読み書きのレッスン

書き出しのレッスン 〜冒頭の情報圧縮  「さよならロバート・ラングドン」

 浅く腰かけていたシートからぴょんと飛び降りて、ドアのところの大きな窓へ女の子が駆けていく。すぐあとを鋭い声が追いかけた。 「ほらアーちゃん、ちゃんと座ってなさいっ」 細身の母親にしては張りのある声が、意外なほど大きく車両内に響いた。 向かいの座席で身を寄せ合っていた若いカップルの…

書き出しのレッスン  〜冒頭の情報圧縮  「スカルプター」

それまで存在していなかった、まったく新しいモノをこの世に在らしめる 神をも畏れぬ所業を為す者、それを人は「彫刻家」と呼ぶ  「スカルプター発掘コンペティション」。流通業大手「T倉庫」が主宰する公募展は毎年、三百超の応募作を集める。彫刻を志す若者が漏れなく応募している計算になる。 「…

書き出しのレッスン  〜冒頭の情報圧縮  「おわりのはじまり」

 野太いドッ! という音が、グラウンドの脇まで響いた。  J1クラブ「C大阪」の練習グラウンドで、小久保選手の居残りトレーニングが続いている。  月末の今季開幕戦へ向けすでに調整の段階で、チーム練習は午前のみで終わった。  チームメートがクラブハウスへ引き上げる中、小久保はひとりゴー…

ことばスケッチ 5 「疎外」

立食形式の宴席の、隅のほうの丸テーブルのもとへ、彼女がまっすぐ歩いてきた。 深い絨毯に、ヒールを持っていかれることもなく。 彼女が到着すると、丸テーブルの周りの空気が、いきなりがらり入れ替わった。明らかに私とはちがう香りを、彼女は運んできた。卓に片手をついていた彼の瞳孔が、ひと目盛…

ことばスケッチ 4 「境界線」

メイアイカムイン? 交代でピッチに入るときはいつも、誰にも聞こえないボリュームでそうつぶやいてから、タッチラインをまたぐことにしている。 すると右足がピッチの芝に触れる直前、およそ五分五分の割合で、 「どうぞ」 と、どこからか返事が聴こえるんだ。 そのひと声はいつも、たしかな後押しに…

言葉でスケッチ レッスン3 「威圧」

 髪を五分刈りにした男が、赤茶けたビッグサイズのロングTシャツ姿で、ドアからヌッと現れた。  目がパチクリしているのに、口元は八の字に固く結んでいる。  日々刺激を入れて鍛えたんだろう胸元の位置が高い。  上背があるうえに重心が高いので、こちらが相手を見上げるかたちになる。  男がズ…

レッスン2 「エクレア」

 駅前の菓子屋の窓ガラスの向こう、イートインコーナーに妻が座っていた。  彼女がひとりでものを食べている姿を見るのは、初めてだった。  両手でエクレアを捧げ持って、それをこまめに口元へと運んでいる。  彼女の両眼は片時もエクレアから離れない。こちらに気づく様子はまったくない。  真剣…

スケッチ1 「レッスン」

「レッスン」 壁にぐるり据え付けられたバーに縋り付くように、等間隔で生徒たちは散らばっていた。 がらんとした室の中央に、ひとり先生が佇んでいる。身体にぴたりな黒いシャツとパンツに身を包み、反らせた胸の前で腕を組む。 引っ詰めた髪の下で丸出しの額にうっすら皺を寄せ、彼女は短い言葉をふ…