話の面白さも、風景や心象の描写も。  名作中の名作で、映画にもなっている。いまさらあらすじを説明する必要もない気がするが、夜ピクを読んだことがない人のために一応書いておく。  高校生が修学旅行の代わりの行事として、1日かけて80

          『夜のピクニック』を久しぶりに読んだ