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否定できない

栗城史多さんという名前を耳にしただけで不愉快になる人がいるかもしれない。

「デス・ゾーン」を読んで思った。

調子が悪くて寝てばかりいたので、noteのリンクを辿っていたらこの本に行き着いた。

Amazonでkindleのセールをやっていたので購買。

栗城史多氏はこういう人です。

エベレスト登山で滑落死したことはニュースで知っていた。SNSで批判され炎上していたのも知っていた。

けれども当時はあまり深くまでは知ろうとはしなかった。

栗城史多氏がやろうとしていた冒険の共有には興味はない。

登山家たちに、「栗城は3.5流の登山家、いやただの素人」と揶揄されていた人だから一歩引いて見ようとしていた。

それなのに、なぜか惹かれ、親近感を感じてしまうことに戸惑い、深入りは避けていた、、、、いや、ただわたしは当時忙しすぎてそれどころじゃなかったのかもしれない。

この本を読んで、改めて、YouTubeの映像やブログに触れてみた。

考えた。

栗城史多氏は本当のことを言っていなかったことは確かだ。

七大陸最高峰 単独 無酸素

このうち、単独、無酸素が批判されていた。

単独と言いながら多くのシェルパを引き連れ、自らも栗城隊などと称していた。
また、酸素が必要なのは8000mを超えるエベレストだけなので、七大陸のうち六大陸は無酸素が当たり前。誤解を与える表現だった。

しかし、栗城史多氏はそれを知りながら単独無酸素を標榜していたようだ。

"有名になるためにエベレストに登れるわけもないのに、金をかき集め、八度も挑戦。しかも登れない言い訳のために、ノーマルルートではなく、チベット側の西稜や、南西壁を選ぶ。南西壁を無酸素、単独どちらかでも達成して登った人はいない。"

だから、彼は詐欺師で、ペテン師、、、

そんな感じ。

でも、、、、

栗城史多氏を擁護するのは勇気がいります。
だから、感じたことをそのまま言います。

六大陸最高峰を登っただけでもすごい。
エベレストも登れると思ってたんじゃないかな。残っている現地の映像を見るととても無邪気にそう信じているように見える。
単独も本当にそう思ってたのかも。普通の人が槍ヶ岳にソロで行ってきたぜ、みたいなノリで。(山の常識では「単独」とはルートも含めて1人で開拓しないとダメらしい。すでにある鎖とか使っちゃダメとか)
登山の力量的には普通の人だったのかもしれないけど、資金を集めてエベレストに行くんだもん、行動力がすごいなー。

みたいな感想が普通に出てきます。

ペテン師っていう言葉には、、どうなのかな。
単独って嘘を言ってお金を集めたから?

そうですね。ペテン師って言葉は、そうかもって言わなければならないかもしれません。

でも、栗城史多氏なら、「いや、単独だよ。それに絶対登るから」って言いそう。

たぶん、交わらない線です。

栗城史多氏が世界的クライマーの花谷泰広氏と親交があったことにも驚きました。しかも、師と仰ぎ、息が合い、日本のアルプスなどを一緒に登っていた。

こういうことを合わせて考えると、山に登る技術に特別に長けているわけではないけれど、山が好きで、山に何かを求めていた人なのかなと思ってしまう。

少しだけわたしに似ている。

山に登るという行為に意味を見いだそうとしていた人だ。

学生時代もある意味はっちゃけていた人みたいだし、おめでたい人って評もあったみたいだから、勢いを大切にする、細かいところには気が回らない子供のような人だったんじゃないかな?

いい大人が、しゃっきっとしれよ!って言うのは簡単だけど、大人になりきれなかった、いや、なりたくなかった人だったかもしれない。

だから、七回もエベレスト登山に失敗しても八回目を目指せた。9本の指を失っても。

尊敬とか、見習うとか、目標にすることはないけれど、もし会っていたら好きになったかもしれない。

若くして亡くなったわたしの親友にとても似ているから。



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