麻雀マンガの時代を考える
この記事は、元々は、以下のブログで2013年3月1日に公開していたものです。あれから10年近く経ったので、最近のMリーグやVTuberについて追加するとともに、全体的にアップデートしています。
0.「時代」という名のハッタリ
競技麻雀とバクチ麻雀
大雑把にいうと、麻雀マンガは、競技麻雀を扱ったものとバクチ麻雀を扱ったものに分かれます。
たとえば、片山まさゆき先生は、競技麻雀の世界で、主人公が師匠やライバルに引っ張られて成長していくというストーリーを20年以上にわたって描き続けていました。
一方、福本伸行先生や来賀友志先生の作品の多くでは、ヤクザの代打ちをヒエラルキーの頂点とする大金を賭けたバクチ麻雀を扱っていました。
タイトルや名誉より、大金や生命を賭けた勝負の方がストーリーを盛り上げやすいので、麻雀マンガではバクチ麻雀が主流でした。そして、ストーリーを盛り上げるには、マンガの舞台となる時代も重要なのではないかという話です。
目玉が飛び出るような高レートや、相手の手牌を見透す凄腕の打ち手というのは、大半の読者にとってはファンタジーなわけですが、ハッタリのきく時代を作品の舞台に選ぶことで、そうしたファンタジーに入り込みやすくなると思うのですね。
第四のハッタリ
前回の記事で、『サルでも描けるまんが教室』が提唱していた麻雀マンガの3つのハッタリについて紹介しましたが、あえてつけ加えるなら、時代は4つ目のハッタリなわけです。
効果のハッタリ
セリフのハッタリ
顔のハッタリ
時代のハッタリ ← New!
『むこうぶち』はまさにその代表格で、バブル景気に沸いた1980年代といういかがわしい時代を背景にしていたからこそのケレン味が売りでしたが、やめ時を失って、今もバブル崩壊後を舞台にダラダラと続いています。
もっとも、脱ギャンブルを謳ったMリーグが2018年にはじまったことにより、麻雀マンガでもホワイト化が進んでいます。そのため、バクチ麻雀も時代のハッタリも、もはや過去の遺物になりつつあります。
今となっては、懐古的な意味合いが強くなってしまいますが、麻雀マンガの舞台となった各時代を見ていきたいと思います。
1.第1次麻雀ブーム(1920年代)
麻雀がはじめて日本に紹介された大正時代から昭和初期にかけて起こったのが、「第1次麻雀ブーム」です。大正10年(1921)頃、麻雀は中国から本格的に伝来し、大正12年(1923)の関東大震災後、一般に認知されるようになりました。
この時代を舞台にした麻雀マンガは、『あさすずめ』くらいしか見当たりませんでした。この作品では、上流階級の高踏的な遊戯だった麻雀が、庶民の間に広まっていく様子を描いています。
2.戦後(1940年代)
戦後まもなくの殺伐とした時代が舞台だと、麻雀で命のやり取りなんて話も真実味を帯びるので、ハッタリがききますね。
最近だと、嶺岸信明先生が作画を担当している『麻雀放浪記』(2017〜)が、改めてこの時代について語り直しています。
3.第2次麻雀ブーム(1970年代)
1970年代には、テレビ番組の『11PM』や阿佐田哲也の小説『麻雀放浪記』を契機として、「第2次麻雀ブーム」が起こりました。
現在のような麻雀マンガ専門誌になる前の、活字主体だった『近代麻雀』も1972年に創刊されています。
ちなみに、上に貼った福地誠先生のnoteのように、戦後まもなくのブームを「第2次麻雀ブーム」と考え、この1970年代のブームを「第3次麻雀ブーム」とする見方もあります。ネットを散見したところでは、1970年代のものを「第2次麻雀ブーム」とする方が一般的なようだったので、この記事ではそちらを採用しています。
『麻雀放浪記』の原作小説が連載されていた、この『週刊大衆』には、50年の時を経て、現在はマンガ版が連載されています。
4.バブル景気(1980年代)
麻雀人口:2,140万人(1982年。1970年代は不明)【麻雀人口のピーク】
麻雀ゲーム料:3,590億円(1985年)【麻雀ゲーム料のピーク】
年間平均費用:35,700円(1986年)【年間平均費用のピーク】
日経平均:38,915円(1989年)【史上最高値】
日本中が好景気に沸き返ったバブル時代は、バクチ麻雀を描く上でハッタリのきく時代の最たるものですね。
『むこうぶち』では、1回のラスで軽く2千万円を失うようなキチガイじみたレートが登場します。しかし、レートが最高潮になるとともに、このバブル時代に麻雀人気も加熱していたかといえば、決してそうではありませんでした。
レジャーの多様化に加えて、「麻雀が週休2日制の普及に伴ない土曜日の遊技人口が減少した」(『レジャー白書1982』)、雀荘の午前0時以降の営業を禁じた1985年施行の新風営法によって、麻雀等の盛り場レジャーは「参加率・回数とも減らしている」(『レジャー白書1987』)といった社会の変化により、1980年代には、麻雀人気にはすでに翳りが見えていました。
『むこうぶち』は、狂瀾の80年代を、1999年の連載開始からバブル崩壊を描いた2020年まで、22年かけて描きました。バブル時代に君臨した悪鬼・傀も、その終焉と運命をともにするかと思われましたが、その後もしぶとく生き残っています。
5.バブル崩壊(1990年代)
1991年3月のバブル崩壊以降、ヤクザの代打ちや高レートのマンション麻雀といった派手な地下賭博を描いた麻雀マンガは下火になっています。時代のハッタリがきいたのも、この辺りまででしょうか。
1995年の阪神大震災や地下鉄サリン事件も加わり、不景気が進む中、「麻雀なんてやってる暇はないってことさ」と一般の麻雀人口もさらに減っていきました。
6.ITバブル/オンライン麻雀(2000年代)
ITバブル
バブル時代と現在の間には、「もうひとつのバブル」がありました。いわゆる「ITバブル」ですね。本家バブルにくらべれば、規模・期間ともにささやかなものですが、麻雀マンガの舞台として考えたとき、ひとつのフロンティアといえなくもありません。
この時代を舞台にした麻雀マンガとしては、
『むこうぶち』に出てくるこの森江は、明らかにホリエモンがモデルですが、時代設定としてはバブルの頃のままですね。『むこうぶち』は、バブル時代のネタが尽きた後は、名簿屋とか後の時代のネタを節操なく使っていました。
ITバブルが出てくるのはこっちかな?
と思ったら、このマンガも、ホリエモンの東大時代の思い出話が主なので、起業してからのITバブル時代の話はほとんど出てきませんでした。この『ホリエ戦記』は、当時収監中のホリエモンが、獄中から原作を書いていることを売りにしていました。
それにしても、このセリフはクドすぎですね。「夢を現実にするために、エネルギーって使うもんじゃねーの!」でええやん。
ここまでは2013年に書いていた内容ですが、最近の『むこうぶち』は、バブル時代を終えて、ITバブルに追いついてますね。
このIT長者のひとりが、1998年にサイバーエージェントを起業した藤田晋氏であり、その20年後にMリーグを創設することになります。
オンライン麻雀
1997年に正式オープンしたオンライン麻雀ゲーム「東風荘」は、ダイヤルアップ接続が主流だった時代に大流行しました(2018年にサービス終了)。2002年3月に登場した「麻雀格闘倶楽部」はゲームセンターを席巻し、現在も稼働を続けています。
そして、東風荘のデータを分析し、麻雀の理論化を推し進めた『科学する麻雀』が2004年に出版され、2006年には「天鳳」がサービスを開始するなど、2000年代は麻雀界にもデジタルの波が押し寄せました。
しかし、麻雀マンガでは、当初、ネット麻雀強者は「いけすかないデジタル野郎」といった扱いでした。
でもまあ、それも、大天使のどっちが降臨するまでの話ですね(奇乳化の話はNG)。
その後、天鳳位と有名麻雀プロがリーグ戦形式で争う「天鳳名人戦」(2011〜)や「天鳳位vs.連盟プロ」(2016〜2017)等を経て、麻雀プロが天鳳位になったり、天鳳位が上位リーグ加入の好条件で麻雀プロ団体にスカウトされたりと、ネットとリアルの融合がなされています。
7.復興バブル/カジノ合法化(2010年代)
元記事を書いていたのは2013年なので、ここの部分では、今後、麻雀マンガのネタになりそうなトピックを取り上げていました。
復興バブル
『鉄火場のシン』では、2011年の東日本大震災による復興マネーが流れ込んだ、東北最大の歓楽街・国分町の復興バブルが扱われていました。本家バブルを背景とした『むこうぶち』を彷彿とさせる、「今、この瞬間、日本一、金のかかった半荘だ」といったセリフも出てきます。
とはいえ、その性質上、復興バブルは長続きするはずもなく、国分町の時ならぬ盛況は2年と持ちませんでした。
カジノ合法化
マカオを舞台に、カジノと顧客の橋渡しをするジャンケットを主人公とした『ジャンケット』の終盤では、負け組だらけの日本人に一発逆転のチャンスを与えるため、日本でもカジノを作ろうという話になります。
しかし、実際には、カジノ合法化というのは、プレイヤーではなく胴元に回ろうという話ですよね。海外の富裕層に金を落としてもらう観光立国化の一環であり、客同士が金を取り合うポーカーや麻雀は、収益の面からしても重要視されていません。
2010年代は、2020年に予定されていた東京オリンピックを焦点に、カジノ構想が語られていました。しかし、「カジノ法案」とも呼ばれるIR推進法は2016年に、さらにそれを具体的に進めるIR整備法は2018年に成立したものの、カジノ実現には至りませんでした。
現在は、大阪の夢洲(2025年開催の大阪万博の跡地を利用)と長崎のハウステンボスが、日本初のカジノの候補地として、国からの認定を待っているところです。カジノ計画の夢は、今もなおミャクミャクと息づいています。
8.Mリーグ/VTuber(2020年代)
Mリーグ
2018年のMリーグ発足以来、『近代麻雀』には、Mリーグを題材にしたマンガが雨後のタケノコのようにあふれています。
『追憶のM』のようなMリーガーの伝記マンガから、
Mリーガーにはなれない一般麻雀プロの視点から、Mリーグを描いた『東大を出たけれど overtime』など。
Mリーグが誌面の中心になるにしても、「Mリーガー、スゴい! カッコいい!」ばかりではなく、『東大を出たけれど overtime』のような多面的な視点がほしいところです。ただ、話が暗すぎましたかね。主人公の須田プロが、Mリーグ(作中ではクライマックスリーグ)の場で、元妻・あいみと対戦するところまで描き切ってほしかったですが、残念ながら2巻で打ち切りになっています。
VTuber
2020年6月に書かれた「黒川前検事長が火付け役!? テンピン「黒川杯」開催で過熱する第三次麻雀ブーム」という、アサ芸らしいどう見ても内容よりタイトルの方が面白い記事が、オンライン麻雀「雀魂」とVTuberの相乗効果による麻雀人気を伝えています。
「第三次麻雀ブーム」と呼べるほど盛り上がっているかはさておき、この「雀魂+VTuber」人気に便乗したマンガも、現在の『近代麻雀』には多く掲載されています。
2022年には、雀魂をプラットフォームとして、Mリーガーが監督になり、VTuberのチームメンバーを率いてリーグ戦を行う「神域リーグ」も開催されました。
しかし、VTuberの魅力は、声や表情や動き、そして、視聴者のコメントに応えてくれるインタラクティブ性にあるので、マンガではその魅力は生かせていないように感じました。そもそも、VTuberを見ている層が紙の雑誌を買うのか?、という問題もあります。
9.大麻雀時代(20XX年代)
全国の女子高生が麻雀に打ち込むような時代は、天地開闢以来ありませんでしたし、これからも(おそらく)ないわけですが――、
そんな時代がなければ作ってしまえばいいじゃない、というのが『咲』ですね。
このようにはっきり述べられていなくても、麻雀マンガでは、麻雀や麻雀プロの社会的地位がかなり向上している、現実とはやや世界線が異なる時代が舞台になることはよくありました。
そして、「有名企業のスポンサーの下、プロ雀士がチームを組んで覇を競い、麻雀のオリンピック競技化をめざす」という『咲』の方向に行ってしまったのが、現在、われわれがいる世界線です。
世界の麻雀人口は7億人?
『咲』では世界の麻雀人口は1億人でしたが、2012年のMahjong Logic社の雑誌『Kong』によれば、世界の麻雀人口は7億人でした。そのうち、中国の麻雀人口は5億人と大半を占めています。
ただ、これはかなり盛った数字だと思います。
以下のブログに細かく書いていますが、Mahjong Logic社はオンライン麻雀の会社なので、顧客に麻雀人気をアピールするために過剰な数値を載せているんじゃないでしょうか。
2015年に、当時CEOだったJonas Alm氏とメールを交わしたことがあり、データの情報源について聞いてみましたが、以下のようなあいまいな回答でした。
大麻雀時代に向けて
Mリーグの海外生中継は、権利関係のため、10/13(木)から中断していましたが、以下のとおり、12/12(月)に復活しました☺️
今後、麻雀がオリンピックの正式種目になるには、まず、チェスやコントラクトブリッジのように、IOC(国際オリンピック委員会)承認のマインドスポーツになる必要があります。オリンピックは相当遠い道のりですが、がんばってほしいですね。
って言うだけなのもアレなので、私個人としては、Mリーグのオフィシャルサポーターをしばらく継続したいと思います。ウマ娘はやってないんだ、すまない……。
10.年表
ここまで語ってきた麻雀マンガの舞台となった各時代を、年表にまとめたものが以下になります。