食べたり書いたり恋したり

私の「小田原日帰り旅」の定番/沢野ひとし

 町田に住んですでに五十年近くになるが、何かというと小田急線で小田原に出かけていた。まずは駅前にあった「八小堂書店」に足を運び、気分を「小田原モード」に切り替える。次に「伊勢治書店」に、さらには古本屋と、書店巡りが始まる。私の旅は、「書店」「文具店」「楽器店」と流れ歩くのが常であ…

兄が教えてくれた新宿・紀伊國屋書店とカキフライの楽しみ/沢野ひとし

 初めて入ったレストランは、新宿三越の横の西洋料理店である。私が小学六年生で、兄は高校三年生だった。  兄はカキフライを二人分注文して、紀伊國屋書店で買った洋書を開き、ブックカバーをしげしげと見つめていた。  都立の優秀な高校に入った兄は、山岳部に入部して休日になると山へと出かけた…

八戸は旨い店と仲間に出会える町/沢野ひとし

 八戸(はちのへ)は青森県南東部、太平洋に面する市。東北地方東岸屈指の港を持ち、水産業が盛んな町だ。奥州藤原氏が東北を支配した時代、青森県東部から岩手県北部にかけて糠部(ぬかのぶ)郡が置かれ、この時に一戸(いちのへ)から九戸(くのへ)まで区分けしたことが地名の由来といわれている。…

青森で「ホヤ」が呼んでいる/沢野ひとし

 青森ほど、ねぶた祭りの「ラッセ、ラッセ」の掛け声の如く、勢いをつけて通い詰めた町はない。  二十数年前に青森の不良中年とカントリーバンドを組んでいた。そもそもなぜ遠く離れた青森の連中とバンドを組んだのか、今となっては記憶が不明瞭である。  ‘80年代の末に作家の東理夫、翻訳家の伏…

春は京都が待っている/沢野ひとし

 京都の旅はいつも南区九条町の『東寺(教王護国寺)』からスタートする。  東寺の建立は796(延暦15)年、623(弘仁14)年には嵯峨天皇より弘法大師空海に下賜され、以来、真言密教の根本道場として栄えた。日本最大の五重塔、南大門、金堂、講堂、食堂(じきどう)など、荘厳な建造物群や、21の…

もう一度行きたい清い水の町、松本/沢野ひとし

 町の中に井戸や水路がある土地に惹かれる。清い水を見ると、こちらの心も澄んでくる。初めて松本の町を散歩したのは、北アルプスに登った帰りだった。五十年ほど前のことである。  高砂通りを歩く。「あっ、こんな所に大きな井戸が」。近寄るとそこは『源智の井戸』と呼ばれていた。水質が良いのか…

トランクはもうひと回り小さめに/沢野ひとし

 日常から逃れられる海外旅行は、準備の段階から気分が一気に上がるものだ。旅に出ると決まれば、新しいシャツや旅行バッグを購入し、旅の夢を膨らませる。初めてパリに行った時は、一夜漬けの覚悟でフランス語教材を書店で求め、勉強した。  そうして迎えた出発の日、家を出るのは、いつもまだ薄暗…

家族スキーの変遷/沢野ひとし

 高校生の頃から、山登りとスキーに夢中になっていた。学業を怠り、山岳書を読みふけり、山に逃避していた。  各地のスキー場に雪が積もると、安い民宿に泊まり、残雪の頃までスキーに明け暮れていた。  そんな私がやがて結婚して二人の子どもが生まれると、冬の旅はスキーが中心となった。妻と幼…

谷川俊太郎さんの北軽井沢の真四角の家/沢野ひとし

 今年の夏、近くに用事があったので、久しぶりに北軽井沢の谷川俊太郎さんの別荘を、そっと偵察してきた。  別荘の、母屋から少し離れた所に、真四角な家がポツンとあった。私の記憶の中からすっかり消えていた家だったので不意をつかれた。  林の中にひっそりとしかも毅然と建っている。沈黙した時…

伊香保温泉・榛名山へ行こう/沢野ひとし

 二十数年ぶりに群馬県・伊香保温泉へ妻と旅に出た。あたりは紅葉が真っ盛りで、空は高く澄みわたり、正に行楽日和であった。  名物の伊香保温泉の黄金(こがね)の湯に呆れるくらい何度も浸かってきた。茶褐色で鉄分を多く含んだ湯は年老いた私の体と、煩悩の心に染み込む。その効能豊かな湯に「人…